(綺麗だよなぁ・・・)
突然、そんな言葉が浮かんできた。
黒いビロードを広げた夜空に、瞬く星々。 雲の途切れ間から、逆さまの大陸が見えている。 満月には少し足りない月が穏やかな光りを大地に降り注ぐ。 ―――静かな夜だった。
「あー、暇」 リッドは手にもった小枝を圧し折りながらぼやいた。 「暇ったら暇。すっげー暇・・・」 「さっきからうるさいぞ、リッド」 読んでいた本から顔も上げず、キールは言った。 「でもさぁ・・・あ〜ぁ、何で見張りなんかやんなきゃいけないんだぁ?」 「くじで決まったものをとやかく言うな。そう決めただろう」 「わかってるけどさぁ・・・」 ぴしゃりと撥ね付けられ、リッドは不貞腐れながら小枝を焚火に放り込んだ。 目の前でオレンジの炎が揺れている。 炎の中で木がぱちぱちと音を立てる。 それはまるで燃える炎と木が話をしているようだった。 見張りを始めてからずっと、キールは喋らず本を読んでいた。 本の分厚さから見てかなり難しいものらしい。 それを一心不乱に読んでいる。 ―――たいした集中力だ。 いまなら獣に襲われても気づかぬままあの世に逝っているだろう。 多分、本を読んだまま。 リッドはぼんやりとそんな事を考えていた。
―――綺麗
突然そんな言葉が頭の中に浮かんだ。 思わずはっとする。 だがそんな様子にキールは気づいていないらしい。 (綺麗?綺麗って・・・何が?) 降って沸いた言葉と疑問が頭の中をぐるぐると回る。 空の星の事か。 白い月の事か。 上に見えるセレスティアの事か。 赤々と目の前で燃える炎の事か。 それとも―――目の前で一心不乱に本を読んでいる幼馴染の事か。 其処まで来てもう一度はっとする。 (え、なに、何で・・・?) 突然ふって沸いた考えに混乱する頭。 (どーかしてんな、俺も) 男相手に『綺麗』だなんて・・・ けれどそれを鼻先で笑うなんてこと出来なかった。
たしかにキールは変わった。 十年ぶりに合った時、その変貌振りに目を見張った。 伸びやかな体躯。 すらりと伸びた手足。 指先は貴族のように白く細い。 自ら光を放つ白い肌。 深海より尚深い藍眼。 「そっちは・・・リッドか?」 面影を残すのは若干甘めのその声のみ。 昔から大人たちが褒めそやしてきた容姿は更なる進歩を遂げていた。
―――呆然とした。 自分の中にいる『キール』がいない。 弱虫で、泣き虫で、いつも自分の後にくっついてきていたあのドンくさい幼馴染の姿は消えていた。 変わってしまった。 ―――漠然とした焦燥感が胸をちりちりと焦がした。
(ほんと、どーかしてる) いつまでたっても引き離せない視線をどうにか離し、リッドは空を見上げた。 上等の黒ビロードを張ったような空に、宝石のような星が瞬いている。 黒ビロードを透かしてもう一つの世界が見える。 月はまだ昇ったばかり。 ―――夜明けまでは程遠い。
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