Welcome To Hard Luck!

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 ブォンと羽音のような音がした後、砂嵐が広がる。
 アンテナをいろいろいじくっていると砂嵐は消え、歪曲した画面いっぱいに人の顔が映り込んだ。




「っよし!」




 ここ数日の苦労が報われた瞬間に、MAKUBEXは歓声を上げた。
 拍子に、同じ体勢を何時間も続けていたせいかこわばった関節が嫌な音を立てた。
 本当はこのまま後ろに倒れて寝っ転がってしまいたいのだが、あたりにはドライバーなどの工具が散らばっている為それは叶わない。
 仕方なく、MAKUBEXは目の前のテレビにしなだれかかった。






「あー、やっと直った……」
「お疲れ様、MAKUBEX」
 すぐ近くで縫い物をしていた朔羅が針を止めて労をねぎらう。
 MAKUBEXは朔羅の言葉に、ため息を混じらせ、
「全くだよ。なんで僕がこんな苦労しなきゃいけないんだか。本当だったら、拾ってきたがやるべきなのに……」
 ぼやきながらペットボトルのお茶で口を湿らせる。
 ジト目で振り返った先には、さっきまでMAKUBEXが修理していたテレビを拾ってきた張本人が、太平楽に鼾を掻いていた。





 が壊れたテレビを持ち込んできたのは、三日前の朝方だった。
 所々汚れのついた、明らかにその辺のゴミ捨て場から拾ってきたと思しきダイアル式のテレビを寝ぼけ頭のMAKUBEXの前に放り出し修理を依頼すると、はその場に倒れ込むようにして眠ってしまった。


 大の字になって鼾を掻くと壊れたテレビを交互に見ながら途方に暮れたのを覚えている。
 途方に暮れたのは、何もにいきなりテレビの修理を押しつけられたからではない。
 その時のの姿というのが、一体どこの戦場をかけずり回ってきたのかと思うほどずたずたのぼろぼろだったからだ。肩には銃痕まであった。
 明らかにが発生源だと思しき異臭に眠気も一気に覚める。
 もっとも、驚いたのはの姿にだけであってこんな風にがモノを拾ってくるのは日常茶飯事だった。




 一体どこから持ってくるのか、絵本やらおもちゃやら、はてはタンスやら今回のような大型の電化製品まではせっせと拾い集めてくる。
 どうもにはリスやカラスのような収集癖があるようだ。
 が拾い集めてくるモノの修理を長い間引き受け続けていたためか、最近では日曜大工の腕まで上がりはじめているMAKUBEXであった。


 さて、ではMAKUBEXにテレビ修理を押しつけた当のはどうしているかというと、部屋の隅っこで頼んだことなど忘れ去っているかのようにグースカピースカよだれを垂らして寝こけている。
 三日前からずっとあの調子だ。
 時折トイレと食事の時に起きるくらいで、おまけに食事と言ってもジュースを一口二口飲むだけ。
 あんまりの汚れッぷりなため朔羅に風呂に入られていたときも、医者に怪我を見せているときすら、こうやって間抜け面を晒して眠り続けていた。
 起きたらまた朔羅の、「眠っている間の栄養を補充するための料理攻撃(明らかに味と量は度外視)」が始まることだろう。


 ここ数年で分かったことだが、どうもは特殊な睡眠のサイクルを持っているらしく、その気になれば三日でも四日でも徹夜できるが、いったん眠りに入ると丸一日は起きない。
 徹夜の時と同様、三日でも四日でも平気で眠り続ける。
 今までの最高記録は三日と五時間。このままいけば記録更新は間違いないだろう。
「まったく……のんきなもんだよね」
 MAKUBEXはため息と共ににへばりつかせていた視線をテレビ画面に戻した。
 あわせたチャンネルはどうやらワイドショーらしい。
 モザイクで顔の見えない女性が、マイクに向かって熱心に話し込んでいる。
 画面端にあげられた小さな写真には見覚えがあった。
「あぁ、あの全裸男の続報か」








 事件の内容はこうだ。
 三日前の明け方、都内の警察署の前に一人の男が気を失って倒れているのを近所の住人が発見した。
 これだけなら特にニュースになることもないだろうが、男が何故か全裸で、しかも宝石をじゃらじゃらつけていたというのなら話は別だろう。


 その日は夕刊に小さく記事が載っただけだったが、後からどんどん驚くべき新事実が浮かび上がってきた。
 まず男の身につけていた宝石だが、これがいずれもCIAから国際手配のかかっていた盗難品だった。
 そこから芋づる式に、男が宝石密輸に関わっていること。近々大きなオークションがあるはずだったこと。密輸ルートの確定。盗難グループの割り出し、指名手配など全裸男の三面記事が発端とは思えないほど世界的なニュースとなり、いまやどこのテレビ局もこの話題で持ちきりだ。
 当の本人は何故素っ裸で警察署の前にいたのか、いっこうに語ろうとはしない。どうもなにか恐ろしい目にあったらしく精神に支障をきたしているらしい。
 ただ、全身に鋭い刃物で負わされたような傷があったことから、警察では仲間割れでもあったのではないかと推測している。








 テレビの画面が変わった。
 レポーターが歩いている住宅街は、どうやら男のねぐらがあった場所らしい。
 これまでも何回か他のテレビでも見たことのある光景だった。
 そこまで見て、MAKUBEXは興味を無くしテレビの電源を切る。
 手持ちぶさたになって朔羅の方に目をやると、ちょうど縫い物を終えるところだった。
 ふっくらした唇から除く白い犬歯が糸をかみ切る。
「お疲れ様。そっちも修理完了?」
「えぇ。MAKUBEXの方に比べたらだいぶと楽だったけれど」
 縫い目を目立たなくするのに少し手間取った、と朔羅は自分の作品を抱き上げて微笑む。


 朔羅の手に抱かれているのは、テレビと同じ日にどこからかが拾ってきた人形だった。


 ずいぶん古く、さらに手荒な扱いを受けていたらしく陶器の顔にはヒビが入っており、背中が裂けて中身が飛び出していた。
 顔のヒビばかりはどうしようもないが、背中は中身を詰め直して縫えば何とかなる。
 間近で見ると、服のフリルに隠されて縫い跡はほとんど目立たなかった。
、本当こういうの好きだよね」
「いいんじゃないかしら。だって女の子なんだもの」
 呆れ半分でそう言えば、言われるまで忘れていた事を持ち出して朔羅は笑う。
 滅多に女らしいことをしないの少女らしい一面を見て安心しているのかもしれない。


 朔羅は部屋の隅で寝っ転がるの側へ行き、そっと人形を置く。
 気配を察したのだろうか。寝顔に眉を寄せて、の腕が床を這う。
 彷徨う腕が何度か空振り、やっと人形を抱きしめた。
 途端、さっきまでのしかめ面が嘘のように頬が緩み、再び深い眠りへと落ちてゆく。
 抱きしめられた人形の表情も、どこか安堵したかのように穏やかだ。
 その様子をずっと見つめていた朔羅が、ふいに花のような微笑みを零した。の締まり無い口から零れるよだれをハンカチでぬぐい取ってやる間も笑みは消えない。
 に向けた視線はどこまでも深い慈愛に満ちていた。


 ほほえましい姿だ。
 まるで一枚の絵画を見ているかのように様になっている。
 朔羅の幸福そうな姿を見ていると、MAKUBEXもなんだか心の中がほんわりと暖まってきた。
 疲れが温もりの中にとけて消えてゆく。
 MAKUBEXは二人を見つめたまま、吐息をついた。





 ――――平和だ。





 世間一般がどうであれ、MAKUBEXの周囲は今日も平和だ。
 どうかこの平和がいつまでも続くようにと願いながら――――MAKUBEXも小さく微笑んだ。

あとがき

世界的に見たら平和じゃなくても、局地的に見れば結構幸せなんだよ。
あと、やっぱり主人公が自分の物欲に正直すぎる。
(例・死にかけてんのにテレビ拾ってくる)
そんな感じで強引に終了。
長々とお付き合いくださり、誠にありがとうございました

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