「ねぇ、母さん」
期待に満ちた声で母を呼ぶ。
「なぁに?」
母は微笑を浮かべながら答えてくれた。
「もうすぐ、父さんが帰ってくるね!」
「そうね」
「だって明日は僕の誕生日だもん!絶対、絶対ってヤクソクしたもん」
ねぇと床に目を落として、小さな友達を抱き上げた。
「ラティ、もうちょっとだよ。もうちょっとで帰って来るんだよ。この間会ったのが・・・」
指を折りながら父のいない日を数えてみる。
十まで言ったところで母が一ヶ月前よと教えてくれた。
「うん、一ヶ月!一ヶ月ぶりに会えるんだ!!ねぇラティ、父さん大丈夫かなぁ。この間みたいにケガして帰ってこないかなぁ・・・・・・」
語尾がだんだんと弱く擦れてゆく。
「大丈夫、だよねぇ・・・」
「大丈夫よ」
ふわりと頭を撫でられ、顔を上げると母が優しい顔をして笑っていた。
「大丈夫よ、この間はちょっと油断しただけ。きっと今回は大丈夫よ。さぁ、涙を拭いて。」
目じりに溜まった涙に、天使の羽のような優しいキスが落とされる。
「泣いた顔でお父さんを迎えられないでしょう?」
「―――うん!」
袖で目を強く拭く。
それからもう大丈夫だよと笑って見せた。
母も、笑ってくれた。
「さぁ、もう今日は寝なさい」
「はぁい」
ラティと一緒に自分の部屋へ戻ろうとすると、後ろで電話が鳴った。
「ハイ・・・え、何!?それはどういうこと!・・・メインチップにバグ!?」
「母さん・・・」
「ええ、そう。分かったわ・・・すぐ向かう」
「母さん」
電話を切ると、母は慌てた様子で自分の部屋からコートを引っ張り出した。
「ねぇ・・・」
「ごめんね!研究所でトラブルが起こったみたい。明日には帰るから!!」
行ってきますのキスもそこそこに、母は家を飛び出していった。
「・・・・・・」
くぅんと、うでの中でラティが鳴く。
「・・・しょうがないよね、母さん、お仕事忙しいんだし・・・」
腕のなかの温もりを確かめるように、ラティの顔に頬を摺り寄せる。
「明日には帰ってくるっていってたもん。大丈夫だよ。帰ってきたら父さんと一緒にお祝いするんだ。ケーキやご馳走食べて、父さんの冒険の話を聞いて、久しぶりに父さんや母さんと一緒に寝るんだ・・・・・・」
ベッドに入ってからも、まるで呪文のようにそれを繰り返していた。
大丈夫だと。
自分に言い聞かせるように。
けれど起きてみたら母の姿は無かった。
足元に擦り寄ってくるラティの頭を撫でる。
「・・・大丈夫だよ、夜になれば帰ってくる」

―――だが、夜になっても母も父も帰ってこなかった。
母が帰ってきたのは誕生日の一週間後。
父が帰ってきたころには、季節は当に変わっていた・・・



「―――あっ・・・」
カーテンから零れる光で目が醒めた。
辺りを見回すと、其処は見慣れない部屋だった。
ベッドも、自分の部屋のものより固い。
「そうか・・・」
ここは宿屋で、僕はこの星、エクスペルに飛ばされてきたんだっけ。
「参ったなぁ・・・」
寝ぼけているのか、夢と現実が交じり合っている。
ふと頬に指をやるとざらざらとした感覚がした。
・・・泣いていたらしい。
この年になってまで夢で泣くなんて・・・
「情けない・・・」
僕は呟くとベッドから跳ね起きた。
カーテンを引きあければ外は白く曇っている。
―――快適とはいいがたい目覚めだった。

「・・・・・・」
今朝は何かおかしい。
仲間も宿の食事も昨日と変わっていない。
もしこれでセリーヌさんに尻尾でも着いていればあからさまにおかしいと気づくのだが、もちろんそんな事は無い。
けれど何かおかしい。
しいていうなら空気が。
みんなの纏う空気がどこかよそよそしい。
まだ夢でもみているんだろうか。
そういえば今朝からレナの姿をみていない。
「ねぇアシュトン、今朝からレナを見かけないんだけど?」
「へっ、あ〜・・・知らないなぁ」
逃げるように視線を反らされる。
―――やっぱりおかしい。
けれどそれを問いただす事無く、僕は食事を終え、部屋を出て行った。
部屋を出る瞬間、誰かがホッと息を吐くのを聞いた気がした。




「―――あ〜・・・」
一気に緊張が解けたのか、アシュトンは机の上に突っ伏した。
「・・・ばれてないよねぇ?」
目線だけで、隣のセリーヌに問い掛ける。
「わかりませんわよ、クロードって鈍いのか鋭いのかよく分からない所がございますもの」
誉めているのかけなしているのか、よく分からない言葉でセリーヌは答えた。
「さあ、早く食べてしまいましょう。まだ準備が残っていますわ」
「そうだね!」
そう意気込み、食後の熱い珈琲を一気に流し込んだアシュトンは、思わず目を白黒させた。




「んん〜・・・」
犬のように唸りながら、僕は町の中を歩いていた。
「どこいったんだろう、レナ」
あのあと何気なく宿の中を捜してみたのだが、レナの姿は見当たらなかった。
部屋の中も、リビングにも、食堂にも。
なぜか大広間だけは入ることすら出来なかったけど、まさかそんな所にレナがいるとも思えなかったし・・・
仕方無しに僕は外へレナを探しに行くことにした。
朝から曇っていた空はますますどんよりと重さを増している。
乾燥した強い風が遠慮無しに僕の髪をなぶっていく。
この季節はどうも苦手だ。
寒いし、乾燥してるし。
早くレナを見つけて宿に戻ろう。
そう思いながら、僕は足を速めた。

―――あれからいろいろな場所を探してみたけれど、レナの姿は見当たらない。
いい加減足が疲れてきた僕は、ちょうど立ち寄った公園で休む事にした。
ベンチに腰を下ろすと、ホッと息をつく。
この寒い中でも公園には人がいるもんだ。
さっきから親子連れや僕と同じ様にぼうっとしている人たちを結構見る。
と、目の前を小さな男の子が鳩を追いかけ走っていく。
(危ないなぁ・・・)
思っていると案の定けつまずいて転んだ。
「う〜〜〜・・・」
転んだまま立ち上がろうとしない。
(起こしてあげよう)
立ち上がって男の子に近付こうとした。
けれど、それより先に男の子の両親らしい人がやってきた。
「大丈夫?」
若い母親らしき人が問う。
「慌てるからだぞ」
苦笑しながら、父親らしき人は男の子の膝の砂を払っている。
「う、うぇぇ・・・」
男の子は母親らしい人を抱きつき泣き出してしまった。
母親らしい人は男の子を抱き締めながら背をあやした。
「ハイ、泣かないで・・・男の子でしょう?」
『涙を拭いて・・・』
「―――っ!」
一瞬のオーバーラップ。
今朝の悪夢の断片が脳裏を過ぎる。
あんな風に、父さんや母さんと過ごした事なんて無い。
両方とも忙しくて、一年の内あえない日のほうが多かった。
小さいころはラティがいたからよかったけれど、ラティが死んでからは誰もいない部屋に一人ぼっち。
ただいまの声に答えてくれるの機械の声。
誰もいない食卓で、味のしない食物を喉に流し込む。
食事すら、苦痛を伴う行為にすぎなかった。
時折、父さんや母さんの顔が思い出せなくなっていた。
記憶のなかの両親は、顔の無い仮面をかぶっていた。
異常な精神の中、いつしか諦めていた。
期待なんてしない。
信じたりしない。
そうすれば、痛みなんて無い。
そう思いつづけていた。
けれど。
ここに来てから、僕は・・・


「あっ―――」
深く入り込みかけた意識が急に引き戻される。
視界の端に映った、見慣れた姿。
「レナ!」
叫ぶように呼ぶと、びくりと身を竦ませ、レナは振り向いた。
「あ、く、クロード・・・奇遇ね〜」
ぎこちない様子で微笑む。
「今朝からどこに行ってたの?」
「へ、ああ。あのね、え〜とね・・・ん〜と・・・・・・」
しどろもどろ。
さっきから意味不明な事ばかり話している。
「うぅんっとぉ〜」
「―――あれ?」
ふと見れば、レナが後ろ手に何か持っていた。
「それ、何?」
「だめっ!」
手を伸ばそうとすると、こちらが驚くような声を出して身を引いた。
「・・・・・・レナ?」
「あっ・・・・・・」
自分のした事に気づいたのか、レナは顔を真っ赤にすると、
「〜〜〜!!」
何もいわずに、脱兎の如く逃げ出した。
「・・・・・・」
後に残された僕は、公園にいた人達の同情とも好奇ともつかぬ視線と冷たい風にさらされていた・・・

「はぁぁ・・・・・・」
さっきから溜息が途切れない。
あれから、僕は宿に帰る事も出来ずその辺をぶらぶらとしていた。
なぜか宿にかぎがかかっていて中に入れなかったのだ。
外はすっかり暗くなっていて、家路を急ぐ人で溢れている。
僕はすっかり家無き子の気分だ。
いったい僕が何をしたというのだろう・・・?
「もう一度、戻ってみようかなぁ・・・」
そう呟くと、僕は足取りも重く宿へと向かっていた。
―――宿につくと、なぜかかぎは開いていた。
(どうなってるんだ?)
不思議に思いながら自分の部屋へ戻る。
部屋の中は当然薄暗く、僕は入るなり卓上のランプに火を入れた。
ぼんやりと明るくなっていく机の上に、一枚の紙切れ。
「―――なっ!」
『仲間は預かった。
返して欲しくば大広間までこい』
冗談だろう!?
そう思いながら、僕は仲間たちの部屋を順繰りにたずねて回った。
アシュトンも、セリーヌさんも、レナもいない。
体の中から一気に血の気が引く。
(・・・また?)
また一人に戻るのか?
(―――それだけはいやだっ!)
僕はレナの部屋から飛び出すと、大広間へと向かった。
大広間はすぐに見つかった。
重厚そうな扉を大急ぎで空ける。
みんな・・・!
「みんな!」
扉を開いた瞬間、僕は銃声に襲われた。
そのまま後ろにしりもちをつく。
「いったぁ・・・」
そうだ、みんなは!!
『クロード誕生日おめでとう〜!!』
(・・・・・・へっ?)
呆ける僕に、心配顔なアシュトンが近寄ってきた。
「クロード、大丈夫?」
その手には、使用済みのクラッカー。
「・・・・・・これってぇ・・・」
「みたまんま、誕生日パーティだよ」
「・・・どちら様の?」
「いやだなぁ」
アシュトンがけらけらと笑う。
「もちろん、貴方のに決まってますわ、クロード」
「僕の?」
「だって一月二十三日はクロードの誕生日でしょう?」
「あ、ひょっとして別の日・・・?」
どうしようと慌てるレナの姿がある。
「いや、確かに一月二十三日は僕の誕生日だけど・・・」
ああ、ひょっとして・・・
「今日が、その日?」
「気づいておりませんでしたの?」
呆れた・・・とセリーヌさんが頬に手を添えた。
「ほら見て、すっごくがんばってセッティングしたんだよ」
立たせてくれたアシュトンが、誇らしげに胸を張る。
大広間の中は確かに、見事と言いようが無いくらい綺麗に飾られていた。
「―――ひょっとして昼間宿にかぎがかかっていたのは・・・」
「だってクロードってば飾り付けの途中で帰ってくるんですもの」
だからってかぎまでかけなくても・・・
「じゃあ部屋にあった脅迫状は?」
「クロードの事驚かせてみたくって・・・ああ書けばクロードはすっ飛んでくるでしょう?」
「大成功だよ、アシュトン・・・」
おかげで心臓が五秒ほど止った・・・
「驚かせてごめんね」
レナが申し訳なさそうに顔を曇らせた。
「まったくだよ」
少し怒ったような口調にみんな静まり返る。
「でも・・・」
なんだか・・・
「ありがとう!」
すごく嬉しい!!
その言葉を皮切りに、パーティは始まった。
レナの焼いたケーキに、アシュトンの作った料理。
ちょっぴりセリーヌさんの持ってきたシャンパンも飲んで。
これは、僕の人生の中できっと最高の誕生日になったろう。




夜も深まるころ。
セリーヌさんとアシュトンはすっかり酔いつぶれていた。
僕とレナは広間を抜け出しベランダへとやってきていた。
「ねぇ、クロード」
「うん?」
「これ・・・プレゼント」
差し出されたのは、リボンのかかった小さな箱。
「僕に?・・・開けて、いい?」
言うと、レナはこくりと頷いた。
はやる気持ちを抑え、慎重に包みを解いてゆく。
中から現れたのは小さなオルゴールだった。
「これって・・・」
「今日あるお店で見つけたの。すごくかわいくって・・・」
気に入らない?
上目遣いで問われ、僕は思いっきりかぶりを振った。
「そんな事無い!すごく・・・嬉しいよ」
きっと、今僕の顔はどうしようもなく緩んでいるんだろうな・・・
「レナ」
「うん?」
「ありがとう。今までで最高のバースデープレゼントだよ」
「・・・どういたしまして」


―――いつの間にか空から雪が降り注いでいる。
けれど、抱き締めあった二人の間には雪の降り積もる隙間など少しも無かった。

あとがき

時間の無さが招いた悲劇です。
あ〜〜、タイトル浮かばない〜
さらにへっぽこ小説〜〜
一人称に挑戦してモノも見事に玉砕です
来年、来年『あれば』リベンジしたいです(泣)

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