猫と飼い主と自堕落な休日
−猫の飼い方・番外編−

≫前/戻る/次≪

 空は晴天。


 果てしなく澄み渡る青色の彼方に、マシュマロのような白い雲が流されて消えてゆく。
 いつもならこの時間、ベランダから見える駅へと向かう道には、追われるかのように先を急ぐサラリーマンの川が出来るのだが、今日はそんな姿一つも見えず、代わりになにやらはしゃいだ様子の子供と、それをたしなめるやはり幸せそうな顔の夫婦が見えるだけである。
 リオンは白いシーツの隙間からそれを望むと、ふっと口元を緩めた。
 狭いベランダ一杯に広げられた洗濯物の白さに知らず吐息をつく。
 こんなに天気のいい日曜日は久しぶりだ。ここ最近、天気は荒れるばかりでマトモに太陽の姿を拝めた日はなかった。
 いい加減、部屋乾し特有の嫌な臭いと湿気にはウンザリしていたところである。
 この調子なら、昼頃には全て乾いてしまいそうだ。
 リオンはもう一度天を仰ぐと、その青さに少しだけ目を細めた。





 ベランダから部屋に続くガラス戸をくぐると、すぐに部屋の半分はあろうかというほど巨大なベッドにぶつかる。
 同居すると決めた日、リオンが勝手に運び込んだものである。
 ベッドの端では、今にも落ちんばかりの位置で布団がひとかたまりになっていた。
 先ほどまでの気分のよさはどこへやら。リオンはむっつりした顔でそれを見とがめるや否や、渾身の力で布団をひっペりはがす。


 途端布団の山から転がり出たのは、初夏の日の光に負けるとも劣らぬ金髪をした青年。


 眩い朝の陽光に瞼を灼かれようがものともせず惰眠をむさぼる彼こそが、リオンの"ご主人様"こと同居人のスタンである。
 詳しい説明は省くが、リオンはスタンの"ペット"をやっている。
 だが、普段家事を一手に引き受けている姿は、"ペット"と言うよりむしろ"家政夫"。
 そして"家政夫"と言うよりはむしろ"主夫"に近かった。



「全くコイツは……」
 リオンは奪い取った布団を小脇に、もう一方の手をこめかみに当ててぼやく。
 その様、まさしくグータラ亭主を前にした"主婦"のごとし。
 だがグータラ亭主の役所を割り振られたスタンの方はというと、浴びせられるリオンの呆れ果てた視線など知りもせずにただひたすらにグースカピースカ寝息も高らかに、いっこうに目覚める気配がない。
 リオンは毎度の事ながらよくぞここまで寝こけられるものと、呆れた視線の中に若干感心を含ませた。
 スタンにとって、休日とは読んで字のごとく"休"む"日"。
 眠ることが三度の飯より大好きなスタンは、ここぞとばかりに惰眠を貪りまくる。
 平日もけして寝起きがいいわけではないが、休日に限ってはどれほどリオンが蹴ろうが、ど突こうが、怒鳴ろうが、今まで素直に起きたためしがない。
 他のことでは負けぬとも、こと睡眠に関してだけは連戦連敗中だ。
 いい加減、リオンの方も諦めというのを覚えてくる。
 リオンは小鼻をふくらませ幸せそうに眠る"主人"からそらせた視線を台所に向けた。
 朝食用に用意しておいたサラダは、どうやら昼食か、へたをすれば夕食用になってしまうらしい。
 冷蔵庫の中でしなびてゆくサラダの行く末を思い、リオンは嘆息した。



「おい……スタン」
 リオンは無駄と知りつつ声をかけてみる。
 何度も呼びかけ、肩を揺すってみたりもするが応答はない。
 予定ではもうとっくに朝食を済ませ、最近二人で嵌っている海外ドラマのDVDを借りに出かけるはずだったのだが……。
 昨日あれほどきちんと起きられるかどうか念を押して押して押しまくって、しまいには「ガキじゃあるまいし馬鹿にするな!」とツッコミを貰った身として一言いいたい。



「子供の方がよっぽど学習能力があるぞ、このスカタン」



 哀れ床にたたきつけられ電池の外れた目覚し時計(五代目)を手に、リオンは溜息をついた。
 そうこうしている間にも時間は過ぎてゆく。
 一つ一つ、着実に時を刻んでゆく壁時計の秒針に小さく溜息をついて――――リオンはとうとう帽子ならぬエプロンを脱いだ。
 エプロンを放り捨て、そのまま目の前のベッドに勢いよくダイブ。
 ギィッとベッドが揺れ弾む。
 キングサイズのベッドは悠々とリオンを受け止め、ついでにスタンも軽々リオンを受け止めた。
 一瞬した苦しそうな顔に少し溜飲を下げたリオンは、眠るスタンの頭を胸に抱き自身も瞳を閉じた。
 鼻をくすぐるのは恋しくて止まない太陽の匂い。
 時にうっとうしさすら感じるほど明るくて暖かな笑顔が胸によみがえる。
 無意識か、スタンの腕がリオンの腰に回る。
「スタン」と耳元で囁いた声は自分で思ったよりも甘い。
 薄く瞳を開けば、腕に抱いたスタンの顔は綻んでいた。
 一体どんな夢を見ているのか。
 緩みきった幸福そうな顔に、知らずこちらの頬も蕩ける。
 



 空は晴天。風は柔らか。
 腕の中には恋しい"ご主人様"
 何をするでもなく、ただ二人っきりで時を過ごす。



 
「――――いいものだな……こういう日も」
 それまでの人生で一度も味わったことのない幸福感に浸りながら、リオンは再び目を閉じる。
 さぁ、起きたら何をしよう。何を話そう。
 この空のようにきらきら目映いスタンの瞳が自分を映す時を想像しながら――――リオンの意識も夢の波間へと消えていった……。

あとがき

 坊ちゃんデレる。
が、やはり見ていないところでしかデレないという。
 たまにゃ幸せでデレッとテレッとバレットライフル掃射中な二人が書きたかったのですよ。

≫前/戻る/次≪