阿部誕2012


09.副将
ついに来た。
やばいどうしよう。
皆の準備が整うまで阿部をグラウンドにひきとめとくなんて。
何でそんな大役をオレに任せるんだ。
じゃあオレ以外のだれが適任かって言われたら、正直オレ以外は思い浮かばないんだけどさ。
とにかく何か話をしなくちゃ。
「あ、阿部」
とりあえず部室に向かおうとしてた阿部に声をかける。
阿部はいつも通りどこかキョンとした顔で振り返った。
「何?」
「え…えっと…その…話があるんだ」
んーじゃあ部室行きながら聞くわってまた歩き始めた阿部のユニを慌てて引っ張る。
「あのっ…二人で話したいんだ」
くそ、笑うな田島!こっちは必死なんだよ。お前はさっさと部室に行け。
「あべっ阿部にだけ聞いて欲しいっつーか阿部以外には聞かれたくないっつーか…ちょっとだけ時間ちょうだい」
もうグダグダだ。何だよ。あべっ阿部って何なんだよ。自分で言っといて訳分かんないよ。
「…んだよ?んな切羽詰まったようなのか?」
良かった。オレの慌てっぷりをいいように解釈してくれる阿部で本当に良かった。
「うん…あの……あのさ」
あ、やばい。切羽詰まった話なんて何一つない。
「えー……っと」
まずい。阿部が眉をしかめてる。もうやだ。腹痛くなってきた。…あっ!
「そっ、そう!オレ緊張したときとかよく腹壊すだろ?で、阿部ってシニアの頃結構ストレスたまりそうな環境だったと思うんだけど、えっと、上手に対処できてるっぽいでしょ。だから、その、ストレスの対処法を教えてほしいんだ!」
言えた!何とか言いきった!オレ頑張った!
「あー…お前も悩んでたんだな。でもオレ特に意識して対処ってしてねェんだよな……」
あ、あれ?てっきりいつもみたいにウンコとか何とか言って笑われるかと思ってたんだけど。
「んーそうねー……サードランナーと同じこと出来ねェかな?条件反射。これ見たら腹痛も治まるってもんを何か一つ作ろうぜ」
…どうしよう。思った以上に真剣に考えてくれてる。オレ、その場しのぎで適当に言っただけなのに。
「持ち運びできるもんが良いよな。いつ腹痛くなるか分かんねェし。あー……お守り…は試合中に見らんないからダメか…」
唸る阿部。まさかこんなにしっかり相談にのってくれるなんて思わなかった。
「意外と難しいなこれ。な、栄口」
「…………うん」
えっと、何か、その、ごめんね阿部!

10.投手
部室に入ると浜ちゃんが待ってた。
いつの間にか買ってきてくれてたらしいクラッカーを手にニコニコと皆をお出迎えしてくれる。
「クラッカーは三つだけ紙も出るタイプな。あとは音だけ。紙もクラッカーにつながって散らかんねェヤツだよ」
浜ちゃんはいつだってすごい。オレならそんな気遣いできずに普通の散らかるクラッカー買っちゃう。
「よし、じゃあ三人三列で並ぶか。で、前のヤツが紙出るクラッカー受取れ」
「花井と浜田は後ろ確定な。でかいから」
「ケーキは一番後ろに隠しとく?床置きでいい?」
「間違って踏んじゃいそうじゃねェ?ロッカーの上に置いとこーよ!花井ケーキ置いて」
ざわざわ、皆楽しそう。
「一番前の列は誰が座んだ?」
「あー!オレオレ!はいはいはーい」
田島君がピンっと手を上げて主張する。
「オレも。今回の企画人だし」
泉君も当然といった感じで紙の出るクラッカーを受け取った。
「あと一人は…」
「オ、オレ!オレも!阿部君の誕、生日!」
一番前で祝いたい。
一番前の一番真ん中。一番阿部君に近いところで。
「いっ…いい…よ…ね?花井君」
花井君が阿部君の大事な人だってことは知ってた。
誰にも――阿部君からも聞いたことはなかったけど、それでも分かった。
けど、オレだって阿部君の大事なバッテリーだ。
今日だけ。今だけ。野球部でいるときだけは阿部君を譲りたくない。
「ったりめーだろ。最初っから皆そう思ってたよ」
ビックリした顔の後、花井君は笑ってそう言ってくれた。
笑顔が少しぎこちなかったのには気付かないふりをした。


阿部誕おめでとうございますの気持ち

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