初歩的誘拐の手口

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思慮の無さと無邪気さとは紙一重。
それが時としてとんでもない事を引き起こす。







王都インフェリア。
さすがに世界の中心地、人の多さは半端じゃない。
今まで辺境も辺境、ど田舎もど田舎なラシュアン村に住んでいたリッドにとって、こんな人ごみの中を歩くのは滅多に無いことであった。
おかげさまで都に入ってまだ五分。
それにもかかわらずリッドの顔には疲労の色が出始めていた。

「っそ〜・・・あいつらどこ行きやがったんだぁ〜」
リッドは店の軒先でぼやいた。
周りに仲間はいない。はぐれてしまったのだ。
「何でこんなことになったんだか」
事の発端をまじまじと思い出してみる。
まず最初にメルディが街に入るなり歓声(奇声とも言う)を上げ人ごみに飛び込み、それを怒りながら慌ててキールが追いかけ、さらにそれに続きファラも追いかけ・・・・・・
気が付いたときにはもう、周りに見知った人間は誰もいなくなっていた。
「俺を置いてくなっつ―の」
ボーっとしていた自分も悪いと思うが、その後いっこうに帰ってこなかった。
さすがに不安になって探しにきたが・・・・・・こんな事ならあのまま待っておけばよかった。
「あー・・・腹減ったな〜。でも金はファラが持ってるしなー・・・・・・」
リッドは情けない声で呟き、その場にしゃがみこんでしまった。

そんな自分を見つめる周囲の目に、彼は気づいていない。
彼の外見は十分人の目を引くに足る容姿をしていた。
林吾よりもなお鮮やかな赤い髪はふわふわと空気を含み、憂いに細めた目は静かな湖畔を思わせる水色。
けして女のようだとは言えないが、童顔のせいか十分愛らしいと思わせる顔立ち。
狩で鍛えた体はしなやかでどこかしら獣めいている。
その体を包むのはきわめて布地の少ない服。
リッドは良くも悪くもかなり人の目を引く存在感を持っている。
――ただその視線の97%ぐらいは男性の視線だったけど。





(あーもう、どこだよみんな〜)
「ねぇねぇ、君」
「あん?」
ぼやっとしていた所でリッドは唐突に声をかけられた。
声をかけたのはなかなか洒落た格好をした二十代前半らしき男性。
(誰だぁ、これ)
訝しげなリッドの視線にも気づかず、男はニコニコ笑いながら話し出した。
「さっきから見てたけど、誰か待ってるの?」
「や、別に」
(だから誰だよ、あんた)
簡潔な答えに男の目が煌いた。
「じゃあ、じゃあさ、これから俺とどっか行かない?美味しいもの奢るし」
「美味いもの!?」
それを聞いて断然リッドの顔は輝いた。
「奢ってくれんの?」
「うん。君みたいな可愛い子にならいくらでも奢ってあげるよ」
「行く、行く行く!!」
嬉しそうなリッドの様子に男の顔もやに下がる。
「それじゃ、行こうか・・・・・・」
とさりげなくリッドの肩に手を回した、その時。

「殺劇舞荒拳!!」

突然背後から現れたファラが神速を誇る連撃技を男に叩き込む。
一般人らしき男は悲鳴を上げる間もなくボロ布と化した。
「うっわあああああああぁぁぁっ!?」
かわりに悲鳴をあげたのはリッドだった。
「ファファ、ファラぁ!お前何してんだぁ!!」
「それはこっちの台詞でしょ!!」
リッドに負けず劣らずファラも目が据わっていた。
「もぉ!ダメじゃない、そんな簡単に誘拐されかけるだなんてっ!!」
「ゆ、誘拐!?」
滅多に聞かないフレーズに、リッドは恐々とさっきの男を見た。
ただそこにはぴくりとも動かない物体が横たわっているだけなのだけど。
「だって美味しいものをエサにどこかへ連れて行こうとしたじゃない。これって立派に誘拐よ!」
確かにお菓子などをちらつかせて目的を達する人攫いもあるにはあるが、この場合『誘拐』と言うより『ナンパ』と言った方がしっくりくるのではなかろうか。
だが『誘拐』も『ナンパ』もとんと縁の無いリッドにとって、ファラの言葉は異様な説得力に包まれていた。
(うわー、なんだよ。俺、そんなにヤバイ状況だったのかー!?)
確かにヤバイ、状況ではあった。
ただファラの言う『ヤバイ』とリッドの思う『ヤバイ』はちょっとニュアンスが違っていたけれど。
「これからは気をつけてね」
「あ、ああ」
リッドは若干青ざめた顔のまま頷いた。
「ところでファラ、メルディとキールは捕まったのか?」
リッドが訊くと、ファラは眉をハの字にして首を横に振った。
「追いかけてみたんだけど・・・人ごみにまぎれて見失っちゃった」
「しゃーねぇなぁ。んじゃあ、探すか」
「っリッド!?」
ファラは慌てた。
リッドが自分の手を掴んだからだ。
「ついでに飯とか買い物も済ましちまおうぜ。俺腹減ってんだー」
気軽に笑うリッドの横で、ファラは赤くなった顔を見られないように少し俯いた。

ちなみにファラにぶっ飛ばされた哀れなナンパ男は親切な都民に助けられるまでその場に放置されていたと言う。




――なんかこれってデートみたい?
思いついた考えに、ファラはまたカァっと顔を赤らめた。
自分たちのすぐ横を腕を組んだ恋人が通り過ぎる。
自分たちもまた同じように見えているのだろうか。
そう思うと手が汗ばむような気がした。
(大丈夫かな、ばれてないかな)
心臓のどきどきが。
赤らむ顔が。
笑みに崩れそうになる表情が。
同じにあわせようとする足並みが。
(わかんないよね、気づいてないよね)
今はまだ、その方がいいと思った。








「あ〜もう」
リッドは小さくうめいた。
暇さ加減はさっきの誘拐未遂前とちっとも変わっていない。
「ファラ〜、まだかぁ?」
店の中に声をかけると、他の女性の声にまぎれて「まだ〜」と言う答えが返ってきた。
ファラが最初に入った店はいわゆる女性の為の装飾店。
例外なく店の中は女性客と女性店員しかいない。
「こんな中入れっかよ、ちきしょう・・・・・・」
そう言う訳で、リッドは店の前でお留守番をする羽目になってしまった。
「これじゃ、ファラが迎えにくる前と何にも変わってねぇよ」
相変わらず腹は減ってるし、暇だし・・・・・・
リッドはふぅーとため息をついて、手近な柱に背を寄りかからせた。
「あの・・・すみません」
「えっ?」
突如横から見知らぬ男性に声をかけられた。
年のころは自分と同じか、それより若干下あたり。
困ったように立っている。
「この辺に宿屋ありませんか?僕、王都に来るのは初めてなんです」
(観光か・・・・・・)
王都にきた回数は自分も少ないが、宿屋くらいはわかる。
それにその男性はたいそう困っているように見えた。
(ファラの買い物もまだ済みそうに無いしな)
店の中をちらりと見ると幼馴染はまだショーケースにへばりついていた。
宿まで歩いて五分かそこいら。
「いいぜ。送ってってやるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!!」
男性の顔面がパァッと綻ぶ。
「あの・・・お礼と言ってはなんですが、宿についたら一緒にお茶でも飲みませんか?」
「えっ。いーっていーって。んな気ィ使わなくても」
「いえ。それじゃあ僕の気が済みませんから」
「そっか?んじゃあ、お言葉に甘えて・・・・・・」
と、二人が肩を並べて歩き出そうとした時・・・・・・

「サンダー・・・ブレードっ!」
「うぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!?」

柱上の雷撃が男性を襲い、その場に人型の炭を作り出した。
「は、え、はぁ?」
危うく難を逃れたリッドはへたりこみ、呆然とまだ電気の走る地面を見つめている。
何が起こったのかと、目の前の光景がいまだ信じられなかった。
ついでにその場に現れた人物も信じられなかった。
「リッドー!ナニやってるかー!!」
「メ、メルディ!?」
一番最初に人ごみに消えたはずのメルディが、クィッキーを肩に伴い走って来た。
「リッドあぶなかったナー。もちょっとでさらわれてたヨー」
「さら・・・ち、違う!!」
リッドは座り込んだまま、慌てて両手を顔の前でぶんぶんと振った。
「この人はっ、宿への道が解らないって言ってたから、案内してくれって言ってたからっ!」
「リッドー、この人ウソツキだよー」
メルディはリッドの顔の前でチッチッチと指を振った。
「メルディ見てたよー。この人、おんなじこと沢山の人に言ってた。ぜーいん断られてたケド。それにこの人ここ住んでる。家に出入りするの何度も見たヨー」
「はぁぁ?」
リッドはさっきの青年がしていたような情けない顔で地面を見た。
人型の炭に周りの人間が集まっている。
「すぐ知らない人にツイていく、よくない。道を教えてって言ってサラわれるガ、よくある。リッド、もすこしでユーカイされてた!!」
「またかよー!?」
リッドは頭を抱えた。
さっきといい、なぜ自分が狙われるのか。そんなに隙だらけに見えるのだろうか。
まぁ、メルディの言い分もあながち間違いではない。
道を教えてくれとウソをついて人攫いをするケースは昔からある。
が、しかし。
この場合は先ほどと同じく『誘拐』ではなく『ナンパ』であったろうし、それにつけても善良(おそらく)に暮らしている一般人に晶術をかけるなど行き過ぎの点もあるのではないか。
だがそんなこと気にしないのがインフェリア人とセレスティア人との違いか(たぶん関係ない)
「リッド、それよりカイモノ行こう。メルディ、欲しいものあるよー」
「えっ、でもファラが・・・・・・」
リッドはファラがいる店の中に視線を滑らせた。
さすがと言うかなんというか、こんな騒動が外で持ち上がっているのに中からお客が出てくることは無い。
買い物と言うのはそれほど女性を魅了する力があるのだろうか。
「いーからいーから。ファラー、ちょっとリッドとカイモノいてくるヨー」
店内から「えーっ!?」と言うファラの声が聞こえると同時に、メルディはリッドを引っ張り起こし、その場から走り出した。

――ついでに、メルディにのされた先ほどの男性は驚いて店内から飛び出したファラに踏まれたのち、親切な兵士に介抱されたと言う。
よってメルディに殺人の罪状が加わることは無かった。
・・・傷害罪くらいは加わったかもしれないけど。



――楽しいな、楽しいナ!
メルディはリッドの隣を歩けてご満悦だった。
いつもは飛びつこうとすれば仲間の二人に阻止されるし、何よりリッドが困った顔をする。
けど今は人ごみにはぐれないようにとむしろリッドの方から手を差し出してきた。
隣を歩けて楽しい。
一緒にいると嬉しい。
思わず歌でも歌い、踊りだしたくなってしまう。
けれどそれはリッドが困るからしないけれど。
「リッドー、どこ行こカー?」
メルディは殊更嬉しそうにリッドの腕にぶら下がった。






「あー、もう!!」
リッドはその場で叫びだしそうになった。
実際は頭を抱えただけで終わったけれど。
「どこだー、メルディ―!?」
そう、気がついたら腕にぶら下がっていたはずのメルディが居なくなっていたのだ。
一瞬ふっと重みが無くなって、気が付いたら人ごみの中に一人ぼっち。
(まさか俺の代わりにメルディが誘拐されたのか!?)
さっきから何度も誘拐(と、思い込んでいる)されかけているリッドは、不吉な方向に考えが行くのを止められなかった。
(メルディって見た目十四くらいにしか見えねぇもんな。・・・まさかセレスティア人だってバレてどっかのキールみたいな研究者にとっ捕まったとか!?)
・・・実際はおもちゃ屋の前に飾られたいたクマのぬいぐるみに興味を惹かれたメルディが腕を放し、それに気づかなかったリッドが置いてきぼりにしたというだけなのだけれど。
(やっべー!探し、探しに行かなきゃ!!)
と、リッドが踵を返した。
その時である。
「あ、ねぇ、君」
声をかけたのは30手前の、リッドと見劣りしないくらい長身の青年。
「んだよ」
あせっていたリッドは邪険に言葉を返した。
「さっき君の友達が君のこと探してたよ」
「何!本当か!?」
「ああ。動くとまた見失うから店の前で待ってるって」
「よかった〜・・・」
リッドは店の前で所在なげにしているメルディを想像し、ほっと息を吐いた。
「よかったらその店まで案内して上げようか」
「あ、んじゃ。頼み・・・」
ます、とリッドが言い終わらないうちに、あたりの空気が変わった。

「出でよ、セルシウスッ!!」

巨大な青銀の狼に乗った青い肌の少女が男めがけて吹雪を撒き散らす。
白い雪が視界を奪い、それがやんだ時、男は氷の彫像と化していた。
「・・・・・・」
リッドはすぐ横にいた男が物言わぬ彫像となっているのを見て唖然とし、言葉もなくただ口を半開きにしたまま隣を指差すだけであった。
「リッド!」
そんな彼を正気づかせる声。
「キキキキ、キールっ!?」
幼馴染は後ろで纏めた髪を優雅に揺らしながら駆け寄った。
「無事か!?」
「それは隣の奴に言えー!!」
キールの叫びに、負けず劣らずの絶叫を返すリッド。
「何したんだよ、お前は!!」
「それはこっちの台詞だ!お前は誘拐されかけていたんだぞ!!」
「・・・・・・ああ・・・・・・また?」
リッドは叫ぶのも忘れ、その場でがっくり肩を落とした。
(俺ってそんなに隙だらけ?むしろ十八の癖に一日で三回も誘拐されかけるだなんて・・・・・・)
情けないを通り越して不甲斐ない。
「まったく・・・・・・知人の不在を利用し、目的を達しようとするだなんて古典的な・・・・・・」
キールがぶつぶつ言いながら男を睨み据える。
男はさすがに何も言わなかった。
それがキールの言っていることが的を得ているせいより、凍り付いているので喋れないせいであるのは見た通り。
だがしかし、だがしかしである。
もし男が口を利いていれば反論はもちろんあったろう。
どこの世界の学士が友人(・・・思い人?)がナンパされかかっているのを助ける為とはいえ、大晶霊を持ち出すなどとは言語道断ではあるまいか。
今ごろセルシウスもなぜ彼らに着いて来たか、クレーメルケイジの中で盛大に悩んでいる所かもしれない。
キールは落ち込むリッドに痛々しげな視線を投げかけた。
「リッド・・・大丈夫だ。僕がついているからな」
その言葉はどこまでも優しく、暖かい。
その温かみを隣の氷人間に分けてやれないものか。
・・・無理だろう、キールの性格上。
「あ・・・、そうだ。キール、メルディ知らないか?はぐれちまったらしいんだ」
「メルディ?」
せっかくいい雰囲気になりかけていたのに他者の名前をリッドの口から聞いて、キールの機嫌は若干悪くなった。
「知らないが・・・なんだ、はぐれたのか」
「ああ。早く探さねェと・・・いこうぜ、キール!!」
「あ、ちょっと!?」
ぐいっと腕をつかまれ、キールは叫んだ。
・・・その場に好奇の視線と氷付けの被害者を残したままで。


――その後、男が助け出されたのは三十分後。
全身には凍傷を負っていたという。





――まったく、いつもこうだな。
キールは心中で自嘲した。
いつも、彼の背中を見ている気がする。
いつも、彼の手に引かれている気がする。
十年前とちっとも変わらない。
常に自分は対等でいたいのに、それが出来ない。
・・・変わりたい。
「おっ。どーしたよ、キール」
「何でもない。それより早くメルディを見つけよう」
キールはなるべく足を速め、リッドの前を行くようにした。
――まずは、こんな些細なことから。








それからのこと。
ファラ、メルディ達と無事に再会したリッド達は、その日王都の宿にも泊まらず先を急いだ。
それは都民からの通報により出動した王国兵士たちが四人を探し回っていたからだ。
とりあえずファラ、メルディ、キールの三人はなぜ兵士達が自分たちを探し回っているかの一応の自覚検討はついているらしい。
それから一ヶ月。
何でだ、理由を説明しろと喚くリッドをよそに、彼らは決して王都に近づこうとはしなかった。





最後に今回のことで思いも寄らぬ災害(人災)にあったあの三人に哀悼の意をこめて。
合掌(死んでないけど)

あとがき

八日間連続更新企画より
とうとう犯罪者ですが、この面々(爆)
つーか大晶霊まで持ち出すのはどうだよ、と書いた本人が思った(をい)

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