Hunt out
−2−
少女は、小柄な体躯に見合うように、はしっこかった。 つかず、離れず。男たちと少女の距離は一向に変わらない。 時折、肩越しに注がれる目線だけの嘲笑が、男たちをさらに躍起にさせる。 離れることなく、さりとて捕らえることなく、追いかけっこは続く。 いい加減、足が棒になり始めた頃、少女は突然立ち止まった。 鬼ごっこの終着点は、見たこともないほど広いホールだった。 何もかもが真っ白な空間に、プラネタリウムのように丸い天井。 男たちと少女以外、モノが無い。 使用意図のわからない空間に放り出され、男たちは戸惑った。 しかし、すぐに当初の目的――――少女に気がつき、顔をゆがめる。 部屋にはいくつかのドアがあるが、いずれも獲物から離れている。 少女はとうとう観念したのか、ただ無感情に男たちを見つめていた。 「やぁっと追い詰めた……」 太いサバイバルナイフを手にした仲間が、舌なめずりしそうな声で笑う。 「どんなオシオキしてあげようかなぁ?」 「じわじわと嬲り殺してやんよ……」 「この床中、テメェのハラワタで真っ赤に染めてやらぁッ!」 男たちの愉悦の声が重なる。 だがしかし。少女は泣き出すどころか、登場した時と同じ様にケタケタと、笑い声を上げた。 部屋中の空間を振るわせんばかりの笑い声に、しかし男たちは動じなかった。死の恐怖に耐え切れず、気の狂った人間を、何度も見てきたからだ。 だが、今回は様子が違った。 少女は、はっきりと意思の見て取れる眼を向け、高圧的に言い切った。 「おばぁかさぁん。追い詰められたのはアンタ達のほうよ」 「なッ!?」 とっさに雑言を吐きかけた男は、方々から聞こえる雪崩のような音に、声を詰まらせた。 何事かと辺りを見回した、刹那。 部屋のあちこちのドアから、人の雪崩が押し寄せてきた。 いずれも物騒な顔つきと得物付きで、たちまち部屋の中は犯罪者の展覧会と化す。 戸惑いで誰も動けない中、イモを洗うかのような混雑から三人の青年が群を掻き分け少女に近づいた。 少女は、青年たちをどこか得意げな顔で迎えた。 「笑師さんたち、ギリギリー。アタシ、一番乗り!」 「なに言うてんねん。人数やったらワイが一番やで!お前なんぞたったの六人やないかい」 自慢げな少女と張り合うように、自分の連れてきた男たちを指差す、ポニーテールの男。 それを、サングラスをかけた堅物そうな男が咎めた。 「。笑師。これは勝負ではないんだぞ。遊び気分ならば帰れ」 「いいじゃない、十兵衛。君は堅すぎるよ」 クスクスと笑いながら、ホスト風の男がサングラスの男の肩に手をかける。 はじめに入ってきた男たちは、成り行きについてゆけずただその光景を見つめていた。 そのうち、別の犯罪者面が話し込んでいる先導者たちに向って罵声を浴びせかけた。 「テメェ、いい加減無視すんじゃねぇ!だいたい、追い詰められてる自分の立場が分かってねぇのか!?」 「追い詰める?」 罵声に気がついたらしい少女が、ほかの三人をかき分け、一歩前に出る。 そして、馬鹿にしきった様に鼻で笑うと、 「冗談。立場を分かってないのはそっち。……そう。アンタ達は喩えるなら袋のネズミ。飛んで火にいる夏の牛!!」 『"牛"じゃなくって、"虫"だよ。』 突然呆れた声が得意げな少女の声に割り込んだ。 声がしたのは目の前の四人からでもなければ、ざわめく犯罪者群でもない。 あえて言うならば、"天井から"響いた。 『こんにちわ』 唐突に、先導者たちの背後の壁に、巨大な少年の顔が現れた。 何かから映像によって映し出されている少年の顔を、その場にいた殆どの人間が知っていた。 誰かの呟きが誰かの疑問に反響し、空気を振るわせる。 "帝王……" "ありゃあ、MAKUBEXだ" "VOLTSのリーダーがなんで……ッ!" ざわめきが空間を揺らし、その場にいた男たちの動揺を煽る。 それに気がついているのか、あるいは内部の様子まではわからないのか、少年―MAKUBEXは話を続ける。 『はじめましての人も多いかな?僕はVOLTSのリーダーMAKUBEX。そして、キミ達が殺そうと躍起になっている男でもある』 映像の中の少年はくすりと笑った。 冷ややかなそれは、いくつも修羅場を潜り抜けてきた男達の背を、いともたやすくざわめかせた。 ロウア―タウンの支配者。少年帝王。無限城の申し子。 さまざまなあざなを持つ少年は、かつて雷帝の去ったVOLTSの後釜に座り、その圧倒的戦力を用いて恐怖によりロウアータウンを支配していた。 だがそれも過去の話。現在もロウアータウンの実質的『主』の座にはいるが、その立場は『帝王』と言うより『村長』に近い。 だが、昔の悪行はいまだ根深く住人たちの間に刷り込まれ、MAKUBEXに――――そして彼の率いるVOLTSに反発するものも多い。 しかし、実際はその理由を隠れ蓑や言い訳に使う者の方が多かった。 どうも、今回ここに集められたのはそういった『ハグレ者達』らしい。 『さて、今日ここに君たちを招待したのは他でもない。最近"反VOLTS"を掲げ、それを楯にロウアータウンの住人への恐喝、暴行など、正直目に余る行為が増えているらしくてね』 それが、何だというんだ。 群の中からそんな声が飛び交った。 元々無限城とは、法治国家にあって法からは逸脱した別天地。犯罪者にとっていわば壺中天。 VOLTSとて、今まで歩んできた道はけして誇れるほど清廉潔白なものではない。 それを棚に上げて何を……と、犯罪者集団は反発した。 しかし、今にも圧縮された空気が爆発するように青年たちへ向っていきそうな集団を、動じもせずMAKUBEXは殊更穏やかな声で宥めた。 『確かに。確かに、いまさら正義を騙るつもりは毛頭ない。しかし、我々のために争いを忘れて過ごす人々の平穏が破られるのは非常に心苦しい。ゆえに、我々VOLTSは打開策を設けた』 壁に映し出された少年の眼が、三日月のように細まる。 いつの間にか、集団はMAKUBEXの言葉に聞き入っていた。 『VOLTSに従う人間を潰してゆけば、少しずつだがVOLTSにダメージを蓄積する事が出来る。それが大まかな君達の考えらしいが――――どうせならもっと効率よく話を進めないか?』 MAKUBEXの声に応じるように、集団をこのドームに導いた青年達が一歩。前に出る。 『君達を迎えに行った彼らは、一名を除いて我々VOLTSの幹部。いわば牙城だ。彼らを斃せば、我々の戦力は著しく低下する事だろう。つまり――――』 それまですべらかに言葉を紡いでいたMAKUBEXだったが、唐突に言葉を切った。 映像の映し出されていた壁には、数発の弾丸が埋め込まれ、ヒビいってしまっている。 顔に亀裂を走らせたまま、MAKUBEXは笑った。 『――――どうも、せっかちな人がいるみたいだね』 「ゴチャゴチャうるせぇんだよ……」 天井に響く銃声が文字通り引き金となり、部屋の中の殺気のボルテージは上がってゆく。 『……十兵衛。笑師。鏡君。とくに、』 今にも破裂しそうな殺気に止めを刺したのは、消える瞬間のMAKUBEXの一言だった。 『――――手加減はしてあげなよ』 溜息混じりの声が消え入るか否かの合間に、部屋は怒号に塗りつぶされた。 |
あとがき
ものすごく中途半端に終了。 本当はバトルシーンと主人公のVOLTSにおける位置が書きたくて書き出した話ですが、だらだら長くなるばかりで肝心なことがちっとも書けません(泣) このままダラダラ続いてゆくくらいなら、いっそこの辺で切ってしまおうかなぁと。 あと、お蔵入りするにはちょっと勿体ないのでUp。 いつかリメイクしたいです。 |