*お読みになる前に注意事項*
この物語はあなたの中にある「あかずきんちゃん」及び「東京魔人學園剣風帖」を大幅にぶちこわす危険性がございます。
具体的に言うと、
壬生・如月・京一が登場しますが、みんな性格が壊れています。
全てを承知で読まれる方はこのままスクロール。
それ以外の方は"戻る"ボタンなどでお戻りください。
世界冥作劇場
:あかずきんちゃん:
前編
ろんぐ、ろんぐ、たいむあごー。 日本語で訳すと、昔々。 あるところにあかずきんちゃんと呼ばれる少年がおりました。 ……少年です。少女ではありません。 ここに出てくる「あかずきんちゃん」は少年なのです。そう言うことです。 もしも「どこかで似たような話を聞いたなぁ」と思ってもそれは他人のそら似です。気のせいです。デジャブです。 世界に同じ顔の人は三人いると言いますから、たぶんそれの四人目(補欠)です。 どうぞお気になさらず、先に進んでください。 あかずきんちゃん――――本名壬生紅葉は大変優秀な"アサシン"でした。 アサシンとは言ってみれば猟師の親戚のようなものです。 もっとも、狩るのは獣ではなく、獣のような人間という違いがありましたが、同じ哺乳類です。些細な差なので気にしないことにしましょう。 壬生はとっても仕事熱心なアサシンで、昼夜を問わずいろんな人を狩っていたため、そのうち身につけた衣服が血で真っ赤に汚れ、色が落ちなくなってしまいました。 そのため、いつしかその姿を見たターゲットやその関係者から"あかずきん"と呼ばれるようになったのです。 そんな平和なある日のこと。 あかずきんちゃん=壬生――面倒なので壬生で統一しましょう――は、お母さん……代わりのおじさんに言われ、大好きなおばあさんの所へお見舞いに出かけることになりました。 おばあさんは数日前から風邪をこじらせ寝込んでいたのですが、可哀想なことに一人暮しのため看病してくれる人が誰もいないのです。 本当なら、おばあさんが風邪をひいたと言う話は数日前から耳に入っていました。 聞いた瞬間、家中にある風邪薬(座薬込む)や着替え、食料などを持って看病に行きたかったのですが、あいにく仕事があったためそれは叶いませんでした。 壬生は真面目なアサシンだったので、お母さん……代わりのおじさんの言いつけをきちんと守り、先に決まっていたお仕事の方を優先することにしました。 ですがそのため壬生の機嫌はすこぶる悪く、仕事の時ちょっぴりターゲットに八つ当たりをしてしまいました。 ――――おかげで仕事を終えたとき、部屋に散らばった肉片を掃除するのに壬生のお仲間は大変苦労したそうです。 しかもその光景のあんまりなスプラッター&グロテスク具合に そんな他者の人生をねじ曲げたことなどつゆ知らず、壬生は手土産を持っておばあさんがいる森の奥へと向かいました。 脇に名も知らぬ花咲き誇る小道を、足取りも軽やかに壬生はおばあさんの家を目指します。 なにせ数週間ぶりに大好きなおばあさんの元へ行けるのですから、ご機嫌です。 すこぶるご機嫌です。 気持ち悪いくらいご機嫌です。 と、言うか気持ち悪いです。 鼻歌うたいながらスキップするアサシンなど余所ではみれません。不自然なくらいにレアな光景です。 おかげで木陰から出番を伺っていた狼さんは出るに出られなくなっていました。 本当でしたらわざとらしくにこやかに 本来ならば人に恐れられる存在であるはずの狼すら戦かせる壬生のご機嫌っぷり。 これを読んでいる皆さんもここまでのお話からぜひその姿を想像してみてください。 ――――その結果、血まみれで破顔スキップする高校生アサシンに追いかけられる夢を見た場合は三日以内に同じ話を十人のお友達に話してください。 約束です。 恐ろしい目に遭いたくなかったらきちんと守ってください。 ――――まあ、そんな与太話はさておいて。 結局、狼さんは物語に介入できず涙乍らにおぞましく上機嫌な壬生の後ろ姿を見送る事となりました。 敗者の後ろ姿というものはかくも哀れなものなのでしょうか。 さて、そんな不気味物体が刻一刻と近づいているなどと露とも知らぬおばあさん宅では――――。 「ふん……ぬううぅっ」 おばあさんと猟師さんがプロレスごっこの真っ最中でした。 ベッドをリングに見立ててのごっこ遊びは、現在おばあさんが劣勢です。 伸し掛かる猟師さんを何とか撥ね除けようと必死ですが、なにせおばあさんは病み上がり。 いつもだったら撥ね除け関節を決めついでに家の外まで放り投げるだけの事は出来るのですが、今はそこまでの体力がありませんでした。 病人――――そう、特に一人暮しの病人ほど哀れなものはありません。 生活範囲はほぼベッド上のみ。 病気故に普通の食事は喉を通らないのですが「お腹すいたでしょう? これ作ったんだけど……。あ、このままじゃ食べづらいよね。じゃあ、はい、あーん」と心優しくおかゆを食べさせてくれるあの子や、もしくは「良かったらこれ恵んであげるわよ。べ、別にアンタのために作った訳じゃないんだからね! た、たまたま作りすぎただけなんだから!」と絆創膏だらけの手でうどんを手渡してくれるこの子が来てくれるわけもなく食事はもっぱら簡単にできるカップラーメン。 気がついたら食料も薬も底をつき、世の無常に嘆き震えながら布団と自分の皮脂の匂いに包まるしかないと言う非常に哀れというか惨めというか可哀想というか情けないというか悲しいというかもういっそこの瞬間世界が滅べばいいのにと言うほどネガティブなものなのです。 水一杯飲むのに何でこんな苦労しなきゃいけないんだとさらにどん底にハマるまさに出口の見えぬ無限ループ。さしずめメビウスの輪。クラインの壺。 アリアドネの糸玉を持ってしてもこの迷宮から脱することは容易ではありません。 そんな負の連鎖から心身ともに立ち直ったのがつい昨日のこと。 で、あるにもかかわらず、おばあさんは待たしてもどん底へずんどこ陥れられようとしておりました。 ……目の前の、猟師さんのせいで。 「俺、もう、風邪、直ったんだけどおおおおおぉぉぉっ!」 渾身の力を込めておばあさんこと――この場合おばあさんというのは役職みたいなもので、実際彼は青年です――龍麻は叫び猟師さんを撥ね除けようとします。 対する猟師さんもその柳のようにほっそりした肢体のどこにこんな力があるのでしょう。 さしずめ象か万力のごとき力を持ってしておばあさんを組み伏せようとします。 その攻防の激しさは、互いに組み合った手と手がぎしぎしと音を立てるほどです。 「龍麻、僕は君を心配しているんだよ」 組み合わせた手を軋ませ、猟師さん――如月――は苦しそうに眉根を寄せます。 雨に濡れる海棠のようにどこか儚げな表情は見るものの胸を締め付ける色香に満ちておりました。 「ただの風邪と侮ってはいけないよ。最近のは質が悪いんだ」 薄桃色の唇からこぼれ落ちるため息は、あたかも天女の吐息のごとき馨しさを持って龍麻の鼻先をくすぐります。 微かに震える声が、まるで泣いているかのようでした。 心配している様子がありありと伝わってくる痛ましい姿ですが、龍麻は如月を払いのけようとする腕の力を緩めることはしませんでした。 原因は、如月が持ってきた"お土産"にありました。 「――――っせやから普通の薬飲む言うてるやん! 何やねん、それ!?」 「無論、君に使うための座薬だよ! さあ龍麻、大人しくズボンを脱いでくれッ!」 猟師が狼に進化しました。 ……台無しです。 コイ○ングがギャラ○スに進化すると知った時以上の仰天サプライズ。 墓の下のダーウィンも度肝を抜かれる進化――もしくは退化――っぷりです。 今までさんざん"雨に濡れる海棠"だの"天女の吐息"だの言ってきたのが全部パーになるくらいの破壊力です。 さっきから顔が赤かったり息が荒かったりするのはプロレスごっこだけのせいではないかもしれません。 最悪です。 龍麻より先に如月の方がお医者様にかかる必要があります。 その場合は多分黄色い救急車につれられ、窓格子のついた部屋でロング・バケーションと相成るでしょうが、そうなった方が龍麻にとってはいいのかも知れません。精神的にも身辺的にも貞操的にも。 もっとも、龍麻であれ如月であれ、お医者様にかかるにはこのプロレスごっこをとっとと終わらせる必要があります。 そして、終わりはすぐそこまで見えていました。 「く、うぅぅ……」 やはり病み上がりの身で貞操を賭けたプロレスごっこは荷が重すぎたようです。 突っぱねていた龍麻の腕が、徐々に力を失いはじめました。 「龍麻……、いい加減観念してくれ……」 悩ましげな如月の顔が、本当にすぐそこまでやってきています。 噛みしめた唇の上に感じる如月の吐息は、やけに熱っぽく湿っていました。 このままではありさんよろしくおでことおでこが……と言うか、おでこより先に唇と唇がごっつんこしてしまいそうです。 ピンチです。 なんだかもう、風邪で寝込んだときよりも今の状況の方が、本気で泣きそうなくらいピンチです。 風邪の汽車に乗って世の無常という名のトンネルを抜けた先にあったのは雪国ではなく唇とバックバージンの危機だなんて、神様はつくづく自分がお嫌いらしい。いいだろう、そんなにお嫌いならこっちだって嫌いになってやる。ひとまず、神社で賽銭を入れるとき、賽銭箱にはお金じゃなくってカレーせんべいつっこんでやるとはんばやけ気味に心に決めた――――その隙をつき、如月がさらに体重を掛けてきました。 もう如月と龍麻との間にはサンドウィッチ用パンくらいの隙間しかありません。 あぁ、まさかファーストキスが男とだなんてと、観念して目を閉じた、その時。 「奥義、円空旋ッ――――!」 ――――それはもう、ものすごい衝撃でした。 とんでもなく気合いと殺意と負の感情諸々の詰め込まれた声と一緒に体が床へとなぎ倒されたのです。 一体何事か。 痛む肩と腕に、それまで固く閉じていた目を開いてみるとその先にはバックバージンを賭けて組み合いをしていた如月の姿はありません。 ――――あるのは、壁にあいた大穴となにやら削れて地肌の見えた土埃上がる地面、そしてなぎ倒された木々くらいでした。 何がどうでこうなったのか、呆然と遅れてやってきた手と肩の痺れも忘れてずいぶん見通しの良くなった壁を見つめる龍麻の体を、誰かが力強く抱き起こしてくれます。 「大丈夫か、ひーちゃん!?」 そこにいたのは猟師で友人の蓬莱寺京一でした。 間近で見る、いつもは自信たっぷりに輝いている焦げ茶の瞳が、涙で潤み色を濃くしています。 「体、平気か。どこも怪我とかしてねぇよな!」 たこのできた硬い掌が、同じく硬い龍麻の手を握りしめます。 やんわりとまるで壊れ物でも扱うかのような優しい握り方は、京一にこんな繊細な点があったのかと驚くくらいです。 龍麻はまだ状況を把握しきれないながらも京一を安心させようと、小さく頷きました。 その返事に、それまで強ばっていた京一の体が大きなため息と共に力を抜きます。 「――――よかった」 同時に、体はふわりと京一の腕の中に収まりました。頭の上から降る安堵しきった声に、ずいぶん心配させたのだと龍麻は今更ながらに思い知ります。 龍麻は申し訳なさと、体勢の恥ずかしさから逃れるため、一体どうしてここに来たのかと話をそらしました。 すると、抱きしめる腕の力はそのままにぼそぼそと拗ねたような口調で、 「ったく、最近姿を見ねぇと思ったら風邪で寝込んでたなんて。だったら連絡しろよ。見舞いくらい来てやっからさぁ……」 「……連絡できるほどの余裕がなかったんだ」 「じゃあ、寝込む前に俺んち来い。一人でいるよりそっちの方がいいだろ」 遠慮するような間柄か、とさらにぶちぶちふて腐れる京一に、何となく微笑ましさを感じた龍麻は京一の胸に顔を隠して小さく笑いました。 友達に心配して貰うというのは、申し訳なくて、それでいて嬉しくて、なんだかとてもくすぐったいものだなぁと、そんなことを考えながら。 頭の上ではまだ説教の途中だとぼやく京一の声。単調ながらも緩やかな声はまるで子守歌のように龍麻の眠気を誘います。 折良く季節は春真っ盛り。 窓から零れる昼下がりの陽光はとても暖かく優しく、等身大に開け放たれた壁からは花と木々の爽やかな香りが風に乗って――――。 あ。如月。 龍麻の脳裏についさっきまで両手アームレスリングをしていた友人の姿がよぎります。 一体彼はどこに行ってしまったのでしょうか。 きょときょとと辺りを見回しますが、目に映るのは眉をひそめた京一と殺風景な部屋と豪快に開けられた壁くらいしか見えません。 と、言うか首を捻って見つめた元壁・現穴の向こうから妙に聞き慣れたうめき声が聞こえていたりするのは気のせいでしょうか。むしろ気のせいであって欲しいです。 「京一、なんか壁……の、穴の向こうからうめき声が聞こえるんだが……」 恐る恐る。確認を取れば、京一は穴の向こうを厳しい目で睨み、 「……ッ。やっぱケチらず"天地無双"くらい使っときゃ良かったか……」 でもそれじゃ如月の野郎だけじゃなく、ひーちゃんにも当たるしなぁ。 ――――なんだか凄く恐ろしいことを言った気がする、この友人。 何というのか、外れて欲しい予想が大当たりな気配に龍麻の顔から一気に血の気が引いてゆきます。 青ざめる龍麻を見て、京一はどう思ったのでしょう。 へにょり、と精悍な眉を下げ、優しい声で京一は、 「ごめんな。手元が狂って、思わず峰打ちになっちまった。今度は、ちゃんと仕留めるから」 "あぁ、良かった。峰打ちなのか" じゃなくて。 "……知らなかった。まさか木刀に峰があるだなんて……" でもなくて。 木刀だろうが真剣だろうが銃だろうが斧だろうが本だろうが石だろうが、壁に大穴開けるくらいの勢いでぶちかましたら、普通に確実に見事に致命傷です。 正直、原型を留めているかどうかもあやしいもの。 しかもこいつ、今"仕留める"とか言いました。 またしても固まる龍麻に、優しい笑顔で京一、 「どうしたんだよ、ひーちゃん、難しい顔して。あんな小さいこと気にしてっと、ハゲるぞ?」 小さくないです。人一人の命はどう考えても小さくないです。 物騒なことをさらりと言ってのける恐ろしい友人に、ますます体中から血の気が引いてゆく龍麻。 青い顔のまま、身を捩って友人の腕から逃れようとしますが、羽のような抱きしめられかたであるにもかかわらず、京一の拘束は解けそうにありません。 どころか、腕の力は苦しくない程度にますます強まり龍麻を戒めます。 そっと肩に埋められた唇から感じる、京一の熱い吐息……。 ――――なんかどこかで似たようなことされたな。 なんて、首を捻るまでもありません。 具体的に言うと、ついさっき。 強制的に壁の向こうへ御退出された如月から、似たような目にあわされました。 積み重なってゆくいやな予感に、龍麻は本格的に京一の腕から逃れようともがきます。 「あああああ、あの、京一。ききききき、如月、はよ助けんとあかんから、あの、ちょっと離し……」 「……ひーちゃん、汗かいてるな」 ――――あぁ、主に如月とお前のおかげでな。 などと言えるわけもないので、龍麻は無難に「そ、そうか……?」と濁して再び逃げようとしますが、なかなか思うとおりにいきません。 どころか、体を戒めていた片手でつぅっと服越しに背中をたどられ、龍麻は思わず潰れた悲鳴を上げました。 「きょきょきょ、京一?」 「汗かいたまんまじゃ、また風邪ひいちまうよな」 自分の方こそ熱に浮かされたような顔で、にっこり微笑む京一。 次の言葉は、何となく予想できますが出来れば外れて欲しいもの――――、 「じゃあ、ひーちゃん。汗拭いてやるから、服脱いでくれ」 ――――そう来ると思ったよ、こんちくしょう。 もう前振りもいらないくらい百発百中です。 カーンと、どこかで高らかにゴングが鳴ります。 ――――今度はストリップを賭けてのアームレスリングスタートです。 |
あとがき
八周年企画作品。
無駄に前後編に分けてみた、その前編。
管理人の脳同様、登場人物の能が腐敗しています
私はもう百回くらいあかずきんちゃんを読み返した方がいい。