Present
「あぁ……」 レナは、固いベッドに倒れこむと、僅かに吐息を零した。 「疲れた……」 自信に確認するようにぼやいて、枕に顔を埋める。 ――――その日も、一行の旅は受難の一言に尽きた。 なまじ、人気の多い街道ではなく、森の中を進んだのが悪かったのだろう。 襲い掛かる魔物達を握っては投げ、掃っては斬り、燃やしては凍らせ、街についた頃にはもう深夜を大幅に回っていた。 閉めかかった宿屋に飛び込んだのがついさっき。 レナは部屋に入るや否や、服も着替えずベッドに飛び込んだ。 疲れた体に、シーツの冷たい感触が心地いい。 カーテンを閉め忘れた窓から、星明かりが差し込む。 星の作る机の黒々とした影を、レナはただぼんやり眺めていた。 だが、少し前まで戦いの中にいたせいか。体は休息を欲しているのに、頭の中は妙に冴え渡っている。 「――――っ」 眠りを拒絶する本能が、気配を感知した。 重い体を起き上がらせ、扉に眼をやる。 一瞬の事だったので、気のせいかと思ったが、違った。まだ、扉の向こうに気配を感じる。 こんな夜更けに、人など来るはずもない。 だとしたら。 (ひょっとして、泥棒?) 「……誰?」 レナは慎重に声をかける。 逡巡しているのだろうか。気配が動く様子は無い。 扉に近づき、いつ飛び込まれてもいいようにレナは臨戦態勢をとった。 「誰」 レナはもう一度、今度は強めに声をかけた。 「……僕だよ。レナ」 躊躇いがちに掛けられたのは、聴きなれた声だった。 「クロード……」 声の主を確認すると、レナはその場でへたりこんだ。 途切れた緊張が、疲れた体に重く圧し掛かる。 「あの……レナ?」 「あ、うん。なに」 心配げに声をかけるクロードに、レナはなるべく平素の声で応じた。 「えと。夜分遅くにごめんね」 「ううん、大丈夫。私、寝てなかったから。まってて、いま開けるね」 いくらなんでも廊下で話すのは辛いだろうと扉に手をかけると、慌てた声でクロードはストップを掛けた。 「あぁ!いい!いくらなんでも、女の子の部屋に夜入るのは……」 語尾が掠れて、夜気の中に解けてゆく。 「あっ……」 確かに、嫁入り前の少女のやることではない。 気がついたレナは、ドアノブを握ったまま赤面した。 しかし、そうなればなぜクロードがこんな夜更けに尋ねてきたか、不思議になる。 「クロード……どうしたの?」 なにか悩みでもあるのか。 レナの問いかけに、クロードは「ああ」だとか「うん……」だとか煮え切らない返事を返す。 クロードの様子に、レナは少し不安になった。 「クロード……」 「レナ……」 憂う声で名前を呼べば、戸惑う声音で名前が帰ってくる。 少々の間をおいて、クロードはポツリと呟いた。 「明日……僕の誕生日だよね」 「――――うん」 何の事かと思ったら、確かに明日――正確には数分後――はクロードの誕生日だ。 まさか、自分の誕生日がいつか忘れて、それを確認しにきたのだろうか。 「明日は、確かにクロードの誕生日よ」 もう一度、肯定する。すると、扉の向こうから意外な答えが返ってきた。 「だから、お礼、言いたくて……」 「……えっ?」 意味を飲み込めきれなくて、間抜けな声で返す。 クロードは、構わず続けた。 「旅を続けてきて、今日無事に誕生日を迎える事が出来たのは、みんなの――――レナのおかげだから。だから、一言お礼が言いたくて……」 「そんなの……」 みんなと同じように戦い、支え、そして支えてもらってきた。 ただそれだけだ。 礼を言われる理由などまったくない。 「私、何もしてないのに」 戸惑う声で返せば、扉の向こうから否定の言葉。 「ううん。レナのおかげだよ。見知らぬ場所に一人でやってきて、途方にくれていたのを、レナに助けられた。それから、レナには色んな事を教えてもらった。たくさん、たくさん、それこそ、返しても返しきれないくらいに……。いつもは言いたくても言えないけれど、感謝してるんだ。、本当に――――ありがとう」 クロードの言葉に、ゆっくり胸が高鳴ってゆく。 冷えた部屋の空気も気にならないくらい、頬が火照る。 今すぐ、クロードの顔が見たい。クロードに触れたい。 けど、扉を開けるには躊躇いがあった。 触れられぬもどかしさに、レナはドアに指を当てる。 板一枚隔てた向こうでも、同じ様にしているのだろうか。 伝わるはずもないのに、扉に当てた指先が、じんわりと温かくなる。 「――――おめでとう」 胸の中を満たしてゆく優しい気持ちを伝えようと、レナは口を開いた。 「クロードが生まれた、クロードに出会えた事に私も凄く感謝してる。私も、いつもは言えないから、今言うね」 ゆっくりと、噛み締めるように。 「おめでとう、クロード。これからも――――よろしくね」 「うん。こちらこそ」 クロードの言葉に、レナは微笑む。 言葉の熱が、ゆっくり体にしみこむ。 姿の見えないもどかしさは、もうなかった。 「レナ……時計、見て」 「えっ」 クロードの言葉に時計を確認すると、長針が十二に重なった短針から右にずれている。 「もしかして、今日おめでとうを言ったの私が最初かな」 「もしかしなくても、レナが最初だよ」 優しさと、嬉しさと、楽しさが零れて、互いにくすくすと笑いあう。 まだ疲れが体を支配しているが、それより、もっと話がしたかった。 もっと沢山、クロードと同じ時間の中にいたかった。 だが、しばらくしてクロードの気配が離れる。 「クロード?」 「遅くに邪魔してごめんね」 「そんな……」 とどめようとした声を、クロードが遮る。 「おやすみ。また――――朝」 「あっ」 走り去ってゆく足音を追いかけようと扉を開く。 しかし、もうクロードの背中は廊下の向こうへと消えていた。 一抹の寂しさを感じながら閉めかけた扉に、何かが引っかかる。 それはリボンの掛けられた小さな箱だった。 挟まれたメッセージカードには、クロードの文字で『レナへ』と書かれていた。 「私?」 訝しげに思いながらリボンを解くと、なかにちいさなイヤリングが収まっていた。 いつだったか貰ったペンダントと同じ、緑の石が使われている。 「――――変なの」 普通、プレゼントは誕生日を祝われる方が貰うはずなのに。 「ありがとう」 この場にいない送り主に届くようにと、言葉を紡ぐ。 胸に抱き締めた小箱は、まるでクロードそのもののように暖かかった。 |
あとがき
琵琶湖いっぱいの砂糖を用意しても追いつかないようなこの甘ったるさ。
ある意味、うちのクロレナの特色です(まて)
しかもクロードの誕生日なのに、なぜかレナメイン。
……なんででしょうね?
ええと、話の発端は何かで読んだ
「誕生日を迎えた人が、周囲の人にプレゼントする風習の国がある」
と言う奴です。
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