Valentineday Rhapsody
・bitter・

その日は学校自体が浮き足立っていた。
いや、一部の人間――厳密に言えば男子は殺気立っていたといった方がいいか。
意味も無く校門付近をうろつくもの。いつもの倍の時間をかけてゆっくり昇降口へ向うもの。飽きる事無く何度も下駄箱を覗き込むもの。
彼等の出す空気は、熱気というにはあまりに澱んでいて、しかし邪気というにはあまりに哀れすぎた。
一人二人どころか何十人もの出す空気のおかげで、学校は一種の魔界と化している。
異変は男子だけではなかった。
朝、異様に早く学校へ向う女子。なにやら大きな荷物を抱えた少女。数人の友達と、下駄箱、あるいは机の前で黄色い声を上げる生徒。誰かの下駄箱に入っていたラッピングされた箱を、舌打と一緒に自分のものと入れ替えるもの。
女生徒達の若々しくも姦しい空気で緩和されると思われていた学校の雰囲気は、結局澱みが澱みを呼んだに過ぎず、更なる混沌に包まれた。
だが、教師たちは知っている。
この雰囲気が一日で終わるものと。今日一日を乗り切れば、明日には平穏が戻ると。
諦めと共に、悟っていたのである。
















――――教室についた途端、はそれまで張り詰めていたものがぷつりと途切れ、その場で膝をついた。
は呪った。運命を。神を。世界を。
この世の全てが疎ましくて、悲しくて、眸が潤む。

柔らかい声と一緒に肩を叩かれ、は顔を上げる。
涙で滲む目に、桃城の優しくも痛々しげな顔が映る。
笑顔が、殊更同情に満ちた。
「凄い量だな」
「席が見えない……」
――――の席は、チョコレートと思しきプレゼントで埋め尽くされていた。
は地面に拳を叩きつけた。喉の奥から、うめき声を搾り出す。
「なんだ、いったい何事だ!下駄箱から地面まで塔のごとくチョコが積まれ、朝もはよから自分の靴を見つけるために発掘作業。廊下を歩けば女子生徒からはチョコを、男子生徒からは嫉妬の視線を突きつけられ、挙句教室に入ればこのざまだとぅ!あれか、何か、ずいぶん金と手間暇かかったイジメだなぁっ、おい!
一息に今までの鬱憤を口に出し、床を叩き続ける
もはや、手が痺れようがそんな事知ったこっちゃない。
「いや……でも凄い量だよな、マジで」
チョコの山から、崩さないようにチョコを一つ取り出し、桃城は唸る。
気合の入ったラッピングは、まさしく本命あてだろう。
だが、この山の一角でもに中てられたものは無いのは、あて先を見て分かった。
「もしかして、全部ウチ宛か」
「ああ、そうさ。みんな、テニス部行きさ」
ようやく立ち直ったが、同じ様にチョコを手にする。
添えられたカードには、可愛らしい丸文字で「周助先輩へ」などと書かれていた。
がポストマンまがいの事を頼まれるのは今回が初めてではない。
以前にも、とテニス部員が懇意にしている事をどこからか嗅ぎ付けた女子達に、やれラヴレターを渡してくれだの、プレゼントを渡してくれだの頼まれた事がある。
はそのたびに丁重に断ってきた。
何せ、万が一玉砕した場合、恨みを買うのは告白した相手ではなく、なぜかだからだ。
なんのかんのといちゃもんを付けられ、挙句の果てにもう一回ちゃんと渡して……なんてエンドレスなことになりかねない。
だから、断ってきた。
しかし、どうも今回ばかりはそうもいかないようだ。
机の上に山盛りてんこ盛りに乗せられたチョコの数は、ざっと見積もっても百近くある。
これだけの量を、一人一人に返していこうとなれば、一日仕事になるだろう。
素直に受け取ってくれるとも限らない。
なかには、送り先の宛名はあれど送り主の名はないモノも多数ある。
――――だとすれば、道は一つだ。
は今まで床を打っていた拳を再度握り締めた。
心の隅に、消えない決意が点った。
「……配ろう。放課後、部活が終わったらちゃんとくーちゃん達に渡そう。それで彼女たちが断られようが恨まれようが実ろうが知った事か。年賀状仕分けのバイトもしたことないトーシローに配達頼む方が悪い!つまり、全責任は郵政民営化に揺れる世情にある!なんでもいっぺんに自分の思うとおりカタつけようとするなッ、某総理大臣!!
「――――教室の中心で、ズレたふまんをさけぶな」
燃えるに、冷静な声で桃城がツッコんだ。

あとがき

無駄に後編に続く。
内訳としては、前半ギャグの後半微妙にシリアス。
どうでもいいが、山をなすほどのチョコって、
もはやジェンガとか、それ系のゲームに近い気がする。
絶対、床に零れ落ちてるって……。

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