「あのさ、今日帰ってきたら、見せたいものがあるんだけど」
トーストにベーコンエッグを乗せて、あとはサラダに飲み物。そんな朝食を食べながら呟いたのは総輝だった。
「ん? なに?」
「帰ってきたら、言うから」
「……うん」
さくりとパンを齧って、小さな声でつぶやかれた言葉に、晴天は笑ってうなずく。自分もその時出来上がっていればいいと思いながら。
「じゃ、帰ってくる頃に正座して待ってる」
「そこまでしなくてもいいよ」
「いやいや、総輝にそんな事言われたらね」
楽しみにしてるよと笑顔で言われて、顔から火が出るかと思った。
きっと真っ赤になっているだろう顔を見られないように、総輝はうつむき、ナイフトフォークで必死にパンを切る。
「何時ごろに帰ってくる?」
問われて総輝は時計に目を向けた。
ホームルームが終わってすぐに帰ってくれば、多分4時には家につける。そう告げれば、じゃあその時間までちゃんと待ってるよと答えが返ってきた。
「俺も渡したいものがあるんだ」
「え……?」
「その時になったらな」
「……う、ん?」
「時間だろ? いってらっしゃい」
遅刻するよ、と言われて慌てて総輝は立ち上がる。
鞄を掴んで玄関に向かうと晴天がついてきて、見送ってくれた。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
ひらひらと手を振ってくれる晴天の顔を見てからドアを開ける。
外の天気は晴天。
早く帰ってこようと思いながら外に出る。
眠い目を擦って絵を描き続けた。
今日は手から鉛筆が落ちる事なく続けられた。調子がいい。
総輝が見せたいと言っていたものはなんだろう。それが楽しみでしょうがなかった。
だから、見せてくれるそれと同時にこれを渡せたらいいと思う。
最初にした約束を総輝はちゃんと覚えているだろうか。
このスケッチブックがいっぱいになったら渡すという約束を。
さらさらと色鉛筆が紙の上を走る。
彼の事だけを考えて描く絵は、何よりも自分の宝だと晴天は思う。
ずっと、画家を志す事を決めたときから総輝は憧れだった。
その人のために絵を描くことができるのがとても誇らしい。憧れていた人に認めてもらえて、欲しいと言ってもらえた。
今までの人生の中で、それは一番のプレゼントだ。
「……総輝」
憧れであり、大切で、大好きな、人。
最後の1ページに現れたのは、いつも描いている抽象画ではなく、総輝の笑顔だった。
授業が終わって、一番に駆け出して帰った。
歩くスピードがもどかしく、息を切らしながら総輝は走る。
走って走って、辿り着いた自分の家。
少し前は、何か空洞ができてしまったかのように寂しい場所だった。その空洞を埋めてくれて、笑ってくれる人が今は居る。
見せよう。あの絵を、見せよう。
玄関の鍵を開けて、中に入る。
ただいまと叫んで入った家のなか。
「……晴天?」
待ってるよと笑って言ったのに、その姿はどこにも見つからなかった。