こんな「 」し方しか知らない。

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 ――――目が覚めると、部屋の中はすでに日の光で満ちていた。
 外から聞こえる喧噪からして、もう昼は過ぎているらしい。
 リオンはゆっくりと瞬きを繰り返すと、ベッドから身を起こした。
 素肌に直接かけていたシーツがするりと落ちる。
 寝不足特有の気怠さが体を包み込んでいる。
 かき上げた髪が汗で濡れていた。
 ふっと視線を隣に向ければ、そこにはいまだ深い睡りにつくスタンがいる。
 身じろぎ一つせぬその姿は、眠っていると言うより気絶しているといった方がいい。
 安らかとは言い難い。寝顔には焦燥があった。
 腫れ上がったまぶたと、頬には涙の跡。口の端は切れた為かわずかに血がこびり付いている。
 シーツから露出した肩と手首には紫と赤からなる無残な痣ができていた。健康的な肌色のためか、凄惨さがより酷く映る。
 しかめた眉と時折零れる呻きに、この睡りがけしてスタンにとって好ましいものではないことが分かった。
 まるで拷問でも受けたかのような痛ましい姿。
 その有様に、見つめていたリオンも深く肩を落す。
 
 




 己がこの惨状を生んだ張本人であるにも関わらず――――リオンは哀れみに満ちた吐息をついた。
 
 





 きっかけがあるわけではない。
 ただ時折、まるで発作のようにリオンをスタンに対し酷い抱き方をする。

 愛すると言うより、嬲る。
 嬲ると言うより、虐げる。

 肌に爪を立て、柔らかな唇に噛みつき、慣らしもせぬ秘所に穿つ。
 涙は流れるままに、悲鳴は上がるままに、ただ獣のように抱く。
 その間、リオンは一言もしゃべらない。
 苛む暴言はない。許しを請う泣き言もない。甘い睦言などあろうはずもない。
 唇はただ悲鳴を吸い上げることと体に新たな傷跡をつけることだけに使われる。
 すべて苦痛を押しつけるだけの行為。
 



 ――――しかしスタンは逃げない。
 




 どれほど悲鳴を上げようとも、どれほど体が血を流そうとも、スタンは逃げない。
 わずかに抵抗はするものの、けしてリオン自身を拒みはしない。
 ただ哀願するようにリオンの名を呼び、手を延ばす。
 リオンがその手を取るのは、きまって嵐のような行為が終わり、理性が戻った後。
 深い悔恨と共に指を絡ませ、伝わる温もりに涙を流す。
 それからはじめて、気を失ったスタンに許しを請うかのごとく口付けるのだ。


 口づけはいつもさびた血と涙と、後悔の味がした。
 終わった後には互いに苦痛しか残さないと知りながらも、リオンは止めようとしない。
 リオン自身コントロールできぬ感情に流され、行われる陵辱。
 ただ最近になってようやく、おぼろげながらこの行為の意味が、見えてきた。
 



 試している。
 一体どこまで、どれほど、受け入れてくれるのかを試している。






 リオンが生きてきた短い人生の中で、いつも手に入れたいと願った物は手をすり抜けていった。
 伸ばした手に掴むものなど何もなく、やがてリオンはあきらめの前に拒絶を覚えた。
 願わなければいい。望まなければいい。欲しがらなければいい。
 広げた掌は掴む為ではなく、いつしか振り払う為に伸ばされる。
 何もいらない。誰も来て欲しくない。
 気がつけば自身の望んだとおり、周りには誰もいなくなった。
 それでいいと思っていた。ずっとずっと、ただ唯一の例外――――マリアンさえいればいいと、そう、思っていた。
 しかしリオンが必死に築き上げてきた拒絶の堀も、スタンの前には意味をなさなかった。
 どれほど暴言を吐こうと、冷たく接しようと、逃げようとも、スタンは意に介さない。
 突き放した瞬間こそ傷ついたように表情を歪ませるがそんなもの一時間も持たず、また能天気な笑顔を振りまいてくる。
 あまりのしつこさに、ひょっとしてこいつは酷い健忘症でも煩っているのではないかと不安になったほどだ。
 なんの躊躇いもなく好意をぶつけるスタンの姿に、何か裏が――常々口にしている"仕官"の為の口利きなど――あるのかと思ったのも最初だけ。
 しばらくして本気でスタンは自分と仲好し小好しがしたいのだと気づいた時、あまりのありえなさにリオンは頭を抱えた。
 なぜ。どうして。
 これほどまでの拒絶。これほどまでの否定を受け、どうしてそんな笑って接することができるのか。
 人は理解できないものを目の前にすると恐怖を覚えるものらしい。
 感じる得体の知れない気味悪さを隠すことなく表情に出し問えば、スタンは傷ついた様子もなく。






「だって俺、リオンのこと好きだしさ」






 笑顔と共に放たれた言葉は耳を通り、脳を揺さぶり、心臓を高鳴らせた。
 言葉自体は他者からも言われ慣れたものだった。
 数多の男女から時に媚びを、時に嘲りを、時に欲情を裏に滲ませ向けられた言葉。
 すり切れかけていた言葉は、しかしスタンが口にした途端鮮やかに色を取り戻す。
 眦をさげ、薄く耳朶を染めた姿にリオンは――――どうしようもない欲を感じた。
 スタンから向けられたものとは真逆の、泥のような薄汚い色欲。




 欲しい――――と、とっさに思った。





 欲しい。この男が欲しい。
 理性を貫く衝動が消えぬ間に、リオンはスタンを引き寄せていた。
 それまで否しか吐かなかった唇で相手の唇を塞ぎ、振り払っていた腕で抱きしめる。
 触れあったのは一瞬だった。
 すぐさま体を離し、スタンの顔をのぞき込む。




 こちらを見つめる、見開かれた目には驚愕があった。
 
 恐怖があった。
 
 ――――しかし拒絶はなかった。
 
 それがリオンを歓喜させ、同時に自身が底なし沼に嵌った事を思い知る。







「――――僕を受け入れたのはお前だ」
 囁く声が震えた。
 リオンはキツく閉じていたまぶたを開く。
 眼下には相変わらず朝日の中、眠ったままのスタンがいる。
 リオンはシーツに広がるスタンの髪を一束、掬い上げ吐息と共に口付けた。






「お前だ。お前だけだ。払う手を握りしめてくれたのはお前だけなんだ……」
 今更失う事など考えたくない。想像もしたくない。
 あの美しい空色の瞳が侮蔑に濁り、こちらを映すのを見たくはない。
 そのくせ逃げることはできたのだと、リオンはことあるごとにスタンに突きつける。
 初めて抱きしめたあの時、そして今だってお前は逃げることができるのだとリオンは言う。
 しかしスタンは決まって首を横に振る。
 まるで逃がすつもりなど毛頭無いこちらの胸中を見抜いているかのように、ただわずかな哀れみを瞳に宿し、手を差しのばす。
 それがどうしようもなく居たたまれなくて、直視できなくて、リオンはその手を取ることができない。
 取ることができるのは、こうしてスタンの意識がない時くらいだ。






 リオンは力の抜けたスタンの手を取ると目を伏せ、静かに頭を垂れる。
 あたかも祈りを捧げる敬虔な信徒のごとく。



 目覚めたスタンがいつものように笑いかけてくれるその瞬間まで。



 ――――神をも耳を塞ぐ懺悔は続く。

あとがき

どっちも恋愛感情があるかびみょーな所。
結局どっちも言葉足らずで自己完結。
そんな感じのお話。

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