役所から家に帰る道すがら、トキヤは市場に寄って香辛料がまぶされた、いかにも辛そうな干し肉を購入した。
自分で食べるわけではなく、レンのためだ。牛の肉らしいが、干し肉の割に筋張ってはいないのだという。自分で食べる分にはスープか何かにしたかもしれないが、彼はそのまま食べるだろう。刺激的な味が好きだと言っていたし、肉は彼の主食でもある。喜んでくれるだろうか、と思いながら買い物をするのは楽しい。
最近は他の龍の目も緩くなった。時として花街で仕事をしているレンを目にしたり、たまにレンが彼らの世話をしているお陰もあるかもしれない。レンは虎神族の割に気性は穏やかだし、男女問わず優しい。失せ物を見つけることや迷子を助ける時もあると聞いた。彼が自分から話をするのは面白おかしい出来事が多いので、周囲の龍から話を聞くのは興味深かった。彼の見目がうつくしいことを他の龍から聞くのは、やや複雑な気持ちにはなったが。
家に帰ると翔が晩御飯を作っていて、レンが出迎えてくれる。晩御飯は三人でたべ、その日の出来事を話し、互いに情報交換をした。これもすっかり日常になっていること。
この日、レンの機嫌は少しだけ下降線を描いているようにトキヤは感じた。
「外で何かありましたか?」
家には翔しかいない。たまに音也やハヤトが襲来するが、今日はふたりとも真面目に仕事していたのを知っている。だから消去法だ。
正面からの問いかけに、レンは首を振る。
「何も? 楽しく働いてきたくらいだよ」
「…………」
絶対に嘘だなと直感する。
だからレンが入浴している間に翔に同じ質問をした。
「翔、レンが働いてる間、何か変わったことはありませんでしたか」
「変わったことかぁ……ああ」
変わったことというわけではないが、と前置きをくれる。
「おまえ、以前は付き合いでも花街に行ってただろ? レンが居着いてからはサッパリだけど」
「ああ……まあ、そうですね」
以前はだいたい断ってはいたが、たまに強引に連れていかれることはあった。そんな時はだいたいトキヤは色んな妓女を呼ぶための、客寄せならぬ妓女寄せだ。同僚たちがそれぞれ選んだ妓女たち以外の妓女が、トキヤと夜を過ごすためにあれこれと画策している、とも聞いたことがある。
トキヤとしては芸妓のほうを好ましいと思っていたので、楽器や舞を習う妓女が増えたという、真偽のわからない噂まであった。トキヤの尾を見られることを夢見ている者までいたとかいないとか。
トキヤもそんな噂は同僚から聞いていて、けれど又聞きだから大袈裟に言っているのだろうと思っていた。
「それで妓女たちがさ、レンにおまえの様子聞いたりとか、連れてきて欲しいだとか、そういうこと言ったりするらしいんだよ。今は前よりマシになったみたいだけど、ずっと熱望してる妓女も、中にはいるらしくてさ」
相手の押しが強いと、のらりくらりとかわすのも大変らしい。レンは髪結いもしているから、その間に言われることについては逃げようもない。まさかそれを利用してレンに訴えている妓女もいるのだろうか。
そのせいかはわからないが、最近では髪結の仕事を減らしたらしい。
「…………」
そんなこと、一言もレンの口から聞いたことはない。いや、レンが花街で働き始めた最初の頃、揶揄うように言われたことがあったか。
まさかこんなに長引いているなんて思わなかった。
「たまーに、愚痴ってるよ。トキヤはこんなにモテるのに、オレだけなんだよねえ、損失になってないかな? ってさ。それを言ったら、あいつだって近頃はモテてるんだぜ?」
「……は?」
トキヤの声が一段低くなったのに翔は気付かず、話を続ける。
「神族が違うっていっても、あいつ龍の基準でも美形だろ? まず見た目で気になった妓女たちもいるみたいだ。最初の頃は虎神といえば獰猛、みたいな思い込みがあった花街の人たちも、レンの働きぶりとか、妓女にだけじゃなく下働きの子たちにも優しいとことか見て、見直したみたいだぞ。まあ、今のところは虎神族っていうより、あいつに限るってとこだろうけど。出店の仕事も嫌な顔せず何でもやってるっていうし」
あいつへの目が緩くなったのも、あいつ自身の行いの積み重ねだな、と翔はひとり頷く。
それはそうだ。レンはあれで真面目だし、人の心の機微に聡い。トキヤが仕事で疲れた時など、自然と甘やかしてくれることだってある。
「だからあいつが手伝う店は繁盛するし、髪結いも値段が高いって言っても贔屓が途切れない。もっともあいつは花街の客じゃないから、妓女も店の連中も皆あいつを眺めて愛でてるって感じだ、け、ど…………トキヤ、おまえ、顔、どうした?」
ようやくトキヤの異変に気付いた翔が、ギョッとしたようにトキヤを見る。
トキヤの目は据わっている。物騒な空気が漂っているのを感じた翔は、ハッとする。何がトキヤの地雷を踏んだのか察したのだ。
「……いやまあ、おまえとレンが恋人とかつがいみたいに仲睦まじいのは知る人もいるところだし……レンの態度でなんとなく察してる人もいるし、おまえ生真面目だから、それを揶揄いたいっていうのもあるみたいだし……」
何が原因か気付いたフォローも、すでに焼け石に水。
トキヤは手のひらをぐっと握りしめた。
レンが望めば、彼は誰とでも結ばれることができる。でも、それはない、はずだ。彼もトキヤといたいと言ってくれていたのだから。
けれどトキヤ自身がどう思おうと、つがいでない以上はレンと別れる可能性はある。気持ちが変化することはありえるからだ。
トキヤから切り出すことは絶対にない。けれど、この先はわからないし、レンにとってトキヤより魅力的な女性か男性が現れたらどうだろう。
外圧によっては、あるかもしれない。政略結婚に巻き込まれるほど、本邸と距離が近いわけではないと思っているし、互いに離れたくないと思っているのも事実なのだけれど。
「…………」
同性の結婚だってあるにはある。そこまでしてしまうのも手かもしれないが、けれどもう少し、何か。そこまで縛り付けるものなのか、レンがそこまで考えてくれるかどうか。いや、真面目にしか言わないから、考えてくれるだろうが、虎神族は結婚観が違うとも聞いているので、二の足を踏んでしまう。
これについては相談相手が必要だろうか。ハヤトや音也ではなく、もっとずっと年上の、人生経験を積んだ人。
思い当たる人物が少なすぎて、自分の交友関係の狭さがこんなところで障害になるとは思わなかった。
「まあ、それで私に?」
ある休日、断腸の思いでハヤトに、彼の母との面会の約束を取り付けた。自分ができる礼が少ないため、一応何かあってもいいように、手土産以外にテイルベールまで纏った。
出された茶で冷えた指先の暖を取りつつ、こくりと頷く。
「他に……頼りになりそうな歳上の方がいなかったので……」
「そこで夫を思い出さないあたり、夫の親としての価値が問われるわね……」
血の繋がりでいえば、夫人の夫、トキヤの父のほうが濃い。けれどそこは、父として接する機会が薄い宰相より、前回会った時に「困ったことがあれば何でも言って頂戴ね」と言ってくれた人のほうを頼りたくのが人情だ。
ともかく、と奥方は改まる。
「結婚するほどでもなく、かといってあまりふたりの仲を大っぴらにするでもなく、それとなく周囲にアピールする方法、だったかしら?」
「……まとめると、そうなります」
まとめられてしまうと、とんだ贅沢な悩みだ。解決策はあるのだろうか。
「そうね、方法は大きく分けてふたつあるけれど」
「ふたつ」
あっさりと寄越された答えに、トキヤは目を丸くした。
「ひとつは、リングね。指や、尾、腕の場合もあるし、ツノの場合もあるわ。紋様によって意味が変わるものだし、押し付けがましくなくていいかもしれないわね」
そういえば、既婚の龍の指や尾には金属の輪が装飾として付けている場合がある。恋人同士でも付けていいものだ、と夫人は教えてくれた。
そしてもうひとつは。
「つがいだと認めてしまうことね」
「……えっ?!」
「母さま、つがいは同族同士でないとなれないでしょ」
トキヤは龍神、レンは虎神。完全に別々の神族だ。つがいなら龍神同士あるいは虎神同士でなければ成立しないのではないか。
奥方は「それがね」と少し考える。
「あなたたちは、龍神族と虎神族が仲違いをした原因の話、知らなかったわね?」
「知りません」
「知らないにゃ」
「あれはねえ……」
七代以上前の先祖に遡る話だ。
当時、龍神族の族長の娘に、絶世の美女と評された娘がいた。ゆくゆくは天神にも召し上げられるのではないかと期待されていた娘で、見た目はもちろん、内面も心優しい女性だった。
天神は雲の上に住む、ことさら見目麗しい者たちだ。神族とはまた異なる生態系で、彼らの目に適えば天神に仕えるか、天神になれる。どちらも神族最高の誉とされていた。何故なら、一族に加護が与えられ、土地が豊かになるから。そうなると他神族に援助もできるようになり、神族会議での発言力も増す。
「でもね、結果としてその娘は、虎神族の男に奪われたのよ」
犯人は当時の族長の息子、次期族長だった。密かな恋仲だったとも、男が娘を見初めて奪い去ったのだとも伝えられるが、何代も前の話だし恨みのこもった龍神族の一方的な話だから、どこまで信用できるかわからない。
虎神族で聞けば、将来有望な次期族長を惑わせた悪女などと言われているに違いなかった。
「それで、その娘さんはどうなったの?」
「龍神のほうは、天神に召し上げられなくてもかわいい娘でしょう? 結婚なら……まあ、断ったでしょうけど、正規の手続きを踏めばいい。虎神でも問題にはなったのかもしれないけれど、その話は龍神には伝わっていない。結局その娘は、双子の男の子と女の子を産んだの。それで、男の子は次期族長の息子としてそのまま虎神に残され、女の子は龍神族へ送ってきた」
「ええ?!」
「というのも、男の子は虎神の、女の子は龍神の特徴を受け継いだらしいのね。戻ってきた女の子は母親同様の美人だったそうだけど、産まれに曰く付きでしょう? なかなか嫁の行き手がなかったけれど、最終的に当時の宰相の息子と結婚して……あなたたちや私たちにも、その血は流れてる。虎神のほうも、似たようなものじゃないかしら」
その子の裔には女子もいただろうし、族長家と宰相家での結婚も珍しくない。
レンは。
宰相の庶子だと言っていた。
それなら、薄まってはいても、同じ血が流れているのだろうか。
「だから私たちや私たちと同じように、その娘の血が流れてる龍か虎は、つがいになれる可能性があるということね」
「で、でも、一般の神族の混血や混血同士がつがいになったことは例がないにゃ」
たとえば鹿族と熊神族が結婚することはあっても、つがいにはならないし、鹿族と熊神族のハーフ同士が出会っても、つがいになった例は一度もない。生粋の熊神族と熊神族のハーフの例なら、あったかもしれないが、聞いたことはない、という稀少さだ。
ハヤトとトキヤの指摘に、奥方は頷く。
「そうなのよねえ。だから私が思うに、ポイントは大元が双子ということと、先祖返りの血もあるんじゃないかなって」
「双子と、先祖返り?」
「双子なら同じ血を同時に分けて産まれたでしょう? 先祖返りは、血もあるけれど見た目の特徴ね。双子のうち、娘は美しい黒龍、男の子は凛々しい白虎だったそうよ」
「…………」
「……トキヤは黒龍で、レンは白虎にゃ……」
ハヤトがぽつりと呟く言葉が頭に響く。
そんなことがあるだろうか。
「まあ、これは族長家と宰相家にしか伝わっていない話だから。公にはしがたいわね。年寄りたちが虎神を嫌っている理由はわかったと思うけれど。最初の件に話を戻すけれど、周囲へのアピール方法としては、リングを交換するのが一番だと思うわ」
「……そう、ですね」
話を理解し、自分の中に落とし込むのが忙しい。
奪われた黒龍の娘。奪った白虎の男。産まれた黒龍の娘。白虎の男。トキヤは男だが黒龍で、レンは白虎だ。
性別の違いはあるが、惹かれたのは同じ血のせいなのか、同じ血だから惹かれたのか。血によるものだけなのか、他に要因はあるのか、ないのか。
いや、何が起因であっても、今トキヤがレンを好きであること、離したくないと思っていることは本当の気持ちだ。何を原因・起因にしても変わらない。けれど動揺する材料にはなった。
その後は結婚やパートナーの証となる紋様の見本もいくつか見せてもらい、参考となりそうな本はいくつか借りた。
やや上の空になってしまったのは仕方がない。衝撃が大きかった。
『そうであればいい』と思っていたことが、現実に『そうである』と認められてしまうと、戸惑いが勝る。本当に現実なのか疑ってしまう。
けれど、体験として『そうとしか言いようがない』こともしばしばある。自覚もあるが、レンへの愛情と独占欲がそうだ。
妓女たちのレンへの評価に感じた苛立ちも、同じだろう。
「…………」
どうやって帰ったのかはわからないが、これは駆龍が賢かったお陰だろう。
帰った家には、まだレンも翔も戻ってきていないようだった。
花街での仕事は、苦ではない。
着飾った妓女たちを見るのも好きだったし、たまに芸妓が「新しい舞を覚えたから見てほしい」と言って見せてくれる舞も華麗で、いつも言葉を尽くして褒めた。
もともと虎神族の街にいる時も、花街にいることは多かった。他の気性の荒い連中からの難癖や、喧嘩を避けるためだ。花街なら騒動は御法度だから、安心していられた。もちろん、花街の中で油断のならないことも多かったが、外に比べれば何倍もマシだった。妓楼・妓館の裏方仕事も、苦労はあったが蘭丸もいたし、何かと便宜を図ってもらったことが多かったと思う。
それも、母が花街のトップスターだったお陰もあった。礼儀作法はもちろん、舞も歌も楽器も人並み以上に秀でて見る人・聞く人を魅了した。客からも、店側からも人気が高かったそうだ。そのことはレンの密かな誇りになっている。
龍神族の花街では、出店を手伝うのも楽しい。最近では鈴カステラを焼く手伝いもさせてもらうようになったし、留守も任される。
留守を任されるというのが、一番信頼されていると感じる。少なくともレンが金銭をくすねたり、品物を勝手に食べるような者ではないと認めてもらっているのだ。その信頼には応えたいと思う。
「今日は……髪結いが二件。ああ、前回初めて頼んでくれた女性と……姐さんか」
姐さんは以前トキヤと夜を過ごしたところがあると言っていた龍だったかな、と思い出しつつ、妓楼へ向かう。
髪結いの道具は、自分で持っているものもあるが、妓楼で伝統的に使われているものや妓女が持っているものもある。その妓女は自分の持ち物から結ってもらうことを好む龍だった。
「やあ、今日も綺麗だね」
彼女は深い深緑色の髪を長く伸ばしていて、結い上げるには少々時間がかかる。人間の歳でいえば三十ほどで、笑めば艶やか、澄ます様も水仙のようだと誉めそやされる龍だ。
髪もとても美しいから、結い上げない部分もあったほうがいい。彼女の好みも考慮しつつ、早速と髪へ触れた。
「補佐さまはお元気?」
「そうだね、元気にしているよ」
補佐さまというのはトキヤのことに他ならない。この妓女は、以前トキヤと一夜を共にしたことがあると言っていた。
特にお忙しいとは聞いていないのに、あの方を知っている妓は皆淋しがっていてよ、と鏡越しに視線が刺さる。
「あの方、あなたのために決闘もなさったのでしょう?」
今までも何人かに訊かれたことがある。街での噂は誰とまで特定はされていなかったが、トキヤのところに居着いた虎とあっては、状況は察することができただろう。だから特に隠すことはない。
「そうだね。まあ……やりすぎだと思うけど」
「それだけ大切に想っていらっしゃるのね」
妬けてしまうわ、と少し拗ねたような言い方。
「……あいつも友人が少ないみたいだしね。オレもだけど」
友人、としか言いようがない、とは思うが、友人と寝るのかと言われると、どんな関係性の相手だろうとトキヤ以外と寝るつもりはない。だが、対外的に他に表現できる関係の名前がわからなかった。
恋人と言い切っていいのかはわからないし、あえて言うならパートナーだろうか?
内心で悩むレンに緑髪の妓女は微笑むと、やはり補佐さまを連れてくるといいわ、と微笑む。その後は楽しげな話へと移るのだった。
もうひとりの妓女はまだ若く、別の先輩妓女からの紹介だった。緊張していたが話をしていくうちに解れ、彼女は琴を弾くのが得意なのだと教えてくれた。
「じゃあ、いずれキミの琴を聴きに来なきゃね……あれ?」
妓楼を出るまで見送ってくれた彼女に別れを告げるタイミングで、トキヤがやってきたのだ。
「おや、とうとう姐さんたちの悲願が叶ったかな?」
「何を言ってるんです。……あなたを迎えにきたんですよ」
仕事の邪魔をしないように、先に翔を捕まえて予定を確認したという。
妓女とはひとまず別れ、花街を歩く――出口へ向かって。翔は一足先に帰り、夕食の支度をしてくれているはずだという。
駆龍はトキヤの持ち物だ。トキヤが登庁するのに使っている以外にいないから、翔とレンは歩いて花街へ行く。
一度、翔とレンの分も駆龍を養うか、と訊かれたことがある。その時は2人とも口を揃えて「要らない!」と返したものだ。歩いている間、色んなことを喋るから、その時間を気に入っているところもあるから、と。
トキヤは一度邸宅に戻ってから出てきたらしい。服装が朝と違う。
「姐さんたちに会わなくて、良かったのかい?」
皆、お前が来ないって淋しがっていたよ。
言うと、トキヤは不機嫌そうな表情になる。
「妓女たちの目当ては私というよりは、私とのつがいの座が半ば以上ありますから、いいんです」
「綺麗な尾を見たがる妓女もいたけど」
「見せていいんですか?」
「え?」
思いがけない真剣な声に、思わず振り返る。
「あなた、私が奥方さまに尾を見せるのが嫌で、あの屋敷に忍び込んでいたのでは?」
「えっ……気付いてたの?!」
愕然とトキヤを見る。トキヤは真面目な顔で頷いた。
「なんとなくあなたの気配がするなと思いましたし……帰り道、あなた蘭丸さんに捕まっていたじゃないですか。やっぱりなと思ったんです」
今さらな話をされると、頭を抱えたくなる。思いも寄らぬところで秘密を秘密にしていたかった男に暴かれてしまった。
「……その、……悪かったよ」
「謝るのなら本邸の方にでしょう、私の家に忍び込まれたわけではありませんし――私は嬉しかったので」
「嬉しい?」
「あなたから贈られたテイルヴェールを纏った私は、あなたのもの。それを自分がいないところで披露されるのは嫌だった。……違いますか?」
じ、と真っ直ぐに宵闇色の瞳がレンを見る。
「違わない、けど」
「いつも、私ばかりが気持ちを押し付けているんじゃないかと思っていました。だから、嬉しかった」
「オレだっておまえのことは好きだよ。でも、おまえと同じ種類の『好き』なのかは自信がなくて……」
「あなた、好きと言われたら誰にでも体を許すんですか?」
「それは、……ないけど」
「では、同じでしょう」
背中に感じる、トキヤの体温。腰を抱きしめられる。
「それに。私があなたを求め、あなたが私を求めてしまうことに理由が必要なら、答えも用意されています」
「答えが用意されてる?」
どういうことだ? と頭を捻ると「部屋に落ち着いたら教えますよ」と言われる。邸宅はもうすぐ、着いたらすぐ夕食かもしれないが、何刻もかかるものではない。
用意されているのなら、ゆっくり聞こう。心を決めると、後ろのトキヤに寄りかかった。