窓から陽光が零れ落ち、外から覗く木の陰が、足元にじゃれついてくる、昼下がりの台所。
現在休憩時間であるため、台所にはスタンしかいない。
目の前のテーブルには、客へだす為のティータイムセットが着々と作り上げられている。
しぶい銀に光る盆の半分を、スコーンとクッキーが占領している。
本日のお客様は大喰いだ。もしかしたらこれでも足りないかもしれない。
盆の上のポットにティーコジーを被せれば、準備万端。
あとはお客様の前まで持っていくだけなのだが――――。
「気が重いなぁ……」
スタンは閉じられたドアの向こうに見えないはずの来客の姿を見て、がっくりと肩をうなだれさせた。
そもそも、今日はお客様がいらっしゃる予定はなかった。
ではなぜ、くる筈のなかったお客様の為に茶を用意しているかと言うと、何のことはない。
要因の半分はスタンにあった。
本日正午少し過ぎ。
スタンは買い物に出かけた際、暴漢に襲われた。
別に珍しい事ではない。ダリルシェイドではよくあることだ。
昔から、日の光が強ければ強いほど、そこにできる陰は濃く、暗くなる。
街の復興に燃える民のエネルギーは、悪い方へ飛び火した。
いくら復興が進んでいようと、いまだ混乱の中途にあるダリルシェイドは、以前のように王のもと、安定した政治が行われているわけではなく、司法はほぼ放置状態。
それをいいことに、街では略奪、暴行などの悪事を働くものは後を絶たない。
市民達はみな、己が手で身の安全を守らなければならなかった。
スタンも、それはよく知っていた。
今までも何度か、かつ上げのようなものにあったことがある。
だが、相手はほとんどが素人に毛の生えた程度のものばかりで、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたスタンの敵ではなかった。
今回も、今までと同じように軽く受け流してはい、さようならとなるはずだった。
――――そのはずだったのだ。
だが、なんというめぐり合いの悪さだろう。
今日のスタンはメイド服のまま、買い物に出ていた。
勤務中は別の服に着替えることは禁止されているので当然といえば当然だが、よりによってなぜこの格好のときに襲うのか。
この格好だから襲われたのか。
なんせスタンの着ているメイド服という奴は、おそろしく戦闘に向かないつくりになっている。
緩みもなくぴっちりと張り付くブラウスのおかげで肩は動きづらいし、長いばかりのスカートの裾は動くたびに足の間に入り込んで、スタンのバランスを崩そうとするため、せめて逃げようと思って走り出しても、すぐに前のめりにこけかけてしまう。
そのたび、昔の仲間のことが思い返された。
フィリアはよくぞこんな己の意のままにならぬ服装で強敵に立ち向かえたものだと、いまさらながらに尊敬の念を抱く。
そんなスタンの悪戦苦闘振りを、周りの暴漢たちはおかしそうに囃し立てた。
信じられないことに、暴漢たちにはスタンが正真正銘の女に見えていたようだ。
たしかに、顔を隠す為頭からすっぽりとローブを被ってはいたが、誰か一人くらい身長や身のこなしあたりで気がついてもいいはずだ。
しかし、相手はスタンをか弱い女と信じきっているようで、じわじわと嬲り者にしてやろうという魂胆が言動の端々に見て取れた。
このまま男たちの思うままになんぞなる気のないスタンは、困り果てていた。
いつ獲物をはやし立てるのに飽きた暴漢たちが、直接的な行動にでるか分からない。
別に財布は、さっきの買い物で全部使い切ってしまったので盗られてもかまわないが、ローブだけはだめだ。
たとえ見知らぬ人間にでも、自分が女装の変態だと思われたくなかった。
必死でローブを抑えながら、何とかこの状況から逃げられる術はないかと考えあぐねていた、まさにその時。
――――救いの主と悪魔の使者は同時にやってきた。
突然現れた救い主は、暴漢の一人の頭をむんずと掴み上げると、まるでお手玉か何かのようにポーンと天高く放り投げた。
見た感じ、決して軽そうに見えない――どちらかといえば肥え太っている成人男性を軽々空へポーン……。
常識はずれの怪力に、思わずスタンも暴漢たちも口を開いてあぜん呆然。言葉を失う。
固まったままのスタンたちに特に何か声をかけるでなく、救い主は再び暴漢の一人に手を出した。
あとはもう、地面に根の生えた暴漢たちを引っこ抜いちゃ投げ、引っこ抜いちゃ投げ……。
さながら大根収穫にも似た光景が眼前で繰り広げられる。
雲ひとつ無い青空に、男達と悲鳴がかろやかに舞う。
スタンは呆然と固まって声も出なかった。
ついでに、ひとしきり投げ終えて満足したらしい救い主が近寄ってきても、逃げようとすら思わなかった。
ひょいとローブを捲り上げられ、救い主がニッカと歯を見せ笑う。
光沢あるハゲ頭が、陽光を照り返し爽やかに光った。
「おぅ!大丈夫か、嬢ちゃん」
「コングマン!?」
思ってもみない救い主の正体に、スタンは思わず悲鳴に近い奇声を上げた――――
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