Nightsmare Before Christmas.
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「じゅーべえさん、サンタって、なあに?」
あれは数年前の冬のこと。まだ銀次が雷帝であったころのこと。
――――自分の世界には、幸福しかないのだと愚かにも信じていた、無知で幼くて、甘えたがりだった時代の話。
当時のは、眠りにつく前、その日仕入れた疑問を手近な誰かに問うのが習慣だった。
その日、そばにいたのはベルトラインとの攻防で戦えないほどの傷を負っていた十兵衛と、いつ帰るとも知れない銀次たちを待つ朔羅の二人だけだった。
二人は、の質問にまたかと慣れたように笑った。
十兵衛が飛針を手入れしていた手を止め、口を開く。
「"さんた"というのはだな、欧米の慣習で十二月の二十四日。空飛ぶそりに乗りどこからともなく現れ、その日一年良い行いをした子供たちに贈り物を配って回る赤い服を着た老人の事だ。日本にも、やってくる」
「"いい子"にはプレゼントをくれるの?じゃあ、ぎんじさんもさくらさんもじゅーべえさんもアタシも、みんな、みーんな、もらえるネ」
よかったね、と笑うに、十兵衛たちもくすぐったそうに笑った。
しかし、すぐに笑みに細めていた目を丸くして、は次の質問をした。
「なら、ワルい子はどうするの?サンタ、こないの?」
「ふむ。たしか、悪人の元にも"さんた"とやらはやってくると聞くな。ただし、こちらは贈り物を持ってこず、悪人を懲らしめる為にやってくるらしい。丹で塗りたくったかのような真っ赤な顔をして、牙をむき出しにし、角も生え、さらに赤い服の代わりに蓑を着込み、鉈を手に各家を回っては"わるいこはいねがー。わるいこはいねがー"と……」
「十兵衛。それはナマハゲよ」














――――ねぇ、サンタさん。アタシ、この一年いい子でしたよね?
あれから幾年月。
は想像の中のサンタに問いかけた。
そりゃ、ほんのちょっとしたミスで行きつけのお店に借金はしてしまいました。
でも、ちゃんとちょっとずつだけど返しています。どこぞの人間の皮を被った爬虫類みたいに踏み倒してなんていません。
好き嫌いもないです。この間、賞味期限が前世紀の缶詰をうっかり食べたけど、お腹も壊しませんでした。
料理もしてません。二月前、ミルクゼリーを作っていたら、なぜか出来上がったゼリーが自分で動き出し、MAKUBEXに体当たりしてしまったからです。
幸い、MAKUBEXは無傷です。ただ牛乳が飲めなくなって、銀次さんを身長で追い越す計画が暗礁に乗り上げたくらいですみました。
なのに……なのに……。
「――――っ!?」
はもたれかかっていた壁の向こう側から何かの気配を感じ、とっさに跳ぶ。
振り返った目が、信じられない光景を映した。
壁が――――バズーカでぶっ飛ばされても壊れそうにない分厚い壁が、まるで豆腐のようにやすやすと切り刻まれ、ちょうど人一人入れるほどの穴が開く。
穴の向こう、暗闇から長身に黒衣を身に纏った男が現れた。
男は肩に積もった埃を軽く払うと、に視線を向け、微笑んだ。
「休憩は終わりましたか?クン」
は無意識に手の中の小箱を握り締める。
男は一歩。瓦礫の山に足を踏み出した。
「終わったのなら結構。――――鬼ごっこを再開しましょうか」
――――笑みを深くした死神の手にメスが現れたのを見て、は悲鳴も上げずに逃げ出した。

















が最初にこの仕事を聞いたとき、なんて単純で、そしてなんて胡散臭い話だろうと思った。
奪り還す品は、以前亡くなった有名な作曲家が遺した未発表の楽譜。
依頼人は作曲家の愛人。誕生日プレゼントとして贈られるはずだった楽譜を本妻に横取りされ、奪還を決意したらしい。
仲介屋に肩を抱かれ身も世も無く泣きじゃくっていた依頼人の姿は、たしかに同情を寄せるに相応しい儚さが漂っていた。だが対面していたは何の感慨も浮かばなかった。
彼女を囲っていた作曲家は、そういった世界に疎いでも知っているほど有名な人間だった。
愛人の今の生活のランクも、指に付けたダイヤの巨大さで容易に知れた。前払いで渡された依頼料だって、仲介料を差し引いても目が飛び出る額だ。
なにせゼロが二つ多いんじゃないかと、その場で真剣に問いただしてしまったほど。
だからこそ、胡散臭い。
それほどの金があるなら、もっと高名で腕のたつ人間に依頼すればいい。
なにもこんな、場末で燻っている小娘に頼む事は無いではないか。
思ったが、はそれを口にせず渡された小切手を手にした。
金の魔力は諸々の「嫌な予感」を払拭させるのに余りあるほどの力を持っていた。
細かい打ち合わせを何度も繰り返し、やってきた決行の日。
屋敷の間取り。依頼品の場所。見張りの数。その強さ。
どれもこれも依頼人がもってきた情報と寸分違わぬものだった。
――――ある一点を除いては。

あとがき

はじめに申し上げておきますが、管理人は某夢の国とは関係ありません(当然です)
タイトルを拝借した映画も見たことありません。
そして、無駄に長くて前後に分ける事となりました。
諸々の“ごめんなさい”を詰め込んで、後半に続きます。

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