激走ロマンス

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彼を一目見たものは、多かれ少なかれこう称す。
『髪は水に濡れた鴉の羽色。瞳は黄昏、一瞬空に姿を現す深紫。肌は触れれば溶けてしまいそうな淡雪の如き白。語る言葉は硝子のように繊細で――――その美貌は美の神ミューズですら跪かせてしまうでしょう』
彼をすこし知る者は、多かれ少なかれこう称す。
『沈着冷静にして剛毅果断。剣の腕も一流なら、人を使う術にも長けている。悪人に対する毅然とした態度は、とても少年のものとは思えず、齢十六にして王の覚えもめでたい。まさに彼こそ鴻漸之翼と評価するに値する人物です』
彼をよく知る者は、表立って口に出さないものの(でも少なくとも一人ははっきりと)こう称す。
『――――……ただの変態バカでしょ?』
















古くから街道に面する街は、城下町とは行かないまでも、旅人や彼らの落とす金子を目的とした店などで大いに賑わっていた。
街にいる人間の大半は旅人らしく、実に多種多様な様相が道を埋め尽くしている。
そんな中、一際目立つ銀髪と金髪のコンビ。
冴えた月の光を思わせる銀髪の男性は、落ち着いた物腰と貴族然とした仕草が、育ちの違いを思わせる。
気品漂うその姿に、立ち止まり見蕩れる女性も多い。
片割れは、どこか子供くささの抜け切れない青年だった。
金の長髪を揺らしながら、あっちの店こっちの店ときょろきょろ見ながら歩く姿は何処か危なっかしく、思わず手を差し伸べたくなる。
知らず知らずのうちに、気にかけてしまう。そんな魅力のある青年だった。
二人はおそらく買い物の途中なのだろう。
銀髪の男性が手にしたメモを覗き込む青年。
二人の腕の中には、しっかり買い物袋が握られていた。
そんな休日のホノボノとした情景を、まるで親の敵でも見るような視線が一対――――。













「くッ……あのガングロ王子め……」
リオンである。
今にもハンカチを噛み締めそうなほど口惜しそうな顔で、リオンはずっと二人の後を歩いていた。
――――尾行していたと言った方が適切だろうか。
とにかく、今のリオンに皆がもてはやすような天才少年剣士の面影はない。
そこにいるのは、ただの壊れすぎたストーカーである。
「いったい誰の許可を得て、人のものを連れまわしているんだ……っ!」
怒りを紛らわせようと握り締めた壁が、儚い音を立てて罅いる。
取り巻くオーラの禍々しさに、道行く人々は無意識のうちにリオンの姿を視界から消した。
いや、半径二メートル以内に寄ろうともしない。
下手に近づけば、毒に当てられたかのごとく自我が崩壊するのを、本能的に分ってしまっているからだろう。
まるでクレーターが出来たかのように、リオンの周囲から人気が無くなった。
だがそんな中、健気というか命知らずにも、リオンにツッコミをかまそうと言う者がいた。
『ぼ、坊ちゃん、坊ちゃん』
腰に帯びたシャルティエが、まさに恐る恐るといった感じで声をかける。
『あの、い、いつからスタンは坊ちゃんのものになったんで?』
「生まれる前。むしろ、前世からだ」
いっそ誇らしげにキッパリハッキリ吐かれた言葉に、シャルティエはこんな時こそ手足があったらと思う。
そうすれば、この妄想はなはだしい戯言に、思いっきり裏拳ツッコミできるのに、と……。
「ああ、あんまり無邪気に笑うな、スタン……。そんな笑顔目の前にしたら、あの雪焼け王子の理性が崩壊して、暗がりに連れ込まれてしまうじゃないか。むしろ、僕が連れ込みたい!」
『坊ちゃん、声抑えて!今のですぐ傍(二メートル離れてるけど)通った子供が泣き出しちゃいましたから!』
必死で声を張り上げ、止めようとするシャルティエの声も、妄想の坩堝に陥ったリオンには届かない。
とうとう、掴んだ壁の一部が、力の入ったリオンによって抉り取られる。
リオンの手の中で、元壁ははらはらと砂へ生まれ変わった。
「だいたいどうしてアイツはあんなに可愛いんだ!もう、十九だぞ。世間一般で言えば大人だ!なのにどうしてあんなに無邪気に、穢れなく笑える!?あれではまるで、聖母じゃないか!この世に舞い降りたマリアなのか!?」
『坊ちゃん、スタンは男ですよ!』
もう、シャルティエも自分が何をツッこんでいるのか分らない。
しかしこう、大声で自己主張されたのでは、周囲だって、否応にも目に留めてしまう。
こんなふざけた事を声を張り上げていえる、"ある意味"勇気ある人物を、一目見ておきたいのだろう。
所詮人間、好奇心には勝てない。
「しかし、こう真っ白だと、かえって汚したくなるものだな……。いままで、子供だ子供だと思って手を出しかねていたが、よく考えてみれば、あいつは僕より年上、つまり大人だ。どうしてこんな事に気がつかなかったのか……やっぱり、アイツが子供過ぎたからか?」
突然激昂したかと思ったら、今度はクツクツと喉を鳴らして笑い始めた。
渦巻く邪悪なオーラに拍車がかかる。
もはやそれは、人間の出せるレベルを遥かに超えていた。
「――――シャル」
唐突にリオンが帯刀したシャルティエに声をかける。
それはまさしく常と変わらぬ冷静なもので、やっとシャルティエは胸をなでおろす。
ああ、我が主はやっとまともに戻ってくれ、
「スタンは、猫耳とうさ耳のどちらが似合うと思う?」
……ていなかった。
――――泣きたい。あるいは、潰れるまで飲みたい。
それが、現在のシャルティエの偽らざる本音であった。
もう、ツッコむ気力なんて微塵とて残っていない。
不気味に笑ったかと思ったら、今度は刀に話しかけ始めたリオンを見て、周囲の人間からは医者を呼ぼうと駆け出す者もいた。
それはきっと、正しい判断だったのだろう。
しかし、名も知らぬ一市民の勇気と善意溢れる行動は、次の瞬間水泡に帰す。
「あぁあ!?」
『……どうしました』
覗うシャルティエの声は、億劫げだった。
もう何をしたって、リオンを止める事は出来ないと悟った、いわば諦めの声だった。
「真っ黒クロスケの手がスタンの肩に!」
叫ぶや否や、その体は弾丸のごとく走り出していた。
(もう……ヤダ)
リオンの腰にぶら下がりながら、シャルティエは考える事を放棄した。













「それでスタン……君?」
ウッドロウが風を感じたのはほんの一瞬。
会話が途切れたのを感じて横を向けば、そこにスタンの姿はない。
「え……っと……」
置き去りにされた買い物袋から、林檎が風の後を追い、転がり出た。















「ちょっとリオーン!!」
一方そのころ拉致られたスタンの方はと言うと。
「スタン、大丈夫か!何もされたいないか!体に変調はないか!?っていうか、妊娠してないだろうな!」
「いきなり生き物の限界に挑戦するような発言するな!っていうか鼻血、鼻血とめろー!!」
目の前の美形から噴出される赤い液体を体に浴びながら、必死の形相で相手を正気に戻そうと奮闘する。
――――般若に変貌したルーティがやってくるのに、そう時間はかからなかった。

あとがき

三周年連動企画より。
『リオスタでリオンがスタンLOVEで壊れているもの。
スタンが誰か(例えばウッドロウ)と話していたらスタンを電光 石火のごとく攫い去ったり、
スタンにうさ耳(猫でも犬でも可) つけたり』
いや、もう、本当に全方位に向ってごめんなさい。
クリアしているのは、壊れ気味リオンのスタン激ラブ模様のみで、そのほかは殆ど未クリアです(汗)
というか、壊すにもほどがあるだろうにと言うほど壊しまくりの電波入りまくり。
っていうか、誰だよ、これ状態。
しかし、書いてる方―特に妄想部分―はかなり楽しかったです(真顔で本音)

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