:ヒーローレポート:
Case1緊急指令・連続通り魔事件を追え!
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「ちょっとすみません」 前方の暗がりから気配纏わぬ猫の足取りで登場したバーナビーの顔を見た瞬間、青年は影を釘で留められたかのように、硬直した。 青年の驚きは、普段はTVや事件現場でしか見ることのないヒーローが今まさに手を伸ばせば触れられる距離にいるため――――などという、ある意味微笑ましい理由でないことはこめかみ浮かんだ血の筋やじりじりと後ずさる足から窺い知れる。 バーナビーは顔を見せる前からすでにアイパッチを外していた。 腹に一物抱える輩にとって、ヒーローの姿というのは普段は恩恵あまりあるけれど、直視すれば目を灼き傷めかねない、太陽のようなものらしい。 青年の反応にバーナビーはしかり。と胸中頷く。 腰を低く落として頤(おとがい)鎖骨につけた青年の、睨みつける目には狩り場で出くわした狩人に、逆に狩られる立場となった狐が隙ついて逃げだそうと算段する狡猾さが窺える。 だがバーナビーとて、だてに次期KOFと期待されているわけではない。 表情こそ牧師めいて穏やかな、しかしカソックの裡側に息の根仕留めるのには十分なナイフ備える、バーナビーに隙など一分もない。 さらに青年にとっての最悪が、これまた音もなく背後からやってきた。 「いやすぐに済むんで。ちょおっとお時間いただけませんかねー」 頭をかきかきへらり、ふぬけた笑みを浮かべ、ワイルドタイガーが現れる。 人好きのする、腰の低い態度ではあるがその実青年の動線はしっかり掌握、カットしている。 前門の時期KOF、後門のロートルヒーロー。 いかに青年が悪魔の大胆さと天使の繊細さを兼ね備えていようとも、突破できる壁ではない。 もはや退路は断たれたと覚悟を決めたか、青年はそれまで引けていた腰をぐっと正中線に正し、底なき海中思わせる黒い瞳はブレもせずバーナビーを見据える。 空気が、一気に緊迫の針孕んでブロンズステージの路地に満ちた。 「失礼ですが、Mr.、肩にお持ちのそのマグロはどこで手に入れられました?」 「シュテルン湾で今朝、水揚げされたものを買った」 「値段はいかほどで」 「キロ1710$」 「業者の方ですか?」 「個人だ」 「……」 すらすらと徳高い僧侶同士の禅問答のように澱みなく続いた質疑応答は、質問者側であるバーナビーの沈黙によって絶たれた。 バーナビーの面から表情が消える。 それまでわずかながら浮かべていた笑みが消え去ると、途端人の顔から無機物の顔へ。 いつだったか口の悪い者に、血の通わぬマネキン、見ているとグランギニョルの舞台へ挙がらせられた心地にさせる、と言われた事がある。 一方的に挟み撃ちにして、一方的に対話を切って。 なにもかもが唐突すぎるバーナビーの行動に、青年は眉根を寄せ今にも舌打ちしそうな不満顔。 「……もういいですか。俺はこれでも急いでるんだ」 トーンは落ちて静かに、そこをどけと促す青年のしかめ面に相対するバーナビーも表情に人間味通わせることなく、 「失礼、Mr、 ――――あなたは嘘をついている」 「ッ!」 バーナビーの一言は頭頂振り下ろされる雷神の鎚となって、青年の精神に劇的な作用をもたらした。 青年の顔色が青から赤へ。 激昂のあまり、罵詈雑言の銃弾で相手の心体ボロとする瞬時の凶暴さはないが、牛の大腿骨さえ噛み砕きそうな乱杙歯剥き出しにしてこちらを睨めつける、怒りが体全体から青白い炎となって噴くように見えた。 「いきなり呼び止めたかと思ったら、うそつき扱い。善良な一市民捕まえて、あんたそれでもヒーローかよ!」 「なんの根拠もなく言っている訳じゃありません。まず――――最近、シュテルンビルドとオリエンタルタウン漁業組合でマグロ漁規制、及び提携協定が結ばれました」 昨今のsushiブームは漁業関係者に大きな富と悩みをもたらした。 寿司ネタの代表格とも言えるマグロは人気が高く、需要に応じて供給を続けていけばたちまち海からマグロの姿は消える。 実際ブームが高じるにしたがってマグロの漁獲量は年々減ってきており、自然保護団体の突き上げも後押しして、シュテルンビルド・オリエンタルタウン両漁業組合は最悪の事態に備え、いまの内からマグロ漁の一部規制、そして釣れたマグロを必要に応じてどちらかの組合に格安で流すという提携を結び、さらに規制は漁師側のみならず購入者側にも及んだ。 「通常市場に出回るマグロはみんなサクに分けられるなどの加工がされています。丸のまま購入するには業者としてセリに参加しなければならない」 「業者から直接買ったんだ!」 「その業者の名前は?」 「覚えてない……初めて利用した業者だった」 話が進むにつれ、青年は徐々に落ち着きを失ってゆく。 バーナビーの、影を錨と留める視線に気圧されたかのごとく、目線があらぬ方向を左見右見。 その姿に確かな手応えを感じ、バーナビーはさらなる無言の自白引きださんと追撃する。 「業者から今朝購入した――――それも嘘です」 「なっ!」 息を詰まらせた青年の再びの凝視に、バーナビーは因果を含めて滔滔と静かに続ける。 「あなたが購入したそのマグロ、おそらく200キロは優にあるでしょう――――そもそも漁場の関係かシュテルン湾で200キロ級のマグロが捕れることは珍しい」 もし獲れたのだとしたら、今頃ニュースになっている。だが、漁業組合に確認を取っても、ここ一ヶ月200キロ級のマグロが揚がったという記録はない。 「シュテルン湾じゃない。オリエンタルタウンの方で――――」 「それも嘘です」 二転三転する青年の主張を、みなまで言わせずバーナビーは一刀両断する。 「といっても、そのマグロがオリエンタルタウンで揚ったことは事実でしょう。そのマグロの腹に書かれた文字、なんだか判りますか?」 三人が視線飛ばす、マグロの銀に輝く皮膚は猫に相当やられて赤みが露出していたが、それでも腹の部分、大きくアルファベットと数字が書きこまれているのがどうにか見てとれた。 「昨今は不逞の輩も増えました。セリにかかる前、競り場に並べられたマグロを盗んでゆく者も多いそうです。その為、漁業組合はどこの港で獲れたものか、何キロの代物かをマグロに直接書きこむんです。組合に確認したところそのマグロはオリエンタルタウンで獲れ、そして――――今朝セリ獲った業者の、高速を走行中のトラックから"消えた"。もう一度お尋ねします、Mr.――――そのマグロ、"どこ"で手に入れました?」 バーナビーの結びの言葉は、呼吸さえ憚られるほど静かな場に波紋となって拡がった。 青年はもうなにも言わなかった。 なにも言わず、ただうつむき地面をじっと見つめている。 深くうなだれているため表情は見えないが、バーナビーはその姿に、己がなにやら魔女裁判の裁判官にでもなったような、いや、縄張りに迷いこんだ小魚を突っつきまわした挙げ句衰弱死寸前まで追いこむイルカの、奇妙な嗜虐と罪悪感を味わっていた。 そんなバーナビーの心を知ってか知らずか、舌の根が苦くなるいささか強引とも言える尋問をタイガーは目を丸くして賞賛する。 「すげえな、バニーちゃん。まるで道に空き缶捨てたことを皮切りになんやかんやと難癖つけて最終的には重罪で逮捕起訴する悪徳警官みたいな理屈の持っていき方だ」 「おじさんは後で僕の医者さえ匙投げる度のきっつい眼鏡かけたまま公園の地球儀乗る刑二時間に処します」 「俺そんな残酷な極刑を受けなきゃいけないほどのこと言ったかあ!?」 悲愴露わにして叫ぶタイガーなど目の端にもかけず、青年の返答を待つ。 青年は押し黙ったまま、両腕だらりとたらし力なく佇むさまは借金を重ねたあげく債鬼に激しく突きあげられ身も心も追いこまれた放蕩者の諦めと見えた。 しかし惻隠の情もよおしたのは瞬の間。 いつまでたっても面上げぬ青年に、痺れを切らしたバーナビーが蹠(あしうら)擦って近づく。 瞬間。 「あぶねぇ、バニー!」 青年の体が青く発光するのとタイガーの声た走るのとは同時だった。 目で追うよりタイガーの声の方が直裁神経に働きかける。 バーナビー後ろに飛ぶ。 バーナビーすっ転ぶ。 カートゥーンよろしく盛大に砂利浮く地面に後頭部打ちつけて、ああ、真昼だというのに青空に星の散る、瞼に篠突く雨の降る。 「な、なんなんだ!?」 突然我が身を襲った衝撃に、ずきずき痛む頭を抑えながらバーナビーが身を起こすと、視界には青い顔にほっとした表情貼りつかせたタイガー、青く発光する青年。足下には海藻。 「Gracilaria vermiculophyllaー!?」 寒天の原材料の一つであり刺身のつまとしても用いられる、細い線状の海藻・海髪が足下に絡みついていた。 生で食すると食中毒を起こし、時には死者も出るとのことで一般に出回る物は処理され鮮やかな緑色をしている。赤いということは、加工前か。 「お前!」 おそらく青年が起こしたのであろう、バーナビーへの狼藉に血相変えて、タイガーは青年との距離を詰める。 青年再び発光。 タイガー勢いよく突っ伏。 「おじさん! 空からミズダコが!」 ――――時として襲いかかってきた『海の殺し屋』シャチさえ逆に補食する獰猛さを見せる、タコの種類の中でも最大級に属するミズダコがうつぶせになってじたばたと、地に叩きつけられた蜘蛛よろしくもがくタイガーの背に、長い腕伸ばしてへばりついていた。 一頭だけならまだしも、これが二頭も。 「だいじょうぶですか!」 「俺はいいから犯人を!」 大昔の火星を舞台にしたSF映画さながらのおぞましい絵姿に、色をなくして駆け寄るバーナビーだったが、タイガーの叱咤にヒーローとしての我を取り戻す。 そうだ。この場においての第一は青年だ。 青年がマグロを手に入れた過程、事情はどうあれ彼はバーナビー達に敵意の牙を剥いた。 オリエンタル湾マグロ盗難事件に関わっていると見て、まず間違いない。 「止まれ!!」 タイガーの傍まで後一歩、でバーナビーは急速反転。 逃げようとする青年に駆けて制止の一喝。 だが青年、怯むどころかカメノテ投げつけ追撃を阻害。 200キロ級のマグロさえ担ぎあげる脅威の膂力と甲殻類特有の殻の固さが合わさったカメノテは、手裏剣の威力でバーナビーの頬を裂く。 しかしその程度の児戯ではバーナビーの足は止まらずかえって踏みこむ両足にガソリンを注ぐばかり。 「逃がすかぁ!」 「ッそぉ!」 怯みも止まりもましてや逃げもしないバーナビー、およびどうにか蝕腕地獄からの脱出に成功したタイガー達へ振り返った青年の目は深甚なる怒りが燎原の火のごとく燃え盛って、 「これでも喰らえ!!」 蛮声一声。 青年の体が三度発光し、天空より数多と、紅色の鮮やかに悪い毒のひれを閃かせ、重力に従い落下するそれは、 「オニダルマオコゼ!?」 「知ってんのか、バニーちゃん!?」 「おじさん気をつけてください! こいつはオニダルマオコゼと言って比較的温暖な浅瀬に生息する浮き袋のない底生魚で、背びれに激痛、呼吸困難、吐気、関節痛、神経麻痺を引き起こす高分子たんぱく毒ストナストキシンを持つ、カサゴ目フサカサゴ科オニオコゼ亜科オニダルマオコゼ属の魚! 主な調理法はフリッターやミソスープ!」 「バニーちゃん、何でそんなに詳しいのっ!?」 「あらゆる出来事に対処できてこそのHEROですッ!」 もっとも、その"あらゆる出来事"の中に今回の件――生マグロを抱えた青年と行き遭う――を想像した事はなかったが。 「そらそらッ、背中のトゲに触ると死ぬぞぅっ!」 体に青い光を纏い勝ち誇ったように高笑う犯人との間、なにもない中空から霰と降り注ぐオニダルマオコゼを前にして二人は為す術なく。 「なんて地味で効果的な攻撃!」 叫び身を翻した背中を落ちるオニダルマオコゼがかすって、一瞬それが皮膚であったならと想像し、バーナビーの体全体に冷たい汗が滲む。 止めさせようと、タイガーが根源の犯人に手を伸ばすも、絶えぬ毒魚の雨が捕縛の手を阻む。 もはや一枚の緞帳のごとく犯人と自分たちを隔てるオニダルマオコゼを避けようと二人、ばたばたと足を縺れさせながらピルエット踏む姿、まさに優雅さとはかけ離れた滑稽なタランテラのよう。 観客から観れば笑いと哀れみ誘う舞踏も、当人たちにしてみれば文字通り死活問題である。 やがて紅毒の雨止む頃、すでに犯人の背は遠く点となり、しかしこんなことで諦めていてはHEROはつとまらない。 「あんにゃろ!」 「いきますよ、おじさん!」 藻掻き跳ねるオニダルマオコゼの絨毯を飛んで避けながら、バーナビー達は猛然と追撃を開始した。 |
あとがき
話が動いてんだかないんだか……
次回更新は未定です。