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a gale of wind

 

 

「バカ野郎!こんないい馬乗せてやってんのに惨敗とは!どういうことだ?!」

レース後、激昂したオーナー(馬主)がシンガリ(最下位)でゴールを切った俺を罵倒した。
周りのジョッキーや関係者らの視線が痛いほど突き刺さる。

「すっ・・・すいませんっ!」
「馬のよさを引き出すのが騎手の仕事だろうが!それを何だ?!あの走りは!
お前何年騎手やってんだ?え?!・・・金輪際、ウチの馬には乗せん!」
「待ってくださいオーナー!あと1回っ・・・あと1回チャンスを・・・」
「ダメだダメだ!もう限界だ!お前には才能がない。・・・そろそろ引退を考えた方がいいんじゃないか?」

深々と頭を下げ謝罪する俺に見向きもせず、オーナーはさっさと去っていってしまった。

「い、引退・・・」

たしかにここ何年か、いい成績は残せてはいない。
アダ名は「牧羊犬」―――シンガリ負けばかりする俺を見たファンがそう揶揄する。
他のオーナーからも幾度となく叱られている出来の悪いジョッキー。
しかし、引退の二文字を突きつけられたのはこれが初めてだった。

重石を乗せられたように沈みゆく心を抱えたままシャワールームで汗と砂にまみれたカラダを流し、競馬場を後にした。

 

 

タクシー乗場に向かっている最中、背後から声をかけられた。

「黒ポン!」

振り返ると、懐かしい顔が。

「・・・やす、おか・・・?」
「久しぶり〜。」
「お前・・・いつ日本に帰ってきたんだ?」
「今日。空港着いたその足で、ここへ。」

安岡は競馬学校の同期だった。
ヤツは当時から生まれながらの才能を発揮し首席で卒業。
デビュー間もなく初勝利を上げ、その後も着実に勝ち星を重ねていった。

ところがある日、お手馬の三冠がかかった大事なレースで落馬。
馬は再起不能。安岡自身も一時は命をも危ぶまれるほどだった。

しかし懸命なリハビリを積み重ねて安岡は見事復帰、リーディングジョッキーにまでのぼりつめた。
そして今は海外を中心に活動している、世界のスーパーヒーローだ。

「メシでも行かない?」
「あぁ、いいよ。」
「和食が食べたい。どこかいい店連れてってよ。」
「OK。」

安岡と一緒にタクシーに乗り込み、運転手に行き先を告げた。

 

 

「・・・黒ポン・・・苦労、してるみたいだね。」
「・・・あぁ、見ちゃったのか・・・俺の惨敗っぷり・・・」
「まぁ、ね。・・・まだ、恐い?」

そう、安岡と同じように、俺も過去に落馬事故に遭っていた。

自分によくなついてくれていた馬が、レース直前に暴れ始めた。
馬体検査の結果、出走に問題なし、という判定が下り、何とか走り始めたのだが・・・
最後の直線で仕掛けようと鞭を入れた瞬間、馬がいきなり立ち上がり、このカラダは馬場の上に振り落とされた。
身を屈める俺の鼻先を、馬の蹴り上げた後ろ脚が掠め、そこで意識を失った。

幸い大事には至らなかったが、俺はそれ以降、常に恐怖と隣り合わせでレースに挑むようになった。

「そっか。じゃあねぇ・・・っしょ・・・」

突然、自らの首の後ろに両手を回した安岡は、つけていたペンダントを外して俺に差し出した。

「はい、これあげる。お守り。」
「え?」

安岡の手のひらに乗ったペンダントには、蹄鉄と四葉のクローバーをモチーフにしたシルバー製のトップがついている。

安岡はテーブルにペンダントを置いて、今度はポケットから手帳を取り出し何やら書き始め、書き終わるとそこをビリッと破いてペンダントの横に並べて置いた。

「あと、これも。そのペンダントつけて、そこ行ってみて。」

安岡の脈略のない一連の言動を、俺はポカンと眺めていた。

「あのさ、これ、どういうこと・・・?」
と訊ねる俺の言葉を気にする様子もなく、安岡は俺の首にペンダントを勝手に装着する。

「もう、ね、これ俺には必要ないんだ。」
「お守りなくても勝てるってこと?・・・ふぅん。余裕だね、お前。」
「まぁね。そういうこと。」

安岡はそう言って柔らかな笑顔を浮かべた。


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