■decision■


 こういうことだったのか。

 ぎり、とカノンは唇を噛んだ。きっと、サガも同じ思いでいることだろう。

 二人が揃って聖闘士になることは不可能なのだ。これが答えであることは動かない。

 二つの聖衣を備えた星座があるのかどうかを、ついにカノンは突き止めることが出来なかった。だが、それももう今となっては詮無いことだ。もし、そのような星座があったとしても、二人の宿星はそれではなかったのだから。

 二人はそれぞれ別の馬車に乗せられた。コロシウムで殺し合いの見世物にされる古代ローマの奴隷のようだとサガは思った。
 馬車は粗末な、まるでつい立てのような木で箱状に仕立てられている。中世のころ、戦争で捕らえた捕虜を入れた移動式の牢はきっとこのようなものだっただろう。世界を救うために戦う神の戦士にするには、あまりにも無礼な待遇ではないか。

 朝起きてまもなく、サガは叩扉する音に気がついた。二人はこれから何が起こるのか、全く知らなかった。サガが扉を開けた。ロヨルか、他の教育係がやってに来たのだと思った。カノンもいつものように、湯を沸かそうと暖炉の薪を弄っていた。こちらを振り向きもしなかった。
 サガは扉を開けた瞬間、普段とは違う圧迫感のようなものを外に立つ男から感じた。
 男は、あの日、幼い二人を迎えに来た男と同じ黒いフードをすっぽり被っていて、男はまるで冬の夜にうなる風のような声で二人に伝えた。 これから、教皇の御前でいずれかを聖闘士として選ぶのだ、と。

 カノンは火掻き棒を持ったまま立ち上がり、そして声もなく立ち尽くした。
 サガがドアのノブにかけた指が震えていることに気がついたのはずいぶん経ってからだった。
 そうして、二人は今日が運命の日であることを知った。

 がたがたと馬車は揺れながら進んで行く。まるで隙間のような小さな窓から見えた景色は、今まで見慣れた景色とはまるで違って見えた。ぎしぎしと軋むのは、馬車ではなく自分の心なのかもしれない。

 今、この時期に認定試合が行われるなら、カノンが聖闘士として選ばれるだろう。サガは聖闘士としては落選し、雑兵か神官への道を歩むこととなる。二人ともそう思っていた。それはそれで、二人とも構わなかった。
 だが、決して口に上らせることはなかったが、理想は二人で聖闘士になることだった。そんな都合の良いことが在り得るだろうかと思いながらも、そうなることを望まずにはいられなかった。そして、その願いは叶わぬものであることを、二人は馬車に揺られながら噛み締めることとなった。

 やがて馬車は止まり、そこにはあの日カノンが居た闘技場があった。馬車から降りる前、小窓から二人へ仮面と服、そしてプロテクターが渡された。紐がほどけ、仮面が落ちるようなことがないか、何度も何度も、かわるがわる数名に確認をされてから、二人は馬車から降ろされた。

 オルコスのときのように、幾多の観戦者がいるものだとカノンは思っていた。戦う者だけがくぐることを許される重厚な石の門を抜け、いよいよ戦いの庭へと歩みを進める。ところが、闘技場は水を打ったように鎮まり返って、あの日のような熱気はそこにはなかった。

 聖闘士の選抜試合とは、祭りのようなものだった。サガは一度も見たことはなく、カノンはオルコスのときの一度きりだけだったが、神聖ではあるが血が滾り、皆が叫び、騒ぐ熱い祭りであった。だが今回はどうだ。そこに居合わせた者に言葉はなく、皆揃って黒いローブをすっぽりと被っている。

 これではまるで「葬」ではないか。

 その音のない闘技場を、二人は進んだ。戦士の門の正面に、他の席からは区切られた特別な一画がある。元首席のようでもあり、祭壇のようでもあった。
 そこに三人の男が立っていた。一人は立派な、翼を広げた竜の乗った兜をかぶり、冷たい金属製の仮面で顔を隠していた。もう一人は他の男たちと同じような黒い長衣を着ているが、兜の男と同じような、重そうな首飾りを着けている。もう一人は輝く黄金の鎧を纏っていた。この黒一色の一団の中で、文字通り一人だけ異色を放っていた。カノンは彼を知っていた。そう。この時点では唯一の黄金聖闘士であった射手座のアイオロスである。

「サガとカノン」

 兜を被った男が口を開いた。

「今日戦って、勝利を収めた者がアテナの栄誉ある聖闘士となることがかなう」

 重々しい声で、戦いの口上を述べた。オルコスの試合のときも、彼は同じ口上を述べた。聖闘士の認定試合を開始する際に述べることと定められているのだろう。

「そしてそのものにはこの聖衣をあたえよう」

 彼が持つ梟の杖の脇に、黄金に輝く金属製の箱が置いてある。そこには、こちらを向いて微笑む、同じ顔をした二人の子供が刻まれていた。

 やはり。自分たちは双子座の黄金聖闘士になる運命だったのだ。

 カノンはあのときのサガの言葉を思い出していた。

「ぼく…二人で一緒に聖闘士になりたかったんだ。双子座なら、二人揃って聖闘士になれるんじゃないかって思ったんだ」

 まだ本格的な訓練が開始される前だった。冬の凍てつく夜、サガは分厚い本を抱えてこう語った。一番可能性の高いと思われた双子座でさえ、二人が揃って聖闘士になることは叶わないのだ。他にそんなことが叶う星座などないのかもしれない。いや、もうそんなことを考えたって、どうなるものでもないのに、とカノンはパンドラボックスと呼ばれるそれを見ながら、ぼんやりと考えた。

「さあ戦え、ふたりとも!!」

 それが、戦いのはじまりの合図だった。



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