甘い生活
=La Dolce Vita=

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小鳥の声も軽やかな早朝。
星海学園高等部一年に席を置くクロードは、朝食と弁当作りに追われていた。
両親は共に海外赴任をしているためクロードはマンションで一人暮らしをしている。
そう、“表向きは”。





「よし!出来上がり!」
テーブルに朝食をセッティングし終わってクロードは両手を打ちならした。
時計を見ると時間はもう七時半を回っている。
「まだ起きてこないのかな?」
エプロンを解きながら部屋へと向かう。
クロードの部屋と隣合わせにある部屋は、あたりに紙やらペンやらが所狭しと散らばっている。
さらに日の燦々と降り注ぐベッドの中身は、いまだ夢の中にいた。
「もしもーし、朝だよ」
比較的優しく揺すってみても返事はない。
「あぁさ〜だってば!遅刻するぞぉ!!」
声をさらに張り上げ、布団を剥がさんばかりの勢いでゆする。
だが相手はなおも強固に布団に包まる。
「あ〜、も〜っ!おっきっろぉっ!!」
とうとうクロードは上掛け布団をひっぺりはがした。
ベッドの中から現れたのは端正な眉を顰めた青年。
眩しそうに目を細め、低く唸る。
「な・・・んだ、眩しい――――」
「朝だからね、当然だって。ほら、顔洗って、しゃっきりしてきて」
まだボーっとしているような青年を部屋から追い出し、クロードは布団を元に戻した。
それから机の上に散乱している紙を纏める。
(これが原因か・・・・・・)
いつもなら自分より目覚めのいいはずの彼があんなに寝坊になった理由。
その紙には赤ペンで書かれた幾つかのマルバツ、それに「現代国語中間試験」と書かれていた。
何枚かには見慣れた名前が記入されている。
「あ、すごい。これ百点だ・・・・・・」
「こら」
背後から凛とした声。
それと一緒に覆いかぶさった青年が紙を取り上げた。
上を向くと、少し濡れた前髪が顎に触れた。
「見るんじゃない。お前のものも混じってるんだ」
「だったら整理しときなよ」
呆れるように言うと、
「そんな暇がなかった。全部回答するのに三時までかかったからな」
そう言うと、青年は紙束を無造作に全部、鞄の中に放り込んだ。



青年の名はディアス。
クロードの通う高校の現国教師であり、同時に同居人でもある。
きっかけは半年前。
高校入学と同時に両親が海外赴任してしまったクロードを気遣い、半場押しかける形でディアスがマンションへ転がり込んできたのだった。
同居当時こそ生活習慣のすれ違いなど多々あったが、現在はおおむね良好である。
さらにこの二人にはもう一つ秘密があって・・・・・・




「ほら、早く着替えて着替えて。学校に遅れるぞ」
タンスの中からてきぱきとスーツ一式を取り出すと、クロードはキッチンへ向か・・・・・・
「うわっと!?」
おうとしたが腕を引かれて後ろに倒れる。
その体を抱き止めたのは腕を引いた張本人でもあるディアスだった。
「ちょっと・・・何?」
クロードが迷惑そうに身をよじる。
「忘れてた事があった」
「何?職員会議?それとも顧問やってる剣どうぶ・・・・・・っ」
言いかけた唇に掠めるようなキス。
ぽかんと目を見開いていると、ディアスはもう一度、今度は額に軽く触れ、
「お早う」
それだけ言うと、呆けたままのクロードを部屋から追いやった。
「・・・・・・」
部屋の外、ドアにもたれ掛かったクロードは、そのままズルズルとうずくまる。
触れられた唇がやけに熱い。
「・・・・・・又、やられたァ」



――――そう、彼らは恋人同士なのだ。
無論、この事は同居共々周りには内緒。
教師と生徒が付き合ってる上に同棲だなんてスキャンダラスすぎる。
それだけに二人は細心の注意を払ってた。
まぁ、二人の仲自体は新婚家庭並みに甘いものだったけど・・・・・・



「おい、クロード」
「はい!」
沈んでいたクロードはいきなり呼びかけられ飛び上がった。
「ドアの前からどけ。開かない」
「あっ・・・・・・」







話は飛んでその日の夜。
クロードはリビングでテレビを見ていた。
時刻はとうに十時を回っている。
食卓の上には手付かずの夕食。
ディアスはまだ帰ってきていなかった。
もう一度時計を見る。
針はちっとも進んでいない。
テレビの中ではドラマの真っ最中。
若い男女が幸福そうに微笑みあっている。
ふと甦る友人との他愛無い雑談。



『ディアス先生って、セリーヌ先生と付き合ってるんだって』
それを聞いた瞬間、反射的に『うそっ!』と叫んでいた。
目を剥く友人に、我に返って慌てて、
『だって、先生っていかにも女っ気無いから・・・・・・ただの噂だろ?』
『いや。それがさぁ、ちゃんとこの目で見たんだよ。ディアス先生がセリーヌ先生の車に乗ってどっか行くの』
見た日を訊くと、その日はちょうどディアスは外出している。
だが授業に必要なものを買いに行ったとしか聞いていない。
一人だけならまだしも、目撃者は何人もいるらしい。
それからすぐ話題は変わったが、その後の話はちっとも覚えていなかった。



「遅いなー・・・・・・」
たしか残業になるとは聞いていたがここまで遅くなるなんて思わなかった。
ドラマの中の俳優が、なんだか今日の噂の二人に見えてきた。
最悪な事にキスの真っ最中だ。
クロードはいてもたってもいられずテレビをやけ気味に消すと、コートを手に家を飛び出した。




いつも通る通学路。
だが昼と夜とでは顔が違う。
整備された歩道のたてる一人分の足音。
横を車のヘッドライトが通り過ぎる。
壊れかけた街灯が瞬きするように光る。
クロードは自分のなかの空気を抜くように溜息をついた。
「何やってんだ、僕は」
単なる噂だ。
ディアスが帰ってくれば真実を聞けばいい。
でもなんて?
セリーヌ先生と付き合っているのか、とでも聞けばいいのだろうか。
そうなったら、ディアスはきっと呆れた顔をして否定してくれる。
でももし肯定されれば?
いや、もし噂が本当だとしてもきっとディアスは巧く誤魔化す。
ディアスはあれでもすごく優しいから、傷つける本当は言わないだろう。
そしてそれを見極められる自信が自分には無い。
――――大人と子供の差を、何となく思い知った気がした。




学校の直ぐ前。校門付近に人影が二つ。
片方は見慣れた姿。もう一つは――
「セリーヌ先生・・・・・・」
二人はここからでは聞こえないが何か話している。
かなり親しげで、めったに表情を崩さないはずのディアスの口元には微笑が浮かんでいた。
知らない人が見れば恋人に見えるだろう。
知っている自分でも、恋人に見える。
足が動かなかった。
本当は走りよって何故一緒にいるのか訊きたいのに、なぜか動かなかった。
そのうち、ディアスがこちらに気づいた。
少し驚いたような顔。
その顔を見た瞬間、クロードは踵を返し走り出した。
ディアスの声が追いかけてくる。
振り切るように、夜の通学路を家に向かって走った。
息が切れるほど走って、ようやく家に辿り着く。
そのままのスピードで自分の部屋に飛び込んだ。
息が荒い。咽喉が痛い。肺が痛い。
「あっ・・・玄関の鍵、かけんの忘れた・・・・・・」
クロードは乱れた息を吐き続ける唇を歪めた。
「ははは・・・・・・やだな。又無用心だってディアスに怒られる・・・・・・っ」
言いながら、ずるずるとその場にへたり込む。
クロードは唇を噛み締めた。
荒い息が嗚咽に代わった。
立てた膝に顔を伏せ、声を殺す。
「うく・・・・・・っ。ふぇ・・・・・・」
いつかこうなるんじゃないかと思っていた。
ディアスはかっこよくて、強くて、大人で、絶対女性が放っておかない。
対して自分は、男で、子供で、最初から釣り合う訳なかった。
けれどそんな事はわざと胸の奥に閉じ込めていた。
知らないふりをしていた。
今日のはきっとその罰だ。



「クロード!」
玄関を荒々しく開ける音。
クロードは体を竦ませた。
走る足音が近づく。
ドア一枚隔てて足音は止まった。
頭上で何度かドアノブが回る。
だが鍵がかかっている為、ドアが開くことは無かった。
「どうしたんだ・・・・・・いきなり顔を見るなり逃げ出して」
「・・・っ・・・ディ、アス」
クロードは泣いているのがばれないように深呼吸してから話し出した。
「あのさ・・・・・・」
「なんだ」
「僕ら、別れよう?」
「・・・・・・」
すぐ返事は無かった。
しばらくたって、
「笑えない冗談だ」
「冗談じゃない。僕は本気だ」
「理由を言え」
「元々うまくいくはず無かったんだ。僕は男だし。ディアスも男だし。君には、もっと――――いい人がいるよ」
一瞬セリーヌの顔が過ぎって胸が苦しくなった。
服の上から胸を押さえる。
それでも苦しさはなくならなかった。
「――――どういう経緯でそうなったかは知らないが、とにかくここを開けろ。顔を見て話がしたい」
「それはダメっ!」
クロードは叫んだ。
「今・・・あんまり顔見たくない。――――悪いけど、早いうちに他にアパート探してくれないか。ダメなら、僕が母さんたちのところへ行くから」
言葉の後、沈黙。
一拍の間をおいて、大きな溜息がきこえた。
ドアの前から気配が消える。
玄関の閉まる音を聞いて、クロードは全身から力を抜いた。
「終わった・・・・・・のか?」
ぼんやりと天井を見上げる。
大きなベランダつきの窓から、煌々と月明りが電気のついていない部屋を照らす。
「本当に母さんたちのとこ行こうかな・・・・・・」
あの学校にいれば否が応にもあの二人と顔をあわせることになる。
それは、きっと辛い。
「連絡先、どこだっけ」
クロードはぼんやりと上に向けていた視線を前に戻した。
そして、
「っ!?」
クロードはへたり込んだまま、叫びそうな姿で固まった。

あとがき

あまりに長いので二つに分けました。
それでもまだなお長い

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