ふたりぼっちの特命係・・・とその仲間たち
【Season 2】
午前10時45分―――ここは警視庁特命課。
そこに配属されたふたりの刑事は、朝から特にこれといった仕事もなく、片やパソコンのモニターに釘づけ、片や官能小説を読書中だ。
「よっ、ヒマか?」
静寂を破ったのは、隣接する組織犯罪対策部(元生活安全部)の課長だ。
「何ですかぁ?また来たんですかぁ〜?」
課長のあいさつ代わりの決めゼリフに答えたのは、特命係・黒沢薫。
豆から挽いた本格コーヒーを口へと運ぶ彼の格好は、Tシャツにジーンズというラフなものだ。
本人曰く、「捜査の時に動きやすいように着替えている」ということだが、窓際部署である特命係が捜査する機会は週に一度二度あればいい方である。
「『また』ってお前!そんなしょっちゅうしょっちゅう来てるみたいに言うなよ〜!」
「え〜?朝イチで来てここで14分ネバっていったでしょ〜。」
「じ、じゅうよんぷん?!」
「だって俺測ってたんですもん。ほらぁ〜。」
黒沢はポケットからニワトリ型のキッチンタイマーを取り出し、課長の目の前に突き出した。
「ほらほら!累計で加算していってるから、今15分13、14・・・」
「お前ホントにヒマだな!」
「ヒマだよぉ〜?」
「ま、そうだわな。・・・ってそんなことはいいんだよ!」
「では、どういうご用件です?」
ふたりの会話に割って入ったのは、特命係・北山陽一。
黒沢よりも年下ではあるが、階級は上。
つまり黒沢の上司にあたる。
「そうなんだよ、あのさ、お前らさ、ヒマ?」
「さっきからヒマだって言ってんじゃん!」
「あ、そうだったそうだった。じゃあさ、こっちの課の仕事手伝ってくれよ〜。」
課長はそう言って、黒沢の机の上に置かれた「じゃがりこ(鑑識課・酒井の食べかけ)」を1本つまみ上げ、口の中に放り込む。
「構いませんよ。どういったことをすればよいのでしょう?」
「最近よぉ、ヤクの売買の場が、白昼の閑静な住宅街に移りつつあるんだよな。」
「そのようですね。昼間の住宅街の方が人気(ひとけ)が少なく、見つかりにくい。」
「そうそう、そうなんだよな。それまではな、夜の公園だとか繁華街の路地だとか、売買によく使われるスポットみたいなのがだいたい決まってたんだよ。
だから張り込みなんかも比較的ラクだったんだけど、住宅街って・・・『都内に何ヶ所あんの?!』ってカンジだろ〜?お手上げだよ、ったく。」
課長は肩をすくめ、文字どおりお手上げのポーズを取る。
「で、何ヶ所あるの?」
「数えてねぇよ!だからな、ヒマ〜なお前らに手伝ってもらいたいワケ!」
「何を〜?」
「そりゃあ住宅街の張り込みに決まってんだろう。とりあえずこの地図に示してある住宅街が、過去に取り引きに使われたことがあるとこ。
取っ捕まえた売人の供述によると『あんまり同じ所ばっかり使うと住民に顔を覚えられてしまう』らしいからな。
同じ場所で張るか、ここに上がってない場所で売人が現れるのを待つか・・・お前ら次第だな。」
新たに摘んだ「じゃがりこ」で地図に記された取り引き現場を差し示した課長を、黒沢は見上げた。
「え?『お前ら次第』?あれ?指揮してくれないの?」
「俺ら今もっとおっきなヤマ抱えてるからなぁ。」
「取り引きですか?」
「そうそう、金とヤクの受け渡し現場を押さえて大量検挙狙ってんだよ。
だから末端の客にまで手がいかないのよ。もう、猫の手も借りたいくらいでなぁ。」
「猫の手・・・」
軽く握った拳の甲で顔をこする黒沢につっこまず、北山は颯爽と立ち上がる。
窓際のポールハンガーにかかっていたスーツのジャケットを羽織ると黒沢に声をかけた。
「行きましょう。」
「あ〜い。」
黒沢は手の中にあったキッチンタイマーのストップボタンを押し、ポケットに収納すると、足早に北山の後を追う。
「頼んだよ〜。」
課長は、じゃがりこのカップを手に、自身の所属する課に戻っていった。