(ああ、もう・・・) スタンは頭痛を覚えた。 稽古の最中に祖父の木刀が後頭部を直撃した時以来、実に十年ぶりの頭痛であった。 ―――事の起こりは一時間前。 キャンプの真っ最中にルーティが何処からか入手した酒を飲み始めたのがきっかけ。 さらに運の悪い事にルーティは―――カラミ上戸だった。
「こらー!スタン!!」 突然大声で呼ばれ、スタンはびくりと体を振るわせた。 「ちゃあんと飲んでんの〜?」 いつの間にやら至近距離に来ていたルーティが半分空になったボトルを手に、真っ赤な顔で睨んでいた。 「はいはい、飲んでるよ」 「ホントでしょぉ〜ねぇぇ」 呂律の回らない声で不信そうにスタンの顔を覗き込む。 「本当だってば」 苦笑し、宥めながらスタンはちらりと視線を滑らせた。 あたりは目を覆いたくなるほど散々たる光景であった。 近くの木にはルーティに無理やり飲まされた一杯で酔いつぶれてしまったフィリアが赤い顔をして寄りかかっているし、焚火の近くではマリーが酒瓶を散乱させて寝こけている。 だがそれより何より不気味なのはリオンだった。 普段ならこの乱痴気騒ぎに一番にキレるはずなのに、それもなく黙々とボトルを開けている。 その顔は赤くもならず、青くもならず。ほとんど底なしザル状態。 だからこそ―――余計に不気味で怖い。
「大丈夫かい」 「えっ」 声の方を向くと、いつのまにやらウッドロウが心配そうな表情で、近くに来ていた。 ルーティはというとリオンにターゲットを変更したらしい。 「気分が優れないようだが・・・」 「あ〜、いえ。別に気分が悪い訳じゃないんです。ただ・・・」 曖昧に言葉を切って、スタンはあたりに視線を滑らせた。 「すごいことになっちゃったな〜と・・・」 「確かに」 ウッドロウは、スタンの隣に腰掛けると同じ様に視線を滑らせ苦笑した。 「スタン君は酒に強い方なのか?」 「ええ、まあ。田舎じゃしょっちゅう飲まされてたんで・・・」 そう言ってすっかり温くなったワインをちびりと飲んだ。 「ウッドロウさんも・・・結構強いですよね」 先ほどまで散々ルーティに絡まれ浴びるほど飲んだのにウッドロウの顔は紅くもなっていない。 もともと地黒だから顔色はそんなに目立たないけれど。 「王の付き添いでよくパーティには出席する。そのとき飲まされることが多いのでね」 すっかり慣れてしまったよ。 そう、ウッドロウは軽く笑った。 つられてスタンも軽く笑う。 なんだか気分がいい。 ルーティ達ほどではないが、やはりアルコールが効いているらしい。
頬が火照る。
と、ウッドロウの長い指がスタンの目元に触れてきた。 「んっ・・・」 触れる指先が熱くて、思わず身をよじる。 「紅くなっているよ」 「そおですか?」 なおも触れてくる指先がくすぐったくて、くすくすと微かな笑い声を上げる。 「そうしていると、なかなか色っぽいね」 「へっ・・・」 自分に向けられたと思しき聞きなれない言葉にきょとんとする。 目の前には、艶めいた大人の微笑。 (ああ・・・かっこいいなァ・・・) ぼやんとよく回らない頭でそんな事を考えていた時。 「おい」 唐突に降って来た不機嫌そうな声。 振り向けば、むっつりと眉を寄せたリオンが仁王立ちで見下ろしていた。
「んん、何?」 リオンの尋常ならぬ雰囲気にも気づかず、スタンはにっこりと笑った。 「ワインが無くなった」
「―――だろう、な」 そっとリオンのいた場所を見れば、空の酒瓶が十本くらい散乱している。 よくルーティはあれだけの量を隠し持っていたものだ。 「言っとくけど、酒はもう無いぞ」 「お前が持っているじゃないか」 リオンの指差した先にはスタンの持っている温いワイン。
「ダメ。これは俺のだし、第一お前酔っ払ってるだろう」 「僕は酔ってなんかない!」 はっきり言い放つが、全身から酒特有の匂いが漂っているし、目がすこし虚ろだ。 誰がどう見ても酔っ払っているようにしか見えない。 「どおしても渡さないか」 「ダメ」 「そんなに、それが飲みたいのか?」 「別にそういうわけじゃ・・・」 どちらかといえばこれ以上困った酔っ払いを増やしたくないだけなのだが・・・ 「リオン君。それ以上は飲まない方がいい。体に障るぞ」 「―――分かった」 (―――はぁ、よかった) ウッドロウに諭され、リオンはようやく諦めた。 かのように見えたが。 「アっ―――!!」 電光石火の如くスタンからグラスを奪うと、それを一気に飲み干した。 そして。 「ぐっ―――!!」 スタンの顎を引っ掴んで強引に口付けた。 呆然としていると口の中に何か生暖かいものが流し込まれる。 (ワインだ) それはさっきリオンが奪ったワインだった。 生暖かいそれは喉を通る時に灼熱の溶岩と化し、スタンの喉を容赦なく焼いた。 「んくぅ」 飲みきれなかった紅い液体は唾液と混じり口外から溢れ、スタンの喉元を真っ赤に染め濡らす。 息が出来ない。 喉が焼ける。 体が熱い。 目の裏で炎が踊っている。 やっと解放された時、スタンは息も絶え絶えでいた。 「お、前・・・」 恨めしく目の前の男を睨みつけると、相手は皮肉に笑って言った。 「こうすれば僕もお前も楽しめるだろう」 そう言って、スタンに圧し掛かるようにリオンの体は崩れ落ちた。 酒の許容量が限界を超えたらしい。 安らかな寝息を立て、リオンは眠りに落ちていた。 「おい、ちょっと待てよ・・・」 眠る少年を抱きとめて、スタンは途方にくれた。 (お前こんな所で寝るなよ。風邪でも引いたらどうするんだ!!いや、むしろ、あーゆー酒の飲まし方って有りかぁ〜〜!?) スタンが静かにパニックになっている最中、後ろでは美味しい所をとられたフィンダリア国王サマとショックで酔いの醒めてしまったレンズハンターが、愛しい人の腕の中で眠るこの上なく幸せな少年に対し、メラメラと殺意を燃やしていた。
かくてそれぞれの思いを秘めたまま、夜は不気味なほど静かに更けてゆく。 最後に一言。
―――酒は飲んでも飲まれるな。
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