「・・・俺、副指揮者、辞退します・・・。」
「お前勝手に宣言すんじゃねぇよ!お前いなくなったら、オネエチャンたち帰っちまうだろ!?」
「え・・・」
何たる屈辱。
選ばれたのは才能じゃなく、女を集めるためだったなんて・・・。
「嫌です。お断りします。」
「え〜!ダメだよ〜ぅ!帰らないでよ陽一様ぁ!」
「友よ!我々を見捨てる気か!」
両側から足元に縋る雄二と安岡を、「金色夜叉」の貫一お宮状態で足蹴にして振り払う。
「いいのかよ?これがお前のチャンスになるかもしんねぇんだぞ?」
こんないい加減な奴の下にいてチャンスがあるなんて到底思えない。
「・・・あ!!」
突然黒ポンがホール中に響くような高音で叫ぶ。
「ど、どうしたんすか、黒ポン。」
肩から提げていたカバンを床に置き、中を漁り始めた。
数冊のファッション雑誌の間から1冊のクラシック専門誌を取り出し、床に広げてページをめくり始める。
「あ!あった!これ!ほら!」
黒ポンの指す記事を皆で覗き込む。
『世界に名を馳せた日本人マエストロ 村上哲也凱旋帰国!』
大きな見出しの横に添えられた写真は・・・黒いタキシードに身を包み、タクトを振る男の姿。
そう。目の前にいる外国かぶれの男。
「な〜んか、どっかで見たことあるなぁと思ってたら。
レーマンさんって『村上哲也』って芸名使ってたんだね〜。」
「違う違う・・・『レーマン』の方が偽名に決まってるでしょ・・・」
黒ポンの真顔の発言に、思わず真剣に訂正してしまう。
「海外生活飽きちまったからさ、しばらくここの大学で遊んでいくから。みんな夜露死苦。
じゃあ、今日は親睦を図るためにパァっと行くか!北山もほら、行くぞ!」
超有名なマエストロだとわかった途端、さっきまでの困惑はなくなったようで、皆、男と一緒にホールを後にする。
「北山も、行こう?」
黒ポンが俺の肩に手を置く。
「友よ、行きますぞ!」「行こうよぉ〜!陽一様ぁ!」
雄二と安岡に片腕ずつ掴まれ、力ずくで引っ張っていかれる。
「ちょっ・・・俺、まだ行くなんてひとことも・・・」
俺の指揮者第一歩は、おかしな人々とのこんな出会いから始まったのだった・・・。
das Ende