Hunt out
−1−

時は戦国。
世は乱世――――から、数百年後。
全国的に大なり小なりの違いはあるが平和な現代。
もはや命を懸けた陣取り合戦など、映画かテレビの中の話。
そう思うのも無理はない。
だがしかし、人間が存在する限り、争いがなくならない事もまた事実。
――――極東の島国、日本。その首都の一角では、今日もまたるかられるかの争いが続いていた……。
























蜘蛛の巣のように張り巡らされた、狭い路地裏。
小柄な獲物達は、少し腕を伸ばすとたやすく男の腕に捕らえられた。
「ったく、テマぁかけさせやがって……」
忌々しげに舌を打つ男。
「よくゆーぜ。半分追っかけンの楽しんでたじゃねぇか」
仲間たちは、一様にゲラゲラ笑いながら囃す。
子供たちは、笑い声から逃れるように体を硬くした。
「さってと。んで、こいつらどーすんの」
「あー。目ェ合わせたら逃げたんで追っかけたけど……しょーじきどーするよ」
「こんぐらいのガキじゃ、ヤれねぇしな」
「とりあえず、金目のモンとってからバラそうや。俺、新しく買ったナイフの切れ味試したいしさぁ」
クスリでもやっているのか。濁った目の男が、嬉しそうに手の中のナイフを弄んだ。
「女のコは売っちゃおうよ。こーいうの好きなオヤジにアタシ、ツテあっからさぁ」
ケタケタと脱色した頭を揺らしながら、一人の女が縮こまる幼い少女の頬を突付く。
歯の根も合わぬほど脅える少女を見て、女はまた甲高い笑い声を上げた。
「おめーら、いまさらながらに変態だなぁ……。ま、いいけどよ」
最初に子供を捉えた男は、冷めた目つきで仲間たちを見やると、獲物の細い首に手を掛けた。
「カワイソーだから、一気にキュってやっちゃえー」
「んじゃ、こっちのコはじっくりやろーヨ。あ、それとも、カエルみたく生きたまんま解剖してみる?」
けらけらと囃す声が高くなる。
すると突然、それを割りいるように、どこからか笑い声がし始めた。
路地裏に反響するそれは、近づいているのか段々と大きくなってきている。
さすがに気がついた男たちは、声の主を探そうと獲物を絞めようとしていた手を緩めた。
「なんだ、コレ……」
さっきから聞こえる笑い声を文字に直すなら、「をーほっほっほっほ」
世界中のどんな言語にも当てはまらない上、通常の人間の声域ならば、まず表現不可能な声である。
あるいはコレは、かつて失われた民族の言葉なのだろうか?
「どこだ!つか、誰だよ!!」
子供の首から完全に手を放し、男たちは不可解な笑い声を手繰ろうと辺りを見回す。
男たちの怒声をかき消さんばかりに、声はさらに高らかに、得意げになってゆく。
すると、笑い声がしたのと同じくらい唐突に、男たちの目の前に一人の少女が現れた。
夕日色の短い髪に、小柄な体格。体のあちこちには絆創膏が張られている。
珊瑚のように朱い目は、嘲笑に細まっていた。
アニメか、さもなくば漫画でしか見かけないような三次元的高笑いを発する少女は、唖然とするこちらを尻目にひとしきり笑い終えると――――激しくムセた。
グェッホ、ゲェッホ!ガフォ……!や、やっぱりこれムリ……。あ、アニメでやってて面白そうだからまねしてみたけど、むり。つか、これ人間の出す声じゃないよ……。なにコレ、やっべ。は、吐グ……。グゲボッ!
体をくの字に折り曲げ、激しく咳き込む少女。それを呆然と見つめる男たち。
正気づいたのは、男たちのほうが早かった。
「テ、テメェ、なにもんだ!?」
声が上ずるのは、得体の知れないモノに対する気後れからだ。
男の声に反応するように、仲間たちもそれぞれ得物を手にしたり、いつでも飛びかかれるよう体勢を整える。
対する少女は、やっと咳き込み終えると、男たちを胡乱げに見つめた。
そして。
「アンタ達、ばぁか?」
口角のよだれを拭いながら、そうのたまった。
「あー、ヤダヤダ。自分より弱い人間しか相手に出来ない人間って悲しいわよねー。哀れよねー。滑稽よねー。しかもその弱い人間の対象が自分より遥かに年下ってあたり、悲壮感漂いまくりでアワレー。それともなぁに?いい年こいといて鬼ごっこ?オジサンオバサンがよってたかってお子様相手に必死すぎ。童心返りすぎ。視界の暴力。見てて物理的にイタイ。そんなのが似合うのは保育士かお父さんお母さんくらいヨ。まったく、世間全般的に役に立たないなァ。しょーじきアンタ達よりもバクテリアの方が役立つわよ。この、劣悪甲殻類がッ!
息継ぎもせず一気に言い終えた少女は、フゥと一息つく。
と、固まったままのこちらを見て、今度は心配そうにうろたえた。
「ヤダ。ニホンザルにも分かるように懇切丁寧しっかりと解説してあげたつもりなのに……。ゴメンね。さすがのアタシも、ダニの言葉まではわかンない
その言葉に、仲間の一人はとうとうキレた。
「テメェ、俺らバカにしてんのかッ!?」
「まさかァっ!」
少女は慌てたように手を振る。そして一転。ほとんど平らな胸をそびやかし、鼻で笑うと、
「コケにしてるの」
――――それだけでもう十分だった。
もともと血気盛んで短慮な男たちは、一斉に罵声を上げながら少女に飛び掛る。
たやすく捕らわれるかと思った少女は、意外にも弾丸と化した男たちを右へ左へ器用に避けると、路地裏を通り抜け、逃げる。
当然のように、男たちも後ろへ続いた――――。











「――――もう、ったら……」
背後から気配も無く現れた影に、放って置かれた子供たちは、びくりと体を竦ませる。
おずおずと気配の正体を確かめた子供たちは、安堵に頬を緩ませた。
現れた女性は、子供たちの目線まで屈むと、安否を確かめるように優しく彼らを抱き締めた。
「えっと……。朔羅お姉ちゃん。これで、いいの?」
「ええ。ごめんなさいね。あなたたちに怖い思いをさせて……」
まだ震えている子供の言葉に、女性はゆっくり頷き、頭を撫でる。
そして、女性は少女の駆けていった路地を見つめると、
「あんな汚い言葉どこで覚えたのかしら。それに、いくらなんでも正直すぎるわ」
男たちが聞いたら、それこそ泣きそうな事を呟いた。

あとがき

無駄に後編へ続く。

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