大嫌い

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 お前なんて嫌いだ。
 こちらの都合なんてお構いなしにずかずか上がりこんできては、脳天気な笑顔を振りまく。
 図々しいったらありゃしない。
 お前なんて嫌いだ。大嫌いだ。













 戦闘は終始こちらが優勢であった。
 いかにレンズの力を持ってしてモンスターと化したとはいえ、ただの動物だったモノに負けるわけがない。
 一匹一匹確実に屠ってゆく。
 途中で厄介者――スタンが助太刀に入ろうとしたが、黙殺した。
 たかがこれだけの数。たかがこのレベルの敵に、なぜわざわざ他人の手を借りる必要があるのか。
 あからさまな態度だけでジャマだと告げてやれば、相手はあっさり他の同行者達の方へ向かった。
 勇ましく敵陣に飛び込む無謀な足音を遠くに聞きながら、さらに一匹、黄泉へと送り出してやる。
 足下に一つ、また一つ骸を増やしながら、戦闘は続く。
 その時だった。
 チカリと目の端に何かが引っかかる。木々の隙間から溢れるまばゆい陽光に一瞬眼が焼かれる。白くなった視界に、黒点が一つ生じる。
 熱と風を感じたのは同時だった。
 黒点はモンスター。
 太陽を背に滑空してきたモンスターが、目の眩んだ一瞬の隙を突いて、リオンの脇腹を抉っていた。
 鋭いくちばしが、赤く濡れている。
『坊ちゃん!?』
「うるさい、シャル!」
 脳裏で叫く相棒の悲鳴じみた声に一喝を返して、リオンは再び舞い上がろうとしたモンスターの心臓を正確に貫いた。
 空中でびくりと震え、羽ばたきを止めたモンスターが地へと落ちる。
 草の緑を流れ出る血で赤く染めながら、まだ天への執着を捨てず藻掻くモンスターの頭に向かって、リオンは無造作にシャルティエを振り下ろした。
 しくじった。
 足下に転がる骸からシャルティエを抜き払ったリオンは、己の迂闊さに舌打ちした。
 軽く押さえた脇腹がしくしく痛む。
 じわりと指先に感じる湿った感触に、服の色が濃いもので良かったと思う。
 押さえつけた袖に血が滲み出るのを見て、リオンは手を下ろした。
『坊ちゃん、血が……』
「黙れ、シャル」
 心配そうに窺う声が鬱陶しい。
 たかが鳥のなれの果てに手傷を負わされたことが、屈辱だった。
 こんな無様な姿を人に知られるわけにはいかない。
 流血はひどいが、浅傷の部類だ。グミの一つでも食べればすぐに――――。
「リオン、だいじょうぶか」
 道具袋に手をかけた手をすぐに離す。
 うるさいのがやってきた。
 リオンは眉を顰めて、スタンを迎えた。
「無事みたいだな」
「うるさい」
 心底ほっとしたように笑うスタンに対して、ぶっきらぼうに返事する。
 人の心配をするくらいなら、まず自分の心配をしろと言いたい。
 自分の方こそ所々青あざを作っているくせに。自分のことが見えないのか、この藁頭は。
 声に出さずに視線で表してみる。
 スタンの相棒も、同じ事を考えていたらしい。
『人の心配よりまず自分の心配をせんか、馬鹿者め。たかがあの程度の相手に時間をかけすぎだ』
「分かってるよ。でも、勝ったんだからいいだろ」
『お前は……っ』
 人間であれば歯ぎしりしているだろうディムロスの声に、リオンも同調する。
 いったいどこまで甘いんだ、この男は。
 勝ったからよかった? 当たり前だ。勝っていなかったら、今ここに立っているスタンは亡霊と言うことになる。
 兵士になりたいだとかほざいているくせに、この男は戦いを甘く見すぎている。
 脳天気な言葉の一つ一つが神経を逆なでして、傷口をピリピリ痛ませる。
 リオンは、いつまでも言い争う二人に背を向け、歩き出した。
「あ、待てよ! 」
 気がついたらしいスタンが隣に並ぶ。
 肩がぶつかりそうなくらい近い。歩くたび、手の甲を掠める相手の熱がこの上なく煩わしい。
 しかもリオンがわざと歩みを早めればスタンも早め、逆に緩めればスタンもまた歩幅を小さくする。
 わざわざ歩調を合わせなくていい。鬱陶しいから、とっとと先へ行け。
 無言の空気の中にあまたのトゲを孕ませるが、隣のバカは気づこうともしない。
 向こうへ行け。いいから、さっさと離れろ。早く――――。
「リオン! 」
 頭の中で雑言を繰り返していると、当の相手が突然腕を掴んだ。
 いつもはへらへらと緊張感のない顔が青ざめ、厳しく引き締まっている。
 視線が、脇腹に吸い付いていた。
「お前、怪我してるのか」
「ッ! 」
 リオンは驚きに息を詰めた。
 今まで、そんなそぶりは微塵も見せなかったはずだ。なのになぜ、よりによってこんなバカに。
「袖口、血が付いてる」
 指摘に喉の奥で呻きを潰す。
 不覚だ。さっき脇腹を押さえたとき付いてしまったのを見咎められたらしい。
「脇腹の服もなんか色が変わってるし。傷がヒドいんだったら、早くルーティに見せ」
「いい」
「リオン! 」
 非難の声を上げるスタンの腕を強引に振り払うと、リオンはまた歩き出した。
 意識した所為で、また傷口がしくしく痛み出したが、気にしない。
 スタンの言うまま、ルーティの世話になるのが嫌だった。
 いや、ルーティやスタンだけではない。
 他の人間にも、相棒であるシャルティエにも弱みを見せることが嫌だった。
 まだ隣で叫くスタンを、リオンは黙殺する。
 スタンはうるさい。傷は痛い。
 自然、眉間の皺は深くなる。
 まだ煩わしく騒ぐスタンに、いい加減にしろと怒鳴りかけた、その時。
「あー、もう! 」
 たまりかねたような声一つあげて、いきなりスタンはリオンの体を抱き上げた。
「なっ!? 」
 突然重力のなくなる感覚に、一転する景色。丸太のように肩へと担がれた危なっかしい体勢に泡を食う。
「お前!? なんの真似だ! 」
『坊ちゃん、暴れると危ないですよ! 』
「うるさい、シャル! おい、スタン離せッ! 」
「嫌だ! 」
 ほとんどパニック状態に陥った頭の中に、スタンのはっきりした拒絶が滑り込む。
 鎖のようにがっちりと体に回された腕は、リオンの言葉にますます拘束を強める
「絶対やだ。離さない」
「貴様……ッ」
 言って聞かないなら体にでもと、不自由な手で腰のシャルティエに手を伸ばしかけた、刹那。
「仲間が怪我してるのに、放っておけない」
 柄に触れた手がぴくりと震える。
 怒りに染まっていた心中に一点、途惑いが交じる。
 途惑いは瞬く間に広がり、心を染め上げた。
 たった一言。ただ一言告げられた、「仲間」という言葉。
 力強いその響きに、リオンは暴れる力をなくした。
 代わりに、小さく舌を打つ。
 どうしてこの男は、こうも人の毒気を抜くのが上手いのだろう。
 こちらの思惑も知らず、いつだって無邪気に笑いかけ、怒り、心配してくる。
 先ほどまでの怒りが、どこかへ消え去ってゆく。
 代わりに滑り込んできた感情の名前が、「嬉しい」だったなんて、認めたくないけれど。





 お前なんて嫌いだ。
 こちらの都合なんてお構いなしにずかずか上がりこんできては、脳天気な笑顔を振りまく。
 図々しいったらありゃしない。
 お前なんて嫌いだ。大嫌いだ。
――――嫌いで、いさせてほしいのに。








 リオンは、キラキラきらめくスタンの金糸を目の端に捕らえながら、それを刻みつけるかのようにそっと瞼を閉じた。

あとがき

ツンデレリオン(笑)
スタリオに見えますが、書いた本人はリオスタのつもりです。
どちらかと言えば友情よりな感じで。

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