想い、重なり

戻る

考えに耽るクロードは、ドアの向こうからやってくる気配を感知した。
慌てて、寝入ったふりをする。
部屋に入ってきた人物は、真っ直ぐにクロードのベッドへとやってきた。
シーツからわずかに覗かせた頬を、無骨な指がなぞる。
指の正体を知っている。これは――――ディアスの指だ。
がさついた指が頬を、髪を丁寧になぞるたび、クロードはくすぐったさと絶望がない交ぜになって笑い出しそうになる。
何故いまさらこんな風に優しく扱うのか。レナといたくせに。レナがいるくせに。
どうして……。
指はやがて頬から唇へと移動した。
荒れた唇を荒れた指が丁寧に這う。
やがて指の動きが止まった。
ギシリと、ベッドがディアスの体重を受け軋む。頬にディアスの長い髪が触れる。
吐息が唇にかぶさる。
――――限界だった。

「やめろよ」

思ったよりも硬質な声が口をついて出た。
目を開くと、珍しく焦ったようなディアスの顔が映る。
「……起きていたのか」
「まあね」
震える声を押し隠そうとことさら堅い声を出す。
クロードは体を起こすと、覆いかぶさるディアスの体に手をついた。
視線はずっと、濃い夜色に染まる床を見つめたまま、
「やめろよ。もう、こういう事」
「クロード……?」
いつもの冷静な声に、わずかな困惑がにじんでいる。
溜飲が少しだけ下がった。
「もうこういうバカな真似はよそう」
「クロード」
「元からおかしかったんだよ。男同士でキスだのなんだの……。どうせお互い、口寂しかったから、一番手近な人間で済ませていただけだろ」
「……本気で言っているのか」
ディアスの声が強張ってゆく。
溜飲がまた少し下がった。
「そうだ。終りにしよう」
はじめに思っていたとおり、これで潔くおしまいにしよう。
もうこれっきり。ディアスとは"なんでもない仲間"に戻る。
朝になれば、夢が終わるのは当然の事。
最後くらい潔く、聞き分けよく、かっこよく別れてやろう。
……そういえば、"別れる"なんて言葉、まるで恋人みたいだと思って、クロードはおもわず笑い出しそうになった。
「クロード……」
ディアスの静かな声に、心が揺れる。
揺さぶるな。おりかくの決心を、声一つで崩そうとするな。
「全部終りだ。明日になれば、全部――――全部、なかった事になる」
話はこれでおしまい、とやや強引に明るく切って、クロードは再び眠る為にディアスに背を向ける。
――――その肩を、痛いぐらいの力で後ろに引きずり倒された。
「ぐっ!?」
今までないほど強引に唇が塞がれた。
性急なほど、強引に、切羽詰ったように唇が重ねあわされる。
抗議しようと小さく開かれた唇を割られ、引きずり出されそうなほど強く舌を吸われ、血が滲むほど唇を噛まれ、流し込まれる唾液に溺れ。
息の出来ない苦しさにまなじりが涙で光る。
初めてだった。今まで、こんな風に求められた事などない。
――――喰い殺されると恐怖すら覚えた。
拷問のように長い口付けがやっと終わった。
酸素を求めて喘ぐ体を、ディアスが折れんばかりに抱き締める。
何故こんな事をしたのか、問うことが出来ない。息が続かない。声が出ない。
抱き締められた体の拘束が緩み、涙で歪む視界にディアスが写る。
その顔は、見た事もないほど苦悩に満ちていた。
「……ダメだ」
ディアスの声が、震えてた。泣きそうな。途方にくれたような。そんな風に。
「勝手な事はさせない」
なにを言っているんだ、この男は。
さっきまでレナを抱いていたこの腕で、なぜ自分を抱き締めているのか。
「……勝手なこと言うなよ」
囁かれた言葉を、そのまま返してやる。
激情が身の内を焼き崩してゆく。冷静の仮面がその熱にボロボロと剥がれ落ちた。
「いまさらなんでそんなこと言うんだ!今まで何にも言わなかったくせに、いまさら離れるのが惜しくなったのか?お前にはレナがいるだろ!?僕じゃなくって、レナがいる。さっき抱き合ってたくせに――――いまさら勝手なこと言うなァ!!」
駄々をこねた子供のように。嫉妬に狂った女のように。声を荒げ、ヒステリックに喚き散らす。
理性の檻が感情という獣に食い破られる。自分でも浅ましいと思うが、止められなかった。
「離せ、離せよ!」
「聞け、クロード。たぶんお前が見たのは酒に飲まれていたレナを介抱していたところだ。やましい事なんて何もない。レナと、それに一緒に飲んでいたボーマンを証人に呼んできてもいい」
「嘘だ。そんなの嘘だ!」
嘘なんてつくな。いまさら、期待させるな。何も言わなかったくせに。想いらしい想いなんて交し合わなかったくせに。
「クロード!」
ことさらディアスに強く体を抱き締められる。暴れても暴れても、その檻は解けそうになかった。
「離せ……ッ!」
「――――やはり俺が厭なのか」
絞り出されるようなディアスの声に、クロードは動きを止める。
それは、今まで聞いた事もないほど、途方にくれていた。
「どんなに唇を重ねても、お前は俺の事なんて何とも思っていないような素振りで接する。厭なのか。そんなに――――おれが……」
「違う!」
迷子の子供のように頼りないディアスの言葉に、クロードは力いっぱい反論する。
嫌いな相手とキスを続けるほど、クロードは節操無しではない。
「ディアスだって、言わなかったじゃないか。僕の事、何にも……」
「言えなかった」
抱き締める腕がまた強くなる。苦しい。でも、息苦しいのはそのせいだけじゃない。
「想いを伝えて、今の関係が壊れるのはゴメンだった。否定でもされれば、俺はお前にどんな仕打ちをするか分からない」
進みたい。しかし、失うかもしれない。失うくらいなら始まらない方がマシだとディアスは言う。
その言葉を聞いて、クロードは嘆息した。
何かがストンと、あっけないほどストンと心の中にはまる。
あぁ――――同じなのか。ディアスと自分は、同じなのか。
お互い、悲観的になって、臆病になって、相手から一歩を踏み出すのを待っていた。
自分が傷つきたくないから。ぬくもりを失いたくは、ないから。
ずるかった。
二人とも、背中合わせに相手がこちらを振り向いてくれるのを待つだけだったのだ。
クロードは、今日はじめてディアスと向かい合った気がした。
「――――ディアス」
クロードは肩に埋められたディアスの顔を両手で包み込んだ。
真正面に向かい合ったディアスの赤い瞳に自分を移しこむ。
「レナとは、何にもないんだな」
静かに問えば、ディアスも真剣な面持ちで、
「当然だ。"妹"にどうやってやましい想いを持てという」
なんなら、仲間全員を叩き起こし今ここで、さっきの言葉を誓っても構わないとすらディアスは言った。
その言葉を信じたい。
でも、まだ足りない。決定的なモノが、まだ二人にはかけている。
思うだけでは足りない。
「だったら信じさせろ。僕に、その言葉を信じさせろ」
言葉が――――足りない。
「ちゃんと言葉にして、態度にして、僕に想いを信じさせてくれ。僕も――――きちんと君に素直な気持ちを伝えたいから……」
ディアスの赤い瞳が揺らいだ。表情こそいつもの無に近いものだが、瞳だけが安堵と歓喜に染まっている。
強く抱き締められても、息苦しさは感じない。もう傷つくのは怖くない。
互いに傷つけあっても、お互いの存在で癒し合えばいい。
これから先、二人はきっとそれが出来るようになる。
「……愛してる、クロード」
「僕も……君を愛してる」
クロードははじめて、降る口付けを幸福な気持ちで受け止めた。

















それが昨夜の事。

さっきまで漂っていた悪夢の欠片はもうどこにもない。
あるのは、全身にいきわたる気だるさと昨日から続く幸福感だけ。
クロードは首を伸ばすと、いまだ昏々と眠り続けるディアスの唇に軽くキスをする。
そうして、また心の内から満ちてくる幸福感に身を委ね瞳を閉じた。

あとがき

はい。個人的甘々限界烈破作品コレにて終了。
愛を語るディアスが小っ恥ずかしくてカユくて仕方ありません(汗)
個人的に、ディアスは言葉より態度で語るタイプだと思うので、
ここまでストレートな口説き文句言わせたの初めてかもしれません。
ここまでおつきあいくださりありがとうございました。

戻る