a child one's point of view

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昔の人は言いました。
『一寸先は闇』
なんとうまい言い回しでしょう。
この言葉どおり人生とは、いったいどこに落とし穴が待ち構えているかわからないものなのです。


















「きゃあーっ!」
「うわっ!」
平和な朝の森に響く二種類の悲鳴。
「どうした!?」
「ちょっと、どーしたのよ!?」
「何事だ!!」
前者の乙女の悲鳴より後者の青年の悲鳴に対して仲間たちの反応が早かったのは気のせいだろうか。
とにかく他の仲間は悲鳴の元へ駆けつけた。
そこで見たものは・・・
「スタン!!」
「フィリア!!」
草むらに倒れたスタンと、それに取りすがり懸命に名を呼ぶフィリアの姿と、
・・・・・・二人の周りに散乱した薬瓶だった。














フィリアが泣きながら説明したのによると、その時フィリアは新種のボムの制作に勤しんでいた。
多種の薬品をあたりに置いての作業。
そこへ寝ぼけ眼のスタンがやってきた。
スタンの寝起きはご存知の通り大変迷惑である。
そんなスタンが頭の半分も機能していない我知らずフィリアの聖域に足を踏み入れた。
その時。
あたりに置いてあった壷の一つに足を取られた。
スタンの体はそのまま重力に従い倒れる。
幸か不幸か受身を取ったので怪我はしていない。
だが受身を取ったその場所が悪かった。
――調合中の薬の群。
その中にスタンはダイブ。
そしてさっきの悲鳴が上がったという。

「まったくあほぅが・・・」
リオンが毒づく。
その隣、木の根元に横たえられたのは被害者であり加害者のスタン。
さっきからまったく目を覚まさない。
硬く目を閉じたまま、永久を眠りつづけるのではないかと思われた。
「ほぉんと、他人に迷惑かけなきゃ気がすまないんだから・・・」
ルーティはそう言いながらも、心配そうな視線をスタンに向けている。
ウッドロウも口にこそ出さないが同じことを考えている。
誰も彼もがスタンの目覚めを祈るような気持ちで望んでいた。
そんな中――
「っ・・・う・・・」
スタンの瞼が微かに痙攣した。
それから、徐々に空色の瞳が現れる。
「スタン!」
「この・・・バカが・・・」
「スタン君・・・」
「スタンさん・・・っ!」
それぞれが歓喜の声を上げ、起き上がったスタンに近寄る。
だがスタンはそんな一同をくるりと見回すと開いたばかりの目を大きく見開いて、
「ダレ?おじちゃんたち」



















「記憶退行――!?」
森の静けさをルーティの絶叫がこだまする。
その声に驚いた何羽かの小鳥が木々の仮宿から、新たな安息の地を求め飛び去っていった。
「どー言う事よっ!!」
「ですから、言ったとおりの意味で・・・」
おろおろとルーティをなだめるフィリアの横で、スタンは不安そうな顔持ちでフィリアの服の裾をぎゅっと握っていた。
一同の中で一番安全そうなのはフィリアと判断したのだろう。
現在のスタンは迷子の子供だった。
薬を引っかぶったショックかどうか知らないが記憶が五歳の頃に戻ってしまったのだ。
当然仲間の事など覚えていない。
今のスタンにとって皆知らない『おじちゃん』と『おねえちゃん』だった。
「何でそうなっちゃう訳?信じられない!!」
ルーティがなおも吠える。
「なってしまったものは仕方が無いだろう・・・」
リオンの小馬鹿にするような口調に、ルーティは怒りの矛先を変更した。
「なんっであんたそんなに落ち着いてんのよ!」
「お前が騒ぎすぎているだけだ」
口ではそう言っているがリオンもかなり驚いていた。
ただルーティが騒ぎすぎて言い出すきっかけが無いだけだ。
「スタン君、本当に何も覚えていないのかい?」
ウッドロウがなるべく優しい口調で聴く。
子供の扱いはチェルシーで慣れていた。
スタンは優しそうな口調に安心したのか、こくりと頷く。
「困ったな・・・」
「わかりきった事を再確認したってしょうがないじゃない!!」
ルーティがビシッとファンダリア王子に指を突き立てる。
憤りのレベルはとうに超えていた。
「フィリアねぇちゃん・・・あのねぇちゃんなんでおこってるんだ?」
スタンが傍らのフィリアにそっと訊く。
あまり聞きなれない言葉にフィリアは苦笑を漏らした。
「ひょっとしてオレのせい・・・?」
いつにもましてまっすぐな視線が躊躇いなく向けられる。
フィリアはどぎまぎする心臓を抑え、
「別にスタンさんのせいではありませんわ」
「そう・・・?」
優しい言葉に若干安心を覚えたもののやはりまだ不安な目をルーティに向けている。
「とりあえず、どーやったら元にもどんのよ」
ひとおおり吠え終わったルーティがフィリアに問う。
「さぁ・・・一時間後か、明日か、あさってか、一ヵ月後か・・・」
「何よそれー!?」
フィリアは疑問に疑問で答え、結果、ルーティの怒りの発火点に再点火してしまった。
「とりあえず、治る方法がわかるまで旅は中断した方がいいな。『子供』を連れての旅は必要以上に困難になるだろうし・・・いいね、スタン君」
同意を求められたが、言葉の意味がさっぱりわからないスタンはただ首を縦に振る事しか出来なかった。
















「ふあ〜・・・」
木の根っ子に座り込んで、スタンは空を見上げた。
緑の葉を透かし、太陽の光が注ぐ。
『どうした、スタン』
傍らに立てかけたディムロスがらしくもないと問う。
最初は喋る剣と驚いていたスタンだったが数十分もすればすっかり打ち解けてしまった。
「みんなどっかいっちゃったなーって」
事実この場にはディムロスとスタンしかいなかった。
他の皆は近くに街がないかと探しにいったのだ。
子供連れの野宿はいささか無茶がある。
「なぁ、ディムロス。オレ、おかしいのかな?」
『どうしてだ?』
「だってオレ、一番ちっちゃいのにおっきいから・・・」
前者は年齢、後者は体躯のことを言っているのだろう。
ディムロスは溜息をつき(剣の姿なので本当についたかわからないけど)言った。
『おかしいといえばおかしい。おかしくないといえばおかしくない』
「そっか・・・」
それっきり、スタンは膝を抱えて黙り込んでしまった。
(じいちゃんたち、どこにいるんだろう)
気がついたら見知らぬ『おじちゃんとおねえちゃん』に囲まれて、気がついたら体が大きくなっていて。
なんだか自分の知らないうちにおとぎ話の中に迷い込んだ気分だ。
(じいちゃん・・・リリス・・・)
家族恋しさからじわりと目から涙が零れそうになったとき。











「どうしたんだ」
みんなと出かけたはずのリオンが一人、なぜか戻ってきていた。
「リオンにいちゃん・・・」
その呼び方にリオンは眉を寄せた。
「呼び捨てでいい」
「あ、ごめん・・・」
スタンが再び俯く。
「いつかえってきたの?」
「ついさっきだ」
そう言ってスタンの隣に腰を降ろす。
ついさっき。
ルーティ達の目を盗み引き戻してきた所だった。
もし戻ってきたのがばれれば何を言われるかわからない。
だが、この状態のスタンを一人にしておく(ソーディアンがついているとはいえ)のは心配だった。
例え口や顔には出ていなくても心の中は態度に如実に現れていた。
『ずいぶんと過保護だな』
揶揄するディムロスをリオンは一睨みで黙らせた。
「リオンに・・・は、なんでかえってきたの?ほかのみんなは?」
「他は買い物中だ。しばらく戻ってこない」
多分・・・だ。
勝手に抜けてきたので今連中が何をしているのかなんて知らない。
「ふ〜ん・・・」
そう言って、スタンはなぜかリオンの顔をじっと見つめた。
「・・・何だ?」
「んっ?リオンにぃ・・・はきれーだなーって」
臆面もなく言い放つ。
たいしてリオンはめったに無い事だが瞠目した。
だがそんな変化など気づいた様子もなく、スタンは子供らしい純真かつ無遠慮な視線をリオンに向けつづけた。
今日のスタンはいつにもまして無防備だ。
子供に返ったせいかもしれないが、見つめられているリオンにしてみれば何か試されているような気になってくる。
「なぜ・・・そう思う」
それだけがようやっと言えた言葉だった。
かわって今度はスタンが目を零れ落ちんばかりに大きく開く。
「ナンデ?リオン・・・はキレイだよ?」
なぜそんなことを訊かれなければならないのかわからない、とでも言わんばかりにスタンは眉を寄せる。
「ほっぺなんかゆきみたいだし、メは・・・なんだっけ、むらのおばさんにまえにみせてもらった・・・・・・あ、ムラサキズイショウ!あれそっくり!」
自分の発案に満足したのか、スタンは嬉しそうに笑った。
だが言われた当人のリオンは唖然とした。
(いったい何を言っているんだ、こいつは・・・)
だが、スタンの嬉しそうな笑顔を見ているとそんな考えも何処かへ飛び去った。
自分が大発明でもしたかのように嬉しそうに笑うスタンの頭を、リオンは何かに導かれるように撫でた。
普段のリオンを知るものなら目を疑う光景だ。
だが、記憶の無いスタンは気持ちよさそうに目を細めている。
(・・・まるで犬だな)
ころころとよく変わる表情と感情。
恐れも何も無いまっすぐな瞳。
偽りも飾りも無い言葉。
外見はちゃんと19歳のくせにまったく違和感が無いのがおかしかった。
「スタン・・・」
「んっ・・・?」
細められていた目がうっすら開かれとろりと蕩けるような微笑みに変わる。
リオンはそのまま何の躊躇もなく唇を重ねた。
『ア゛――――っ!?』
横でディムロスの絶叫。
だがそんなものなど初めから無かったかのように綺麗にリオンは無視した。
ただ一瞬のキス。
スタンはぽかんと目を開いている。
雨上がりの空と同じ色の瞳に、ゆっくりと名残惜しそうに離れていくリオンの姿が映る。
そのまま、リオンは無言で立ち去った。
さすがに居たたまれなくなったのかもしれない。
スタンはきょとんとしたままリオンを追おうとはしなかった。
ただそぉっとくちびるに指を滑らせ、不思議な感覚の中を漂っていた。
嫌ではなかった。
どちらかというと・・・
コドモの頭では理解しきれない感覚に、スタンは小首を傾げてもう一度唇に指を当てた。

















――それから三日後。
スタンの脳はめでたく元に。
ただ幼児化して間の記憶はバッチリ残っていたらしく、後日リオンに対し真っ赤になったスタンが何かを詰問している姿が見受けられたという。

あとがき

体の幼児化はあるのに脳みその幼児化はねぇなあってな訳で
記憶退行ネタ。
ふつー19の男性が子供言葉喋ってたら怖いだろ―なぁ。
つーかタイトル考えていて自分の英語能力のなさに愕然。
う〜、これであってるのかなぁ?

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