想い、重なり
前
いきなり。躯が石になった。 比喩でも何でもなく、本当に躯が石になってしまったのだ。 爪先から、徐々に黒く硬い石が腕を伝い、這い上がってくる。 ゆっくり侵食するそれに悲鳴を上げようとしても、声までもが腹の片隅で石になってしまったかのように固まり出て来ない。 痛みすらも、石の中に固められ、封じられてゆく。 ゆっくりゆっくり、腕を這い、皮膚を舐め、昇る石。 とうとう驚愕に開かれた口が、眼が固まり――――。 かけたところでクロードは目がさめた。 まだ心臓がバクバク言っている。 額にへばりついた髪は、じっとりと濡れていた。 クロードは寝汗をぬぐおうと手を伸ばしかけ、気づく。 ――――拘束されている。 たくましい腕が自分の体を抱きしめ、無骨な指が錠のようにがっちりと胸元で組みあわされている。 頭の上では寝息。背中からは緩やかな心音が伝わる。 夢の正体はこれだったらしい。 クロードは緩む気配の無い腕の呪縛に苦労しながら、もそもそと体を反転させた。 まず飛び込んできたのは、薄い傷跡が無数に走る逞しい胸板だった。 そのまま視線を上にずらせば、眠っている時すら変わらず眉を顰めている男の顔が現れる。 (あぁ、そうだ……) ふと、自分を抱く屈強な腕に真新しい爪あとを見つけて、クロードは一人、顔を赤らめた。 (昨日、僕はディアスに……) ――――抱かれたんだった。 ディアスとは恋人同士なのか、と聞かれても、クロードは自分でもどう答えてよいのか分からなかった。 ディアスの事は好きだ。愛している。これは恋だと、自覚もしている。 しかし、ディアスも同じ気持ちかといえばそうでもない気がした。 今までお互い、告白めいた言葉は言っていない。 ただ気がついたら隣にいて、背中を預けあう。それが心地よくて当たり前になっていた。 口付けをかわしたことは何度もあった。 二人っきりの時、何となくそういう雰囲気になって、どちらともなく顔を寄せ合う。 そんな時もディアスは何も言わなかった。 だから、クロードも何も言わなかった。 互いに口を噤んだまま、静かに寄り添う。 ――――不安でないかと訊かれれば言葉に詰まる。 ただディアスはいつも一緒にいるから。一番身近にいるのが自分だから、こういう事をするのではないか。 手近にいるなら、それこそレナやセリーヌでもいいのではないか。 だが、それをディアスに問う勇気は無かった。 眼をそらし続けてきた不安と直接向きあうのが怖い。 わだかまる不安を否定されても肯定されても、その後自分は辛い気持ちになってこれ以上傷つきたくないとディアスから離れてしまうだろう。 何より、こんな女々しい自分をディアスに知られるのがイヤだった。 ディアスとはいつも対等でいたいから。弱いなんて、脆いなんて思われたくなかった。 胸の内に巣食い、肥大し続ける疑心暗鬼を自分でももてあましつつ、それでもクロードは黙っていた。 それが綻びを生むとも知らないで……。 決定的な亀裂が生まれたのは昨夜の事だった。 クロードは、部屋の中でじっと帰らぬディアスを待っていた。 別に先に寝ていても良かったのだが、おりかく同室になったのだ。起きて、色々話したい事もあった。 だがもう一人の部屋の主は一向に帰る気配も無く、ただ時間ばかりが過ぎてゆく。 ベッドの上で枕と不安を抱きかかえながら、ドアを睨みつける。 進む秒針のかすかな音が、厭わしくて憎たらしかった。 とうとう堪えきれず部屋を飛び出したのが、夜半の事。 宿の中はすでに眠りに落ちており、遠くの酒場から泥酔者たちの陽気な歌が聞こえるばかり。クロードは宿の眠りを妨げぬよう、殊更慎重に足を運んだ。 うろうろと枕探しをする夜盗の様に、ディアスを探す事数分。 ロビーへと続く廊下で、見慣れた青髪を見つけた。 ホッとして走りよろうとしたクロードは、足を踏み出す寸前立ち止まる。 庭に面した大きな窓から月光と夜風が差し込んでいる。 白い光の中で、一組の男女が抱き合っていた。 女には見覚えがあった。レナだ。 ディアスは精悍な顔に苦悩するような色をにじませていた。その手はレナの肩を抱いている。 クロードに背を向ける形で窓に向かっている為、レナの顔は見えない。 ただ、肩に回されたディアスの手を、さも愛しげに撫でている。 クロードは自分の足から熱が奪われてゆくのを感じた。 長い間胸の奥で燻っていた不安が事実のものとなった事に恐怖すら抱いていた。 正直、声を張り上げたかった。 声を張り上げ、ディアスたちの間を引き裂いてしまいたかった。 しかしそれは現実とならず、クロードは固まる足をなんとか動かし部屋へと逃げ帰った。 部屋へ舞い戻ったクロードは、そのままベッドに滑り込み頭から冷たいシーツを被った。 頭の中で、先ほどのディアスとレナの姿がグルグルと影絵のように廻る。 ああ、やはりだ。やはり、不安は現実のものとなった。 いつか来るだろうと漠然と思っていた、だがけして来て欲しくはないと願っていた恐れがついにやってきてしまった。 まだ妄想が妄想であった頃は、潔く身を引こうと思っていた。出来ると思っていた。 強くなったから。だから、こんな想いに縋りつくなんて女々しい真似はしないでおこうと。 そう――――思っていたはずなのに。 |
あとがき
五周年連続更新企画作品。
クロードが異様なまでに乙女です(汗)
前半も妙に甘いですが、コレは序の口。
と、いっても所詮管理人の書く物なので期待はしないでください(笑)