阿部誕2012
11.正捕手
ドアを開けた途端耳につく破裂音。
それからおめでとうの声声声。
しばらく意味が分からなかった。
はっとして隣の栄口を見ると、ごめんねと手を合わせて笑っている。
この野郎、人が真剣に相談にのってやったっつーのに。
何だあの長話はこのための時間稼ぎか。
田島も泉もイタズラ成功したみたいな顔しやがって、三橋に至っては自分の誕生日以上に嬉しそうじゃねェか。
「ばっ……」
かじゃねーのって言おうと思った。
のに、声が出なかった。
朝から何も言われず仕舞いで、まあ皆忘れてんだろうなって思ってた。
試験も近いし、師も走る師走だし、何かと忙しいし。
しのーかにはおめでとうって言われたけど、あの人はマネジでデータの鬼っぽいから知ってるだけだろうって適当に流してた。
ああ、そういやあの時水谷も花井も席離れてたな。そうか。今この瞬間のためにか。
しのーかに祝われてる現場に居てなお何も言わないってわけにはいかねェもんな。
そうか。つまりお前らドッキリのためにわざとオレの誕生日無視してたってわけか。
よくも謀ったな、と二人の方へと視線をむける。
水谷はやっと言えたーとホッと胸をなでおろしてた。花井は騒いでる奴らに怒鳴りながらケーキを下ろしてる。
「……っ」
何だその顔。
もっと周りを見回せば皆ホッとしたような嬉しそうな顔をしていた。
お前ら本当馬鹿じゃねェの。もう馬鹿だろ。馬鹿確定だ。
ドッキリ計画してケーキもクラッカーもこっそり用意して。
オレの誕生日祝うためだけに、オレを驚かして喜ばすためだけに、どんだけ周到に準備してんだよ。
じわじわとこみあげてきた熱いものが、目からあふれ出そうになる。
「あ、べくん。うれしい?」
三橋が伏せた顔を覗き込んできた。
やめろ見るな。こんな半泣きの情けない顔。
10.主将
部室で阿部の誕生日を祝った帰り道。
途中で阿部を呼びとめて二人きり、コンビニに寄ろうと提案する。
断られても粘って何とかするつもりだったけど、意外なことに阿部はすぐに頷いてくれた。
表に阿部を待たせて急いで二個入りショートケーキを買う。あと肉まん…いや、肉まんは西広からもらってたか。
しょうがない。少し高いがここは奮発してカラアゲさんを買おう。
レジを済ませて表に出ると、おせーよの声。
「わりって。ほら」
「…何これ?ケーキさっき食べたろ」
訝しげに首をかしげられた。
まあさっき食べたな。小さいけどホールのを。
「まだ入るだろ。食おうぜ」
「入るけど…甘いもんばっかきつい」
ぶつくさ言いながら阿部は袋からケーキを取り出した。
「カラアゲさんもあるけど?」
「それは最後に食う」
こいつ好物は最後に食う派か。
「これどうやって食うの?皿ねェよ」
「手づかみでいけ」
えーっと今度は思いっきり眉をしかめられた。
いいじゃねェか。ケーキ側面にはビニールっぽい何か透明なの貼ってるから手汚れねぇだろ。
口をとがらせる阿部を尻目に、んあーと大口開けてケーキを頬張る。
「…行儀悪っ」
飯時にウンコの話するヤツには言われたくない言葉だ。
不満げな顔しつつも阿部もオレの真似してケーキを食い始めた。
意外と行儀よく丁寧に飯を食う阿部は、ケーキを食うのも遅い。
自分の分を食べ終わって、しばらくの間阿部がケーキ食うのを見て、手を伸ばして頭を撫でた。
結構力一杯撫でたから、短い阿部の髪の毛もぐちゃぐちゃになる。
「何すんだ馬鹿!ケーキ落とすとこだったろ」
質問形式の抗議を受ける。まあそりゃ当然か。
「二人きりで祝いたかったんだよ、お前を」
「はあ?そんでケーキ買って頭なでてってか?お前オレをちっせーガキだと思ってっだろ」
まあガキみたいなもんだろ。小学生なみにうんこの話好きだし。
口に出すと拗ねるから言わないけど、でもオレはお前のそういうガキっぽいところも結構気にいっている。
「……で?」
「あ?」
「まだ言われてねェけど」
二人っきりで、とわざとらしく強調して阿部はニィっと笑ってみせた。
ああ、ね。
コホンと咳払いを一つ。それから阿部の顔をしっかりと見て、阿部からの視線もしっかり受けて。
「誕生日おめでとう」
二人同時に赤い顔で大笑いするのは、この二秒後の話だ。
阿部誕おめでとうございますの気持ち
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