注意:本の書き下ろし部分に触れている
雨が降っていた。
葉を叩き、地を濡らす。雨音は少々の物音や匂いをかき消して、レンはそのお陰である程度の距離を空けて森の中を走っていられた。
けれど、血の跡は隠しづらい。
両足は袖を割いて巻いてあるが、腹の怪我が重い。
(参ったな……)
治療しなければそろそろ危ういのではないか。
レンを追う者たちは同族だったが、狩りの加減も知らぬ愚か者ども。だからといってむざむざと殺されるつもりはなかった。
死ねば、悲しんでくれる虎が、少なくとも二匹いる。他の誰も心配したり、悲しんだり憤ったりしなくても、あの二匹だけは悲しませたくなかった。
しかし、現実問題として追っ手は邪魔だ。
(どうしたものかな……)
――森の、奥。
「……?」
ふと、何か聞こえた気がした。立ち止まるわけにはいかないが、何の音、声なのかと耳を澄ませる。
――命が危ないと思ったら。森の奥深くへ逃げなさい。
「……森の、奥……もうだいぶ奥だと思うけど……」
あたりを見回す。少し開けた場所が見えたが、行くのは躊躇した。見つかってしまうのではないかと思ったからだ。
視線を少し上に転じると、大きな木が見えた。樫の木だろうか。
(? なんで樫の木って思ったんだ……?)
虎の目は良いが、ぱっと見ですぐわかるほど、レンは樹木に詳しいわけではない。
戸惑いながら、けれどあそこを目印にして行けばいいのだとわけもなく確信し、樫が見えるほうへと走った。
不意に目が覚めた。
悪夢を見ていたように思う。咄嗟にここがどこなのか、夢なのか現実なのかわからなかった。だが、ハッと、ここが知らない場所ですぐそばに誰かがいることに気付く。
「……ッ?! ……ぅ……」
距離を取ろうとして失敗した。腹と脚の怪我で動けなかったのだ。
だから気配のほうをキッと睨んだ。
「……まだ動かないでください。腹の傷も脚の傷もほぼ塞がっていますが、ダメージは残っていますし、縫い合わせた傷口もようやく付いたばかりなので、考えなしに動けば開きます。内臓も万全ではないでしょう」
「……その角と尾は、龍の者だろう? 何故、オレを……」
最後まで言い切れず、口が止まる。
知っている気がする。
そんなはずはない。この男は龍だ。特徴的な角と耳がそれを教えてくれている。レンに龍の知り合いはいない。だから初対面のハズだ。
男は、レンをこの場所へ連れ込んだ理由を教えてくれる。
「あなたに怪我を負わせたのはあなたの同族でしょうが、あなたが逃げてきた先が、たまたま龍神族である私の縄張りだった。縄張りを荒らされたままにしておけないので、破落戸を追い払ったら気絶したあなたが残された。軽傷ならともかく、命に関わるような怪我をしているのは、そのままにしておけませんから……手当をしました」
「……なるほど?」
それなら、森の奥にあったのは龍神族の領土で、この男の縄張りだったということか。
けれど、何故あの声は森の奥深くへ行くように言ったのか。声の主は森の奥深くにあるのが、この龍の縄張りだとは知らなかったのか?
そしてこの龍は、見知らぬ他神族を親切心で治療したということか。
「薬は実験と実践を繰り返しているので、街で買えるものよりは効果があると思います。あなたをここに運んで三日になりますが、この短期間で傷が塞がる程度までには回復できたのも、半分は薬のおかげです。あとの半分は、あなたの生命力ですね。……薬が虎にも効果があったようで、良かった」
ホッとした表情は、本当にこの龍が虎である自分の体を心配してくれたのだとわかる。虎ですら心配などしない自分に、初対面の龍が。不思議な感覚だが、嫌ではない。初対面のはずなのに、妙に既視感があるせいかもしれない。
とはいえ、何かの計算があってレンを保護した可能性はある。
龍が腹の怪我に薬を塗った布を宛て、巻いてくれる気配におとなしくする。けれどどうしたって警戒はしてしまうものだ。
何か、あるのではないか。
レンの周りの虎たちは、常に『何かあった』。だいたいは害意だ。だから警戒は条件反射のようなもの。
ふと、男が笑った。
「……そんなに警戒しなくても、取って食べたりなんてしませんよ。動かせば傷が開くのはわかっていますから……また命に関わってもいけませんし」
では、この男は本当にレンの体を、怪我を心配してくれているのか。戸惑いつつも「悪い龍ではない」と結論付け、治療はおとなしく受けることにした。
手当は、相当慣れているのだろう。手際がいい。包帯の巻き方もキツすぎず緩すぎず、絶妙な加減だ。医者なのだろうかと思ったが、そんな雰囲気の部屋ではない。
さらに驚かされたことに、男は食事まで用意してくれるという。怪我人に甘い男なのだろうか。それとも怪我をしているから、他神族の者でも優しくしてくれるのか、甘く見ているのか。
男が厨房へ行っている間、そっと起き出してみる。裸足だったが、構うまい。
窓辺へ寄れば、昼の刻限らしい。太陽が高い位置にあり、木々の隙間から差し込む陽の光、どこからともなく聞こえる鳥のさえずりが平和を象徴しているように思えた。平和なんて、何年も味わったことがない。信じられなかった。ここにはレンを傷付ける虎はいない。それだけで呼吸がしやすい気がする。
食事になって、ようやく互いの名前を名乗り合った。トキヤ、と彼が名乗った名前を口の中で反芻する。どこか、懐かしい響き。
食べさせてもらった食事は、香辛料の味はあまりなく物足りない気がしたが、味自体は良かった。特に饅頭と、キノコや根菜を混ぜ込んで炊いた米、鶏肉と豆と芋と大根を煮たものは美味かったと思う。トキヤは薬が入っていると言っていたが、あんなに美味しい薬なら大歓迎だ。――その後に飲んだどろどろの薬はなんとも言いがたい味をしていたが。
薬は趣味で作っていると言っていた。変わった趣味だと思う。少なくとも薬の調合を趣味にする虎はいないだろう。
「ずいぶん世話になってしまったね」
トキヤの家を出る時、なかなか思い切れなかった。街に戻りたくないという気持ちが強かったし、トキヤの家は安心できて、落ち着いた。
自分を傷付けてくるような輩がいる街に、居場所がない街に、好んで戻りたいと思う者もいないだろう。
けれど、戻らなくてはならない。いつまでもここにいられないから。もし虎を家に置いたことでトキヤが罰せられることがあるなら、虎がいるとバレる前に帰るのが得策だ。
帰りたくはない、けれど。
「半分くらいは、あなたの体が丈夫だったお陰ですよ」
「そうだとしても、残り半分はトキヤのお陰だろう?」
ありがとうと言えば、トキヤははにかむ。その顔はかわいいなと思った。
「元気でいてください。……また、が無いことを祈りますが……」
「そればっかりは、オレの一存じゃどうしようもできないからね」
苦く笑むと手を振る。
「また会えたら、治療をよろしくね」
「治療はいいですが、怪我を負っている前提なのはどうかと思いますよ。街に戻っても、できれば野菜も食べてくださいね」
「できるだけ、ね」
ウインクを返し、背を向けると街へ戻る方向へ走る。
あのまま話していたら、……泣いてしまったかもしれない。子虎でもあるまいに。思っても、戻りたくない場所へ戻るのが苦痛だった。
怪我をしていれば、トキヤのところにいてもいい理由になるのではないだろうか。
そんな馬鹿なことを考えて、たまにわざと怪我を負った。レンを傷付けようとする馬鹿どもは相変わらず馬鹿だから、レンがどこへどう逃げようとしているのか知りもしないで追いかけてくる。道を変えて同じ場所を目指しても、奴らはレンしか見ていないらしく、気が付かない。
そうしてレンが向かった先があの龍の縄張りだと気付けば、怯んで帰って行った。多少なりと胸がすくのは、あの龍は決して自分を傷付けないとわかっているから。
けれど、いつも一方的に癒してもらうのは、さすがに申し訳ないと思う。かといって何か贈り物をするのも、レンの持ち物はとても少ない。半分以上は母の遺品だ。もう半分に満たないものがレンの私物。衣服は困るほど少なくはなかったが、大半は父親が義理のように贈ってきたもの。好みと外れるものが多く、より分けて着ていた。
金銭は毎月ぎりぎりの金額を渡され、だからというわけではないが、レンは花街で仕事をいくつか手伝っていた。得られる対価はわずかでも、働いているという感覚は好きだった。
その少ない稼ぎの中から、トキヤの厚意に報いられるものが贈れるかといえば、かなり難しい。
(……あげられるものがないのに……)
いつも出入りするのも、と逡巡したが、身ひとつしかないような状態なのだから、身をあげるしかないのでは、という結論に至った。
「お礼だよ。……好きにしていい」
そういって口付けをほどき、吐いた息が震えていなかったかは気になった。
トキヤの手を取って肌に触れさせて。ふと、彼がまったく同性に興味がないタイプだったらどうするか、ということに気付く。逆に言えば、こんな土壇場になるまで気が付かなかった。
どうしよう。思いつつトキヤの様子をちらりと窺う。
「……そんなことを言って。どうなっても知りませんよ」
そう言って間近で笑む龍は、見たことがない男の顔をしていた。
トキヤに抱かれるようになり、レンは以前より足繁く彼の住み処に通うようになっていた。誰も何も言わないことをいいことに好き放題していると言えば、そうだ。
ここに住めたらいいのに。
何度も思ったが、言ったことはない。いくら離れがたくても他神族だし、父親のことを考えると躊躇いがある。
トキヤとも、毎日ではなく日を空けて会っているからいいのかもしれない。そう思うと、ますます体温が恋しくなった。
「キミの体温が気持ちいいのもいけない……」
いつだったか、トキヤにこぼした言葉。嘘ではないが、寝ぼけていたとはいえなんてことを言ったのだ。言うべきではなかったのでは。いや、寝ぼけていた者の言うことなど、きっと真面目に受け取ることはない。
そんな葛藤も、あの会議を境になくなってしまった。
トキヤと馬鹿どもの決闘は、……言えば呆れられてしまうだろうが、本音を言えば、嬉しかったのだ。
自分のために尾で馬鹿を殴ってくれた。それだけではなく、勝ってくれた。
あの時、ちらりと虎神族の連中が固まって観戦しているあたりを見たが、あの苦虫を噛み潰した顔といったら! 今まで生きてきた中で最高の絵面だった。
もちろん、トキヤが直接対決した馬鹿どもに関しても、かなりスッキリした。あれだけ好きに弄ばれれば、以後はレンへの直接的な行動も控えるだろう。あの場には馬鹿たちの他にもレンを害した虎がいたが、きっとこれ以上は何もないに違いない。
だが、あの対決は個人的な憂さ晴らしに留まらなかった。
「……三つ目が白虎――レンだね――は、虎神族に戻しても何があるかわからないし、同じことが起こるかもしれない。決闘は何度観ても楽しいものだけど神族間で戦争を起こしたいわけじゃないからトキヤの家で面倒を見て、トキヤが動向を監視する条件で、龍神族の領内にいて構わない。それでもなるべくトキヤの縄張りの中にいるようにすること。四つ目が、今後レンに絡んで何か虎神族と面倒事が起こるなら、全部トキヤが始末をつけること。その際の手段は自分で考えること。以上!」
音也が告げた、龍神族のお偉方の決定。
それは、レンにとっては望外の喜びになった。
(自分のねぐらじゃなく、トキヤの住み処にいていい……)
当分の間はトキヤの縄張りにいる必要がある。けれどそれだって喜びのひとつにしかすぎない。自分のねぐらに帰ることを思えば、何千倍も喜ばしい。虎神族の街に戻らなくていい。龍神族の街に、トキヤの傍にいていい。
それに、あの決闘を見ていてわかった。
トキヤも、自分のことが好きなのだ。少なくとも、特別に想ってくれている。
「私のレンに危害を加えるのなら、容赦はしません」
決闘の途中、トキヤの呟くような怒りの声を聞いた気がした。アレが本当なら、彼はずいぶんとレンを好きでいてくれている。馬鹿どもへの制裁だって、ちょっとやり過ぎなのでは、と思わないでもないレベルだった。
「ちょっと自惚れて言うけどさ。おまえ、オレのこと好きすぎじゃない?」
「えっ? ……そんなふうに言われてしまうほど……?」
思いも寄らなかったという表情をされてしまった。それならあれもこれも、すべて彼にとっては無意識の言動ということになるのか。
「……そうだね……」
思わず憐れみを浮かべてしまったのは責められないことだと思う。
トキヤが思いの丈を告げてくれるのは嬉しかった。
けれど、傍にいられるようになったらなったで贅沢になったのか「つがいならよかったのに」と思うようになっていた。それもこれも、トキヤがモテるからだ。
花街で働くようになって、華やかな、煌びやかな龍の女性たちから、トキヤの話を聞くようになった。中にはトキヤとの伽のことまで教えてくれる姐さんもいて、自分と出会うより前、過去の話だと思っていても、モヤモヤしてしまう。
トキヤが自分を好いていてくれているのはわかっているが、いつか来るかもしれない別れを思うと、身が引き裂かれそうな気持ちになる。トキヤが彼のつがいと出会ってしまったら、そうなってしまう。
トキヤを信じていないわけではない。ただ、他者からレン、あるいはトキヤにとってはどうしようもない理由・相手から強制的に別れざるを得ない事態になりはしないかと、そんな影も見当たらないうちから怯えている。
だから「つがいならよかったのに」と考えてしまうのだ。
つがいを離せばどうなるか、全神族がわかっているからこそ、誰もつがいを引き離そうとはしない。だから表面的な意味では、つがいに憧れるカップルもいた。
(……同じ神族じゃないから、無理だけど)
だからこそ、花街の女性たちはトキヤを求めるのだ。自分こそが彼のつがいではないだろうか、と。トキヤと同族である彼女たちには、その可能性がある。――自分には、ない。
「外で何かありましたか?」
トキヤの問いかけにも、本当のことを言うわけにはいかない。彼の想いを疑っているわけはないのだが、そう受け取られてしまうかもしれないし、受け取られてしまったら困る。
だから首を横へ振る。
「何も? 楽しく働いてきたくらいだよ」
なんでもない風を装い、にこりと笑む。トキヤを心配させたいわけではなかった。
(……考えても仕方のないことなんだけど……)
ついつい考えてしまう。
そのせいで、苦手な入浴も少し長めになっていた。
花街からトキヤと駆龍で帰った日。
出迎えてくれた翔が用意してくれた夕食は、近頃にしては珍しく、豪勢なものだった。
饅頭はもちろん、割包、エビチリ、麻婆豆腐、ニンニクの芽の炒め物、春巻き、塊肉のステーキ、温野菜のサラダ、香りの良い川魚を焼いたもの、担々麺、唐揚げ、栗おこわ、ハンバーグ、ホワイトシチューのポットパイ。
およそふだん一緒には食べないなと思うような料理が並んでいた。どれもレンが好きなものばかりだ。
「なんだかとても贅沢だね……! 何かあったのかい?」
翔に問いかけると、彼は首を傾げる。
「俺にもよくわかんねーんだよな。レンが好きな料理をいっぱい作ってやってくれって言うから、そうしたんだけど」
「……おチビに、こんなに把握されてたんだね、オレの好み……」
「まあ、おまえはなんでも美味しいって食べてくれるけど。好みはやっぱり、なんとなくわかるぜ。食べるペースとか、量とか、食べ終わった後の感じとか……外の店の好みとの比較とかさ」
特にあれが好き、これが好きと口に出して好みを言ったことはあまりない。強いて言えば、饅頭は翔が作るものが一番おいしいと常々言っているとは思う。
「ま、トキヤが気付いて教えてくれることのほうが多いけどな」
「……それはそれで恥ずかしいね……」
「美味しいものを食べられるんだから、素直に喜んでおけばいいんだよ!」
よかったな、と翔が果実酒の瓶と杯をレンと、駆龍を繋いで帰ってきたトキヤの前に置く。
「豪勢な食卓になりましたね。翔、ありがとうございます。ふたりとも、お待たせしました」
食事はだいたい三人で食べることが多い。最初の頃は遠慮していた翔だが、せっかく三人で暮らしているのだからとレンからもトキヤからも言い、今は三人で夕食を囲む。
いただきます、と手を合わせてから、早速と箸を取る。行儀良く、と思っても好物ばかりで早く食べてしまいたい。
「ん……おいし……」
しあわせ、と心から呟き、唐揚げに食いつく。濃い下味がしっかりと染みこんだ唐揚げは、ただ焼いて食べるだけでも好きな肉をいっそう好きにさせてくれる。トキヤの家に来てから食べるようになった料理だが、肉料理としてはお気に入り上位に入る。いくらでも食べられてしまいそうだ。
「……そうだ。さっき、答えが用意されてるって言ってただろう? あれ、なんのこと?」
部屋に落ち着いたら、と言われた気はするが、後になると忘れてしまいかねない。
トキヤはポットパイを一口食べると、そうですね、とレンと翔を見た。
「? なんだ? 俺は外したほうがいいか?」
「いえ、むしろいてください。証人がいるに越したことはないので」
「証人?」
何の話だろうと首を傾げると、トキヤは軽く咳払いをした。
「……今日、私が本邸に行ってきたことは、ふたりとも知っていると思いますが」
「うん。奥方さまに悩みごとの相談だよね?」
「なんとかなりそうかよ?」
「ひとつの問題に対しては、解決策を提示して頂きましたので、それを採用しようと思います」
「具体的には?」
「リング――装飾環です」
「……ああ、なるほど。その手があったんだね」
装飾環がどんなものかは、花街の女性たちから教わった。どういう意味のものなのかは、神族によっても大きく違いがあるわけではない。つける場所は変わることもあり、オーソドックスなのは指輪だが、神族の特徴に合わせたものもある。例えば龍神族や鹿族なら角、鳥神族なら羽根に、といった具合だ。
トキヤにつけるなら角がいい。真っ先にそう思った。
「他にもあるのかい?」
「そちらのほうが本題です。とはいえ、あまりおおっぴらにはしがたいのですが」
「? なんだい?」
箸を置いた。なんとなく真面目な雰囲気を感じたからだ。
トキヤが真っ直ぐレンを見つめる。
「あなたと私は、つがいかもしれません」
「……神族が、ちがうよ」
本当なら、どれほど嬉しいだろう。
トキヤの傍から離れなくていい大義名分が貰えるのだ。それ以上の喜びはない。
けれど、どこからどう見ても神族が違う。
「それが……」
理由、根拠があるのだとトキヤは言う。そうして、彼が今日本邸に行った時、奥方さまから聞かされたという話をレンと翔にしてくれた。
「その話は……そういえば、聞いたことがあるね」
産まれた双子。母に似た黒龍の女の子。父に似て凜々しい白虎の男の子。たしか、産まれた白虎の男の子は族長にはならなかったはずだ。
虎神族は血統を重んじるところがある。混ざってしまったその子は、父に似ていても純血の虎神族ではない。だから宰相家に婿入りしたのではなかったか。その裔の端くれにいるのがレンだ。
そうしてトキヤは、やはり宰相家に嫁いだ黒龍の女の子の血が流れている。
元は同じで、分かたれた双子。
血の繋がりがきっかけで、惹かれ合ったのか。――種族も超えて。
「つがいの条件などを今までもあれこれ見てきました。あらゆる種族のつがいの条件や、状態。観察された結果などを見て、私とレンのことを客観的に考えれば、間違いなくつがいだと言えるでしょう。……執着が強いでしょう?」
「俺は会議の時の決闘は見てないけど、すごかったらしいっていうのは、音也から聞いてる。それと、普段の様子を見てる限りだけど……まぁそうだろうなって思う。おまえらが同じ神族なら、一発でつがいだって思ったと思うぜ」
自分たち以外の誰かが見ても、そう見えるなら、きっとそうなのだ。
(それがほんとうなら、オレは)
切望したものが手に入る?
「だからご馳走を用意しろって言ったんだな?」
「そうです。龍神族の中では双子の話は知られていない。だから、レンと私がつがいだとは言って回れない。ですが、せめて親しい人には知っていて欲しい」
私の一番に親しい友はあなたですからね、と翔に言うトキヤの顔を食い入るように見つめた。
(この、男が……ほんとうに、オレの)
言って回れなくても構わない。
(オレの……つがい)
孤独が、癒される気がした。
独占欲が、当たり前だったと言われたように思えた。悪いことではないのだと。
ほろりと、レンの中の何かが崩れる。視界が、滲む。
「……レン?! どうしました? どこか痛いところが?」
「まだそんないっぱい食べてねえから腹痛とかじゃねえよな? 薬持ってくるか?」
自分が愛した男も友も、こんなにやさしい。
彼らはレンを傷付けない。癒してくれるし、愛してくれる。
ずっと欲しかったものを、与えてくれるのだ。もしかしたら、自分が彼らを愛する以上に。
止められない涙をぼろぼろと零し、ふるふると頭を振る。
「だいじょ、ぶ……嬉しかった、だけ」
心地良い居場所を、ようやく見つけられた。
その居場所に、ずっといていいと言われた。
どこに行かなくても、ただ真っ直ぐトキヤの愛情を受け、返すだけでいい。それを許された。
おおっぴらに言えないのはもどかしいが、それでも安心感がまったく変わる。誰に何を言われても、トキヤは自分のものだと言い切れる。
時間を掛けてなんとか泣き止むと、翔が用意してくれた料理に再び箸を伸ばす。
嬉しくて泣くこともあるのだと、初めて知った。