温泉へ行こう!

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眩しい朝の光に目が覚めた。
いつもと同じ時間。
いつもと同じベッド。
だが少し違和感を感じる。
違和感の正体はいつも傍らで寝ているはずの恋人がいない事だった。
その代わりと言っちゃあなんだが枕の上になんとも簡潔な一文のみの手紙。

『二、三日出かけてきます。心配しないでください』

「・・・・・・」
一瞬何のことかと働かない脳みそ。
だがすぐに、
「何――――ッ!?」

時同じく、まったく違う場所で、寸分違わぬ叫び声が響いた。








「ついたー!」
子供のように歓声を上げるスタン。
その後ろから、
「待ってよ、スタン!」
慌てて追いかけてくるクレス。
周りは風に静かに揺れる林。
目の前には一軒の宿屋。
看板にはすこし色あせた「温泉」の文字。
「静かでいいところだなぁ」
「うん。穴場なんだ」
にっこり笑って中へ促すクレス。
宿の中はそうとう年季が入っているのか、柱の色はバーガンディーをしていて上品な印象を与える。
「お疲れ様でした」
宿と同じくらい年季の入っているボーイが荷物を受け取り、部屋へ案内する。
案内された部屋は中々落ち着いた内装で、二人はすぐに寛ぎ始めた。
「二人だけで旅行なんて初めてだなー」
ふかふかのベッドに寝転がってスタンが言う。
「でもリオン達に黙ってきてよかったのかな?」
クレスが備え付けの紅茶を薦め、
「いいんじゃないかな、たまにはさ。それにあの二人だってたまの休みで今頃のんびりしてるって」
「ん・・・そうだよなぁ」
「そうだって。僕がいなくたって、別にアイツは・・・・・・」
「・・・チェスター君が心配?」
何気なく問うスタンに、クレスは目を見開き慌てた様子で、
「そ、そんな事ない!誰がチェスターなんて!!」
「・・・クレス?」
慌てふためくクレスにきょとんとした顔をするスタン。
クレスは見つめられている事に気づくと、赤い顔をさらに赤くさせ、
「お、温泉!温泉宿きたんだから温泉はいろう!」
「・・・クレス、入る前からのぼせてないか?」




そしてちょうど同じ頃。
スタン達の泊まっている宿の前に不審な人影。
「本当にここだよな?」
少し疑わしげなチェスターを、リオンはじろりと見上げて、
「全世界どこに居ようと確実に見つけられる。オベロン社の力をバカにするな」
「いいのかよ、勝手に会社使って」
「僕の会社なんだから別にいい」
「さようですか・・・・・・」
チェスターはオベロン社の人間に少々同情しながら、急ぐリオンの後を追った。




「広いなぁ〜・・・・・・」
一歩湯煙の中に入って、スタンは溜息と一緒に言葉を吐き出した。
晴天の見える岩作りの露天風呂はスタン達以外客がいない為、余計に広く見える。
海が望めるのもそう感じる一因だろう。
「っつ!」
掛け湯をして湯に使った途端、スタンは軽く声を上げた。
「どうしたの?」
先に浸かっていたクレスが気遣いを掛ける。
「あー、いや。なんでもないから・・・・・・」
言いながら、スタンはなるべくゆっくり湯に体を沈めた。
(いったぁ〜・・・・・・)
ぴりぴりと体の様々な箇所が痛む。
とくに酷いのは両手首。
見るも無残に赤い線が入っている。
(あいつ・・・加減ってもんを知らないのかよ)
昨日の出来事を思い出して、スタンは顔に朱を昇らせた。
「どうしたの、スタン?」
不思議そうに小首を傾げるクレスに、スタンは慌てて話題を変えた。
「あ、あのさ!その首、どうしたんだ。虫刺され?」
「っ!」
今度はクレスが真っ赤になった。
慌てた様子で顔から下を湯に沈める。
「あ、あの、うん!虫!虫なんだよ、この時期多くって・・・・・・ッ!」
「ふぅん。そっか・・・」
スタンは、なんだかクレスの様子がおかしいと思ったがとくに気に止めようとは思わなかった。
「そ、それにしても、本当にいい湯だね」
「そうだな。クレス、誘ってくれてありがとう」
「いいよ。僕も一緒に行ってくれる人がいて嬉しかったし」
微笑するクレスに、スタンはふと、
「でも、俺なんかよりチェスター君と一緒に来ればよかったんじゃないか?二人とも仲いいし」
「うん。でもチェスターは・・・・・・忙しいからね」
そう言って、クレスは寂しそうに顔を伏せる。
「忙しい、か。そうかぁ・・・・・・」
スタンは一つ溜息をついて空を見上げた。
まだ真昼の空がどこまでも続いている。
スタンはふと、リオンのことを思い出した。
(あいつ、今頃何してるかなぁ)
スタンの脳裏に仕事をしているリオンの姿が浮かんだ、その時である。

「キャーーッ!!」

隣の女風呂からけたたましい悲鳴。
と、同時に何かぶつかる音にどたどたと騒々しい足音。
木の洗面器が一個、向こう側から飛んできて湯に浮かぶ。
「・・・なんだぁ?」
「猿でも出たのかな?」
二人は呆然としながら竹で仕切られた向こう側を見つめていた。






「いってぇ・・・・・・」
赤い絨毯のひかれた廊下で、チェスターが呻く。
撫でた頭には大きなコブができていた。
「お前なぁ・・・いきなり女風呂に間違えてはいるか?」
「仕方がないだろう。間違えたんだから」
「おい、おい」
あまりに平然としたリオンの様子に、チェスターは眉を下げた。
拍子に頭のコブが痛む。
しかし先陣切って入ったはずのリオンはなぜかコブ一つこしらえていない。
「それにお前が全部桶とか避けるからみんな俺のほうに飛んできやがるし」
「それくらい避けろ」
リオンは冷たく言い返し、歩き出した。
「おい、ちょっと待てよ!」
さっさと先へ行くリオンに、チェスターは慌てて、
「お前何急いでんだ?」
「急いではないけど、少しな・・・・・・」
「少し?」
「昨日ちょっと抑制が効かなくて無理をさせたからスタンの奴、体は辛くないかと思って・・・・・・」
「お前な・・・・・・」
さらっとのたまうリオンに、チェスターは思わず片頬を引きつらせた。




部屋に戻ったスタンとクレス。
二人はこれから何をしようかと話し合っていた。
すると、
「お客様、困ります!!」
廊下から騒がしい声がする。
「なんだ?」
スタンが椅子から腰を浮かせた、その時。
「クレス!」
「スタン!」
出し抜けにドアが開いて、チェスターとリオンが入ってきた。
「え、なんで!?」
「チェスター・・・・・・」
驚く二人。
すると、リオンはずかずかと中に入りスタンの腕を掴むと、そのまま外に連れ出す。
部屋の中にはクレスとチェスターの二人だけが残された。





「で、何しに来たの?」
クレスはチェスターを冷たく睨む。
「お前がいきなりいなくなるから探しにきたに決まってんだろ」
「心配しないでって書いておいたじゃないか」
「あんな手紙、余計心配になるだけだろ」
チェスターは肩をすくめ、座ったままのクレスに近づく。
「なぁ、何怒ってんだ?俺がなんかしたか?」
「・・・・・・」
クレスは口を噤んだまま顔を背ける。
「クレス・・・・・・」
チェスターはクレスの頬に手を添えた。
だがその手は無下に払われる。
「・・・おい」
チェスターは払われた手を所在投げに戻し、眉間に皺を寄せた。
「お前、いったい何が気に入らないんだよ。言わねぇとわかんねぇだろうが」
「・・・僕よりアーチェのほうがいいんだろ?」
「はぁ?」
ぼそりと吐かれた言葉に、チェスターは不可解な顔をする。
「チェスターは、最近アーチェとばっか喋ってるじゃないか。二人っきりの時も多いし。・・・・・・もう僕なんか飽きたんじゃないの?」
言いながら、膝の上で握り締めた手が震える。
「俺が、お前に飽きたって?」
「・・・・・・」
「おまえなぁ、いい加減にしないと怒るぞ」
そう言いながらも、チェスターの口調はどこか呆れた観がある。
「いつ、俺がお前に飽きたなんていったよ」
「だって!」
「それを言うならお前だって最近ミントとばっか喋ってんじゃねぇか。・・・俺に飽きたか?」
「そんな訳ない!」
クレスは思いっきり首を横に振った。
「ミントからはよく相談持ちかけられるけど、だけど僕がチェスターに飽きたなんてそんな事絶対ない!!」
「――俺だって同じだよ」
チェスターはやんわり笑って、クレスの顎を掴み、視線をこちらに向ける。
「俺だってお前に飽きるなんてことあるかよ。アイツとはただのケンカ友達だよ」
「・・・本当?」
クレスはまだ疑わしげな視線を向ける。
「本当だって。だからこれからは自分で勝手に結論つけんの止めろよな」
「んっ・・・・・・」
ふわりと目元に落ちるキスに、クレスは少し身じろぎしながら、
「チェスター・・・・・・」
「ん?」
「・・・ゴメン」
「どーいたしまして」







そんな甘い会話が繰り広げられている同じ頃。
「ちょ、リオン!どこ行くんだよ!!」
「うるさい。黙ってついて来い」
ホテルの中をずかずかと我が物顔で進むリオン。
それに引っ張られているスタンは、掴む手の強さに少々迷惑顔だ。
そうこうしているうちについたのは別にとっていたと思しき一室。
放り込まれるように入らされ、スタンはリオンを睨む。
「おい!何のつもりだよっ、てぇ!?」
リオンは部屋に入るなりスタンを背後から抱きしめた。
「ちょっ!」
「まったくお前は・・・・・・」
溜息と一緒に抱きしめる力が強くなる。
「僕がどれだけ心配したか分かってるのか?」
「心配って・・・手紙置いてたろ、手紙」
「あんな紙切れ一つで安心できるか」
「でも直接行くって言ったら絶対止めたろうし・・・・・・」
「当たり前だ。誰が許すか」
スタンは予測していたのとぴったりな科白に、若干呆れた。
その間にもリオンの話は続く。
「まったく・・・・・・朝起きたらお前がいない。手紙だけ置いてある。思わずウッドロウかジョニーにでも誘拐されたかと危うくアイツラの所へ乗り込むところだった」
「何でそこでウッドロウさんとジョニーさんが出てくるんだよ」
「奴らならやりかねない」
「いや、そうじゃなくて」
「とにかく無事なんだな」
「・・・はいはい、無事だよ」
時々リオンは自分の声を聞かなくなる。
こんな時は何を言っても無駄だとわかっているので、スタンはおざなりな返事を返した。
「それよりもさ、二人の所に戻らなきゃ。いきなり消えて心配してるんじゃないか?」
「野暮なマネは止めておけ。行ったって邪魔になるだけだ」
「はぁ?」
いつも分からない事を言う時が多いが、今回はそれに輪をかけて分からない。
「どういう意味だ?」
「言葉のままだ。それより・・・・・・」
「んっ・・・・・・」
リオンの指先が、スタンの手首を滑る。
「痛まないか?」
「ない・・・訳ないだろ」
「そうだろうな。なんせ一週間ぶりだったし――」
「・・・だからって縛る事はないと思う」
「お前が抵抗するからだ」
悪びれもせずのたまうリオンに、スタンはむっとして勢いよく振り向く。
「お前ちょっとは悪いと思えよ!」
「思ってる」
「ウソつけ!」
「本人が言うんだから間違いない。それより・・・・・・」
「うぁっ!」
するりとすべらかな手が腰を撫でる。
「ちょ・・・・・・」
「他の部分は大丈夫か?見せてみろ」
「お、おい!」
逃れようとするが足を掬われ、倒れる。
のしかかり、近づく楽しそうな表情。
「叫んでも無駄だぞ。鍵もかけてあるしな」
「ばっ!」
バカ。
そう怒鳴りかけた言葉は、唇を塞がれ声になることはなかった。





そのあと。
もう一度、今度は別の相手と風呂に入りなおす羽目となったスタンとクレスであった。

あとがき

リクはチェスクレ+リオスタ。
リオスタ多めでチェスクレはただのバカップル。
リオンは少し壊れ気味で。
最初はすらっと書けたのに、中腹辺りでちょっと詰まりました。
心持リオスタ多め。でもリオン壊れ気味には程遠い(泣)
バカップルの喧嘩って結構はた迷惑だと思います。

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