青空の下、並盛町に悲鳴Gridoは流れる。
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 ――――ツナ本人としては神様に祈ったつもりだったのだが、願いを聞き入れてくれたのはどうやら悪魔の方らしかった。




「どうした、沢田! 腹でも痛いのか!」
「お、お兄さん……っ!?」


 突然腕をつかまれ立ち上がらされたかと思ったら、目の前にツナが憧れている"京子ちゃん"の兄、笹川了平が立っていた。
 魔王達の争いにツナを庇う形で背を向け立っているせいか、さっきからずっとコンクリートの礫を身に受けているが、さっぱり気にした様子はない。


「あの、おにいさ……」
「いかんぞ、沢田! そんな軟弱な事では、ボクシング部に入ってもみんなについていけん!!」
「いや、あの」
 誰もボクシング部に入るなんて言った覚えはないし、何より今は背後の破壊活動の方が気がかりなのだが……。


 ツナはそう了平に言おうと思ったが、肝心の了平は聞く耳もたずでひたすら「ボクシングに必要な体力の付け方」とやらをレクチャーしてくれている。
 その間も通学路は姿を変えてゆき、礫は降り続けている。戦いの渦中にいる獄寺は、目覚めることなく時折雲雀や骸の足を捕らえては邪魔だと獲物でど突かれている。


 ――――収拾がつく、つかないどころの騒ぎではない。
 しかも、この期に及んでさらに混乱を招きかねない人物が登場した。


「よぉー、ツナー。練習終わったから、一緒に帰ろうぜー」


 それはこの騒動が始まるかなり初期の段階からツナが助けてほしいと思い続けていた親友、山本であった。


 いつも助けてほしいと思うときに現れてくれるツナの、否、並盛中学のヒーロー。
 だがツナは山本の登場を素直に喜べなかった。
 山本の肩には、現状をさらに引っかき回しかねない人物、リボーンが乗っかっていたからである。


「チャオっす、ツナ。ずいぶんと面白いことになってるな」


 ソフトハットを斜めに持ち上げ、リボーンはニヒルに笑う。
 ツナは涙目で山本の肩に乗るリボーンに詰め寄った。


「どこがだよ! 何がだよ! これ以上ないくらい思いっきり物騒な展開になってるよ!」
「あははははははー、あいつら相変わらず元気だなぁ」


 飛び散る礫を器用に避けながら、争いを見守り、山本は朗らかに笑う。
 いつもは好ましく映る山本の笑顔を前に、ツナは頬をひきつらせた。
 天然とは恐ろしいものだ。どうやら山本には、あの破壊活動が「知り合い同士のじゃれ合い」程度にしか映っていないらしい。
 そんな馬鹿な。苦悩から、ツナは頭を掻きむしって悶えた。
 冗談ではない。あんな一帯を滅ぼしかねないじゃれ合い、あってたまるものか。


「山本、何のんきなこと言って……っ!」
「おぉ、なにやら面白いことをやっているな!!」


 山本に詰め寄ろうとした刹那、今までさんざん礫をぶつけられながらも初めて背後の破壊活動に気がついたらしい了平が目を輝かせた。
 ツナが嫌な予感を覚える前に、了平は「極限!」とお決まりの台詞で雲雀達に向かって吶喊していった。



 ――――魔王達の争いに、新たにパンダスナッチが加わった。



 相変わらず起きる気配のない獄寺(そろそろ痙攣すらしなくなってきた)を踏みつけながら、戦いはさらに熾烈を極める。



 ――――混沌だった。


 ――――カオスだった。



 一中学生にはどうにもこうにもならない現実が目の前に横たわっていた。
 ツナは思わず何もかも放り出して逃げたくなったが、先ほど恐ろしく冷たい声音で雲雀から「逃げたら咬み殺す」宣言を受けたばかりである。
 さらに、戦いのただ中に放置されたままの獄寺を放っていくにはツナはあまりにお人好しすぎた。


 ――――同時に、渦中の獄寺を助けに行くにはツナはあまりに臆病すぎた。


 どうにもできないまま並盛町限定ハルマゲドンを見守るツナの肩を、山本がポンと叩いた。
 にっこりと、人好きのする笑顔を浮かべて。


「じゃ、帰ろーぜ。ツナ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやっ!!」


 さわやかに笑って肩を抱く山本に向かい、ツナは首と手をもげんばかりの勢いで横に振る。
 この状況を見て、何故そんな脳天気なことがいえるのか。


 ツナは山本の腕をつかみ、詰め寄る。
「何言ってんの山本。何言っちゃってるのー!?」
「オレ、"帰ろーぜ。ツナ"って言ったんだけど……」
「そうじゃなくって――――っ!!」
 きょとん、と不思議な顔で山本は首を傾げる。
 ツナは頭を掻きむしった。



 山本は分かっていないのだろうか、背後で繰り広げられている終末戦争が。
 山本は見えていないのだろうか、背後で行なわれている破壊活動が。
 山本は気づいていないのだろうか、背後で着実に死出の旅支度を整えつつある獄寺の姿が。



(――――分かってないんだろうなぁ、山本だもん)
 ツナは目を丸くしたままの山本を見ながら肩を落とした。


 何度も中学生には縁のない争いに巻き込まれながらも、すべて「ごっこ遊び」だと思っている節のある山本。
 彼には背後で渦巻く暴力の宴も「じゃれ合い」程度にしか見えていないのだろう。
 ツナは山本の天然っぷりを心底羨ましく思った。


「ごめん、山本。無理。俺、このままじゃ帰れない」
 力なく山本の腕から手を放し、遠い目をしてツナは争いを見守る。
 もはや道路は道路としての形を無くしつつあった。


 攻撃の余波で民家の垣根は丸坊主。塀は完全に破壊され、後に残るは鉄骨とコンクリートの残骸ばかり。
 電柱に至っては根本が削れて今にも倒れそうだ。きっと十分と経たないうちに、ここら辺一帯で停電騒ぎが起こることだろう。


 ツナはそっと己の腹に手を添えた。
 自分の責任ではないはずなのに、なぜか胃がキリキリと痛み出す。


(きっと今この場に警察がきたら、怒られるのは何故か俺なんだろうなー。読めてんだー。もうパターンって奴がさー)


 人間、本気で途方に暮れると笑い出してしまうものらしい。
 乾いた笑みを浮かべながら破壊活動を見守るツナに視線を合わせた山本は首をひねると何を思ったか、


「ん! 分かったぜ、ツナ!」


 ひょいと肩に乗っていたリボーンをツナに手渡すや、バットを片手に背を向けた。


「や、山本!?」
 思わず受け取ってしまい狼狽えるツナに向かって山本は笑う。
「よーするに、あいつら止めてくれば、ツナ帰れるんだよなー」
 いつの間にか刀へと姿を変えていたバットを構え、まかせろ。と、実に頼りがいのある笑顔を見せ、山本は戦場へと向かう。



 止める隙などあればこそ。
 たちまち山本が言うところの「じゃれ合い」は驚異的なスピードで破滅への坂を転がり始めた。



「なんでー! 何でこんなことにーっ!?」
 体中から血の気をひかせ絶望を叫ぶツナの顎に、持ち抱えられたままのリボーンのつま先が見事ヒットする。


「ぎゃーぎゃーうるさいぞ」


 きれいに着地を決めたリボーンは、ひっくり返ったツナに冷たく言い捨てた。
 爬虫類のように表情が読めない黒い瞳が、尻餅をついてうめくツナを見据えている。


「これぐらいで騒ぐな。ボスのくせに情けねぇ」
「騒ぐよ! これぐらいどころじゃないよ! どうにかしてくれよ! っていうか、さり気なく"ボス"とか言うなぁっ!!」
「あぁ、うるせぇ、うるせぇ」
 風船が弾けるかのように勢いよく声を荒げるツナをリボーンはさらりとあしらう。
 舌打ちしながらおもむろに懐に手を突っ込んだリボーンは、次の瞬間には紅葉のような手に不似合いの、一丁の無骨な銃を握っていた。
 手にされた銃の意味するところを悟ったツナは青ざめ尻で逃げようとしたが、目の前にいるのは世界最高峰のヒットマンだ。
 あがく様をあざ笑うかのように唇をねじ曲げたリボーンが向けた、底なし井戸のように真っ黒な銃口がツナを見据える。



「そんなにどうにかしたいなら、自分でどうにかしやがれ」



 ――――ちょっとまった!!



 叫んだ声は言葉になりきれず口内に掻き消える。
 額に穿たれた弾丸の熱を感じながら、ツナは思った。



 あぁ、やっぱりだ。やっぱり最後はこうなるのだ。
 絶望的な現実はいつもリボーンの姿をしてツナを捕まえる。
 逃げようとあがけばあがくほど、相手を喜ばせるに終わる。
 生涯、この悪魔から逃れる術はないのだろうか?
 ツナは身のうちからこみ上げる灼熱に意識を乗っ取られながら、舌打ちした。
 考えれば考えるほど絶望的な気分になってしまうが、とりあえず今。
 この壊滅気味な現実から逃れる為に、とりあえず今は――――。





「リ、ボーン! 死ぬ気であいつらを止めるッ!!」

あとがき

完結です。
それにしても、これ本当にツナ受けなのか?
と書いた本人が首をひねってしまいます。
つーか守護者を全員出すつもりはなかったんだが……。

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