世界冥作劇場
:あかずきんちゃん:
後編
「――――ッ汗くらい、汗くらい自分で拭けるからー!!」 「いやいやいやいや、遠慮すんなよ、ひーちゃん! 俺たち親友だろ!」 「親友」という言葉はいったいいつから「災難」と同義語になってしまったのでしょうか。 いつもだったら照れくささから頷くことも返事をすることも出来ない「親友」という言葉が、今は何と禍々しく響くことか。 正直全力で否定したいのですが、ちょっとでも気を抜くとすぐさまひん剥かれそうで油断がなりません。 何せ先ほどの如月と違い、健康体の時でも敵うかどうか微妙な相手。 全力全開、むしろ全壊の勢いで撥ね除けたいのですが何度も言うように今の龍麻は病み上がり。 普段のパワーの五分の一も出せません。 おかげでこのバトルは如月の時よりも早い段階で決着を見そうです。 予想通りあっという間に追い詰められた龍麻は、両手を床に縫い付けられてしまいました。 歯を食いしばりどうにかどけようとしますが、全く京一の姿が揺らぐことはありません。 「大人しくしてろよ……。痛くはしないから……」 分かりません。汗を拭くのにどうして痛い目を見なければいけないのか全く分かりません。 と言うか痛い目だったら現在進行形で見ています。 龍麻は叫びたいのを必死で堪えさらに抵抗しようとしますが床に縫い付けられた腕はビクともしません。 龍麻は本気で泣きそうになってきました。 獣のような目をした京一の頭が龍麻の胸元に下り、留めてあるボタンを食いちぎろうとします。 首筋に感じる京一の髪の感触に、あぁこれまでかと観念して体の力を抜こうとしました。 瞬間、 「龍神翔――――ッ」 玄関からなだれ込む衝撃。 再び、どこかで感じた気合いと殺気と負の感情諸々が龍麻の上を通過します。 体の重みが無くなったのを確認してから恐る恐る目を開いてみますと、案の定京一の姿は見えなくなっていました。 さらに予想通りというか何というか壁に開いた穴は二つとなり、龍麻の家は相当風も泥棒の通りも良くなっておりました。 ここまで来ればもう次の展開も簡単に予測できます。 「無事かい、龍麻!」 「あぁ、いらっしゃい、壬生。散らかってて悪いな。適当に座っててくれ。今お茶出すから」 まぁ来るだろうなとは思っていました。 そもそも猟師が二人も登場しているのに、 抱き起こそうとしてくれる壬生の申し出をやんわり断って、龍麻は自力で体を起こします。 開かれすぎた壁から吹き込む風の爽やかさに、先ほどまでかいていた脂汗がゆっくりとひいてゆきました。 壁の向こうから聞こえるうめき声が二人に増えています。 ――――いったいこれ、誰が直すんだろう。俺か。やっぱり俺か。自分の風邪が治ったと思ったら今度は自分の家を直さなきゃいけないのか。 なんということでしょう。匠も真似できないような大胆リフォームによって生まれ変わった我が家の姿に一瞬遠い目をする龍麻。 とにかくこのままでは泥棒と雨風無制限ウェルカムなので、ブルーシートか何かで目張りをしておいた方がいいな、と補修のため立ち上がろうとする龍麻の腕を、何者かが引っ張ります。 引っ張られた方向に視線を向けると、そこには思案顔の壬生がいました。 いつもは冷静沈着が服を着て歩いているかのような壬生の珍しい表情に、龍麻は思わず目を見張ります。 「ど、どうした、壬生……?」 「龍麻、君まだ風邪が治っていないんじゃないか?」 返ってきた壬生の心配そうな言葉に、龍麻ははてなマークを飛ばしながら首を捻ります。 風邪は数日前とっくに治りきっていました。熱も、咳も、鼻水ももうちゃんと止まっているのです。 どうしてそう思った? と訊けば、壬生は相変わらず眉根を不安げに寄せて、 「だって、すごく脂汗を掻いてるじゃないか」 ――――それはついさっきまで如月とバックバージンを賭けてプロレスごっこをしていたせいだよ。 「それに顔色だってひどく青い」 ――――それはついさっきまで京一とストリップを賭けてプロレスごっこをしていたせいだよ。 脳内で一つ一つ丁寧に答えてゆきますが、現実では龍麻の口は貝の口。 さすがに、正直に答えるにはどうしようもなく情けなくてあり得ない理由ばかりだったからです。 とにかく当たり障りのない言い訳を並べて、心配するなと諭す龍麻でしたが、壬生は納得していない様子。 肩に手を置き、こちらをまっすぐ見つめる壬生の瞳は真剣そのものでした。 「龍麻、やっぱりもう一日くらいゆっくり安静にしておいた方がいいよ。油断してこじらせたりしたら大変だからね」 何とも友情味あふれる壬生の言葉に、なんだかんだいって、自分はいい友人に恵まれているのだなと鼻の奥がつんと熱くなります。 多分赤くなっているだろう顔を見られぬよう俯き頷いて、龍麻は壬生のいうことをありがたく受けることにしました。 ただ、さすがに壁をこのままには出来ませんから、休むのは補修が終わってからです。 龍麻はまだ不安そうな壬生に向かって口元を緩めると、 「心配掛けて悪いな。今、茶でも入れるから座って待っててくれ」 「いや、君は休んでてくれ。お茶なら僕がいれるよ。あ、そうだ龍麻」 これ、お土産。 そう言って手渡されたバスケットの中には、たんなる風邪のお見舞いとは思えないほど多種多様な品物が詰まっていました。 見る者の心を弾ませる色とりどりの花束。 瑞々しくも美味しそうな果物。 できれば寝込んでいるときに欲しかった缶詰。 退屈凌ぎに良さそうな軽い内容の文庫本。 大量のスポーツドリンク。 白葱。 そして、よく効きそうな座薬――――。 ―――― 某偉人の言葉を思わずもじってしまうくらい、インパクトのあるお土産でした。 まさか一生のうち一日に二回も座薬をお土産にされる日が来るとは、お釈迦様でもご存じないはずです。 と、いうか普通に果物や花だけを差し入れるという発想はないのでしょうか。最後が本気で余計すぎます。 ……"二度あることは三度ある"とは一体誰の言葉なのか。 このまま本日三度目のアームレスリングに発展――――するのかと思いきや、そうは問屋が卸さない。 さすがにこれまでの展開からパターンは予想済みです。 龍麻は素早く壬生から距離を取り、身構えました。 「龍麻……どうしたんだい。そんなに怖い顔をして……」 いや、今のお前ほどじゃないだろう。 理性の仮面の裏にすべてを押し殺した獣のような顔の壬生に向かって内心つっこむ龍麻。 両手を大きく広げているのは何のジェスチャーか。 飛び込めと。この腕の中に飛び込んでこいとでも言うのでしょうか。 そんな腹を空かせた蜘蛛の巣に飛び込むような真似、誰がするものか。 相手の様子をうかがいながら何とかこの場を逃げ出そうと、じりじり後退する龍麻の足。 対して壬生も言いしれぬプレッシャーを滲ませ、着実に近づいてきています。 ゆっくりしながらも隙のない動きは、あたかも獲物を射程内に捕らえた獣のごとき余裕っぷりです。 これまでのように組み敷かれているわけでもないのに、肌に感じる危機感は先の二人を凌駕します。 本調子でない龍麻と、ここぞとばかりに本領発揮の壬生。 ――――ピンチです。あえて言葉にする必要もないくらいに大ピンチです。 多分一歩でも間合いに入られたらそこでアウト。これまでの経験から、その先は想像したくありません。 ――――そして、人間、怖さが募ると力が抜けるようです。 壁の破片に躓いたらしく、思わず尻餅をつく龍麻。 ここぞとばかりに距離を縮めてくる壬生。 何度動け動けと念じてもさっぱり動く様子のない足。 追い詰められ思わず涙目になる龍麻の頭の中を、走馬燈のようにグルグルと恐怖が巡ります。 何で自分がこんな目に会わなければならないんだろう。 つい昨日まで病魔と闘ってようやく解放されたというのに今度はこんな恐怖の包囲網に捕まってしまうだなんて、自分はこれからどうなってしまうのか……って言うか、怖い。 笑顔の壬生、超怖い。怖い。怖い。マジ怖い。 怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……。 (誰か、助けて――――ッ!) ――――そんな龍麻の願いは、いったいどこに届いてしまったのでしょう。 突然禍々しい気を背後に感じたかと思ったら、瞬間、家の中を一直線になぎ払いながら通過して行く水の柱。 家を真っ二つに両断されるというあり得ない光景に、驚きのあまり開いた口がふさがらない龍麻の背後から影が差します。 爽やかな春の風に混じって鼻をくすぐる鉄さびの匂いに、恐る恐る振り返った先に見たもの。 ――――それは、ついさっきまで声だけ残して姿を消していた京一と如月の姿でした。 生きていました。二人とも生きていました。 案の定というか何というか無事とは言えず、頭の先からつま先まで余すところなく朱色に染まり、何となく目の焦点が合っていないゾンビのような姿ではありましたが、とりあえず生きていました。 「……なんだ、君達まだ生きていたのか」 冷たく二人を見据え、身構える壬生。 挑発ともとれるその言葉に片頬を歪めた京一は、手にした血まみれの木刀を壬生に突きつけ、 「へっ。ひーちゃんのピンチに、地獄の底から駆けつけてやったぜぇ。覚悟しろよ、この変態」 「変態はお互い様だろう、君達の場合」 豪語する京一に冷めた目を送って、しなやかな黒髪をしたたる血と一緒にかき上げた如月がため息をつきます。 いや、お前も同列だろう。 そんな龍麻の心のツッコミは当然のごとく届きません。 と、言うか龍麻の姿すら今の三人には見えていないようです。 「油断している獲物を仕留め損ねるなんて、腕利きアサシンの名が泣くね」 「あぁ、全くその通りだよ。反省する。反省して――――今度は確実に息の根を止めよう」 「やれるもんならやってみやがれ。てめぇらごときにやられる京一様と思うなよ……ッ!」 それぞれに獲物を構えて火花を散らす三人。 ――――三対の視線がぶつかりあったのが合図でした。 巻き上がる爆風。 姿を消した三人。 と、同時に目と鼻の先で巻き起こる剣戟の嵐。 何がこの戦いの発端か。と、いうかこいつら一体何のために、何をしに来たんだろう。 そんな疑問さえも目の前で繰り広げられる激戦の前に儚く消えてゆきます。 けれど分からないことだらけの中、たった一つ、たった一つだけ龍麻には分かることがありました。 それは――――、 「誰が勝っても、俺、ろくな目に会わへんねんやろな……」 抜けた腰のせいで逃げることもままならず、龍麻は繰り広げられる争いをただ見守りながらぽつりと呟きました。 ……そして、いい加減攻撃の余波で龍麻の家が廃屋へと変貌する頃、争い止んだその場には、壬生達三人が、まるで赤いずきんでも被っているかのような血まみれっぷりで倒れ臥していたそうです。 とっぴんぱらりのぷう。 |
あとがき
トンチキ改変お伽噺これにて終了。
最後まで姿を見せない狼さんと龍麻おばあさん、どっちの方が不憫なんでしょうね?
ちなみに狼さんの配役は劉でしたが、登場したが最期凄惨な末路を迎えること必至だったのでやめました。
相変わらずオチが弱くて申し訳ないです。