An overprotection guardian

あの人の記憶は雨から始まった。
叩きつけるような音の中、差し伸べられた手。
俺にはそれ以外にすがりつくものはなかった。






薄暗い資材倉庫。
何かから隠れるように、部屋の隅に人影二つ。
「あ、あのぉ~・・・・・・」
壁際に追い詰められた状態のスタンは恐る恐る伺う。
「ディムロス中将はどこにいるんです?」
「そんな事はどうだっていいだろう・・・・・・」
対して、追い詰めている名も知らない上官はうっとり、どこか夢見心地で囁く。
「いや、でも俺ディムロスが大変だからって呼ばれて・・・・・・」
何とかその場から逃れようとするが、両手を壁に強く押し付けられ、痛みに呻く。
図られた、と思った瞬間怒りが湧いてきた。
「このッ、離せ・・・・・・ッ!」
「上官にそんな口を利いていいのか、エルロン上等兵」
「うっ!」
薄ら笑いに言葉が詰まる。
軍の中で上の命令は絶対。
スタンは唯一睨みつける事で抵抗とした。
「ずっと目をつけていたんだ・・・・・・。こんなにも早くチャンスが巡ってくるとはな」
汗ばんだ手が顎を掴む。
その目はうっとりと夢を見ているようで、スタンは背中に冷水を浴びせられたような気になった。
「や、止め・・・・・・」
触れる寸前まで顔が近づく。
「やっ・・・ディムロス――!!」
「スタンッ!」
堪らず叫んだ瞬間、唯一の出入り口であるドアが吹っ飛び、薄暗い倉庫に光が差した。
「ディムロス!」
光の中からまさに救世主の如く現れたのは直属の上司であるディムロス中将だった。
男がぎょっと身を引く。
ディムロスは一目散にスタンへ近づくと、
「大丈夫か、怪我はないか?」
「うん。平気だ。ありがとう」
安堵に柔らかくスタンは微笑む。
ディムロスも安心したように表情を崩す。
「オイ」
ディムロスの低い声にこそこそと逃げようとしていた男がびくりと震え、立ち止まる。
「貴様・・・確かイクティノスの所のグリオ伍長だったな」
「な、何故それを・・・・・・ッ!」
驚愕する男に、ディムロスは冷たい声で、自分の頭を指でこつづき、
「だいたいの兵士の顔と名前は頭に入っている。せめてもの情けだ。イクティノスには報告せずにしておいてやるからスタンの前からとっとと消えろ。そして二度と現れるな」
「くっ・・・・・・!」
男は怯んだように唸ると、そのまま足早に去っていった。
「――よかったぁ・・・・・・」
「何が良かったんだ」
肩の力を抜いたスタンに、ディムロスが怒った声のまま言う。
「お前はどうしてもう少し警戒心をもてない」
呆れを含んだ声に、スタンはむっと言い返す。
「だって、しょうがないだろう!ディムロスが天上軍の奴にぼこぼこにされたって聞いたから・・・・・・!」
「今天上軍の様子は落ち着いている。たかが外へ見回りに出たくらいでどうしてぼこぼこにされなきゃならないんだ。だいたいお前は私の腕を信じていないのか?」
「・・・・・・そう言って前に凶暴化したモンスターに怪我されて帰ってきたじゃないか」
「うっ、それは、だなぁ・・・・・・」
ディムロスが言葉に詰まっていると、
「スタン君!」
ドアのほうからシャルティエが顔を出した。
「アトワイト女史がお呼びだよ」
「あ、呼ばれてたの忘れてた!」
と、スタンは慌てて走っていった。







「・・・お邪魔だったかな?」
白々しく肩をすくめるシャルティエを見て、ディムロスは苦い顔をした。
「別に。話はもう終わっていた」
ディムロスが足音も荒々しく部屋を出、シャルティエも後につづく。
「それにしても過保護だね」
からかうような背後の声に、ディムロスは、
「どういうことだ」
と反応した。
「スタン君の事だよ。一上等兵にずいぶんと入れ込んでるようだけど」
「私はアイツの保護者なんだから当然だ。それにアイツは放っておけば必ず厄介ごとに巻き込まれる。だから目が離せない」
「本当にそれだけかなー?」
「・・・・・・」
ディムロスは立ち止まり、無言で睨みを利かす。
シャルティエは少し視線をそらせて、続けた。
「スタン君って老若男女に人気があるんだよね。人懐っこいって言うか、見てて飽きないって言うか。好きって言う人多いよ」
かく言う僕もだけど、と付け加えられて、益々ディムロスの眉間の皺は深くなる。
「やっぱり人気の秘密って、あの笑顔だろうね」
シャルティエは窓の外を見ながら続けた。
ディムロスも視線を向ける。
廊下の窓から覗く空は灰色で、何年青い空を見ていないだろうかとディムロスは思った。
「なんだか見てて暖かくなる。あの子にはこんな暗い空じゃなくてさ」
シャルティエがしみじみ言う。
「あの目と同じ、真っ青な空の下で笑ってて欲しいよね」
「・・・・・・そうだな」
ディムロスはぽつんと呟いた。
「その為にも・・・・・・この戦いに勝利しないとな」
「うん」
それから先は静かだった。
どちらも口を利かない。
ただ空を見上げていた。
どこまでも果ての無い灰色。
ふと、甦る。
そういえばあの日もこんな、薄灰の空だった。







報告を受けた地点へやってきてみると、そこは散々たるものだった。
一つの村があった場所は、瓦礫の山と化していた。
あたりの瓦礫の中から、時折微かなうめき声が聞こえる。
空の上の住人が気紛れに放った一発が、この情景を生み出したのだ。
激昂する心中を抑え、ディムロスは生きている人間がいないかと部下と共に探し始めた。
そして見つけた。
瓦礫の前で立ち尽くすたった一人の少年を。
素足や手には泥と血が滲んでいる。
割れた爪から血が滴り落ちる。
足元には家であったと思しき石の山に、その下から見えた小さく、白い手。
おそらく家族を助けようとして瓦礫を動かしたが、すべて取り除くのは無理だったのだろう。
ディムロスはなるべくゆっくり、優しく、
「少年・・・・・・」
子供が振り向いた。
ディムロスは一瞬息を呑む。
焦がれ続けた青い空色が、何の感情もなく虚ろにこちらを見つめている。
その目を見たとき、自分でも分からない衝動に襲われた。
そして、手を差し出す。
「一緒に、来るか?」
少年が不思議そうな眼差しを返す。
――――いつの間にか、土砂降りの雨が降っていた。




「そういや、よく君がスタン君の入隊を許したよね」
いきなり話しかけられ、思い出に浸っていたディムロスは一瞬反応が遅れた。
「あ、そうか?」
「うん。こんなに過保護なのに、よく許したね」
「――過保護、過保護と連発しないでくれ」
「本当の事でしょう?軍の中じゃ有名だよ。親バカ、過保護って」
「・・・・・・」
「自覚ないのが困りものだね」
ふぅっとシャルティエが溜息をついて、ディムロスは益々言葉を失った。




スタンが兵に志願したと聞いた時、確かに反対した。
だが、反対した所で折れるような相手ではなかった。
「俺、ディムロスがなんて言ったって兵隊になる」
「私はそんな事絶対に許さないぞ!」
「怒ったって無駄だ。もう志願書出したし」
「なら今すぐ取り消してくる。だめならリトラー指令に直談判だ」
「だめだ!」
本当に部屋を出ようとするディムロスの行く手を、スタンは塞いだ。
「そこをどけ!」
「どいたらディムロスは取り消しに出て行くだろっ!」
「当然だ」
「だったらダメ!!」
きつく睨みつけられ、ディムロスは溜息をついた。
それから聞き分けない子供に言うようにゆっくりと、
「スタン。お前は戦場がどれだけ危険か分かっていない。命を落とすかもしれないそんな場所に、お前を放り込めるわけないだろう」
「でも、俺は行く」
「スタン!」
「ディムロスは、昔俺を助けてくれたよな?」
スタンは突然話を変えた。
「昔、家族が死んで呆然と突っ立ってたのを助けてくれた。俺、ディムロスに逢ってなきゃきっと立ったまんま死んでたと思う」
真剣な目が語る。真摯な思い。
「あの頃俺は子供で、何にもできなかった。今だってディムロスから見れば子供かもしれない。でも、少なくともあの頃よりは成長してる。俺、恩返しがしたいんだ。お前の背中を守れるようになりたい。だから、兵に志願した」
「スタン・・・・・・」
「誰が何を言おうと俺は決めたんだ。ディムロスを守る。ずっと、ディムロスがそうしてくれてたみたいに。俺はお前を護る」
「・・・・・・」
心臓が、熱くなった。
一瞬抱きしめたい衝動が走って、慌ててそれを打ち消す。
代わりにスタンの頭を軽く撫でて、
「・・・・・・けして無茶はするな。それと、私を護ろうなんて考えなくていい。私は自分の身は自分で守るし、お前の身も守ってやる。それが入隊の条件だ」
「・・・・・・うん、分かった。ありがとう」
そう言って笑った顔は、飛び切りの極上品だった。







それから一年。
スタンはよく働き、今では立派な兵士だ。
それを喜んでいいものかどうかは複雑だが・・・・・・
「あのね、浸ってる所悪いけど」
「ン、なんだ」
ちょんちょんと肩をつつかれ、シャルティエの方を向く。
「あれ、放っておいていいの?」
「何?」
シャルティエが指差したのは窓から見える、別の棟。
そこにいたのは見慣れた金髪に・・・・・・
「っ!カーレル、イクティノス!!」
「プラス、ハロルドもやってきたみたいだよ」
「あいつらっ!!」
叫ぶやいなやスタートダッシュを切る。
「ほんっとう、過保護なんだから・・・・・・。ま、気持ちは分からなくないけど」
後ろから呆れるような声と、走る音が追いかけてきた。

あとがき

完全パラレル。
ディムロスがまるで心配性のお父さんのようです。
シャルティエの口調や態度はよく分からなかったので、勝手に想像。

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