あなたの心に花束を

 

 

「編集長、ただいま戻りました!」

夕方5時半。
ファッションデザイナーへの取材を終え編集部に戻った俺は、編集長に報告し、定時に帰るべく早速支度を始めた。

「お〜、安岡。すまんがな、連載のコラムの原稿上がったらしいから取りに行ってもらえないか?」
「・・・え?それは伊藤さんが・・・」
「伊藤には急遽スタイリストの佐々木さんのインタビューに入ってもらった。だから代わりにお前頼むよ。」
「いや、ちょっと今日は・・・」
「他に行く奴がいないんだ。じゃ、頼んだぞ。」

そう言って編集長は忙しそうに部屋を出て行った。

「そんな・・・」

今日、8月5日は俺の誕生日。
入社以降、初めて恋人と過ごす誕生日だ。

って言っても、俺は新入社員なんかじゃない。決してモテないワケじゃない。

この出版社に入社し、男性ファッション誌『Vol.』の編集部に配属されて5年が過ぎた。
彼女はできるが、俺の多忙を理由に長続きしない。
なぜか誕生日が来るまでに別れちゃって、毎年自分の誕生日はひとりぼっちで過ごしている。

だから今年こそは彼女とラヴラヴな誕生日を過ごしてやるって思ってたんだ。
彼女と6時に待ち合わせしてるから、今日は絶対に定時で帰りたいんだ。

・・・仕方ない。
他の人に「どうしても」って頼んで、代わってもらおうかな?
今日代わってくれたら寿司でも何でも奢っちゃうんだけど。

「ねぇ、コラムの原稿取りに代わりに行ってくれない?」
「あ〜、俺今から印刷工場に行って、記事の差し替えしないといけないから無理だわ。」
「そっ、か・・・」

「あのさ、コラムの原稿・・・」
「俺無理!ブランドの広報部の人と打ち合わせなんだよ。もうすぐ約束の時間なのに、俺も今戻って来たとこでさ。もう間に合わないよ、行ってきます!」
「あ、うん、行ってらっしゃい・・・」

「先輩、あの、今日どうしても外せない用事がありまして・・・」
「あ・・・すまん、今からウチの祖母ちゃんの通夜なんだよ。」
「うぁ、す、すいません・・・」
「悪いな。」

・・・わかってる。
みんな忙しいんだもん。みんなも頑張ってるんだもん。
自分だけが、しかも自分の誕生日を理由に帰りたいなんてさ、口が裂けても言えないよ。


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