「相手の体の、特に好きなパーツ……?」
雑誌の取材前の質問事項として、膨大な量の質問が用意されていた。その数なんと100。
今回の取材はST☆RISHの2人か3人ごとに行われている企画のひとつ。質問は、相手メンバーに対してのことも投げかけられる。トキヤはレンと一緒で、この質問はレンの体の、ということになる。
ボールペンをかつんとノックする。これは、一筋縄ではいかない質問だ。
何しろレンの身体ときたらルネッサンス期の一流彫刻家が製作した彫像のように、在るだけで人の目を惹くような造形の美しさがある。見る者をことごとく魅了してしまうかのような身体は、形だけではなく触れても絶品。他の何とも喩えようがない滑らかさ、感触。頬でも首でも肩でも腕でも胴体でも脚でもどこでも、隅から隅まで筆舌に尽くしがたい魅力がある。
そのすべての中の一部分。
「ねえ、そんな親の敵を見るような顔をする設問なんて、あったっけ?」
向かいに座っているレンにちらりと視線をやる。苦笑している彼の手にも、ボールペンがあった。同じ100の質問に回答しているのだ。
「どこか一部分と限定して答えなければならない設問は……難しいです」
「せめて無難なパーツにしてくれよ?」
どの設問かわかったらしいレンが苦笑する。
「もちろんです。…………」
再び紙へ視線を落とすと難しい顔になってしまう。いま確実に自分の眉間には皺が寄っているだろう。皺は作りたくないのだが。
「……あなたは、何と回答したのですか」
「オレ?」
「別にそっくり真似るつもりはありませんが、参考までに聞かせてください」
「……まあ、どうせ後でわかるからいいけど。瞳だよ」
「瞳」
自分の目許をそろりと撫でる。
レンがわりとこの顔を好きでいてくれているのは、なんとなく把握している。まだHAYATOだった頃も、黙ってジッとしていれば、などと言われたこともあった。自分でも手入れに気を遣っているし、それなりに自負している部分ではある。
けれど眼は。
ケアが行き届きにくい部分だ。せいぜい目薬くらいだろう。弄りようもない。
「イッチーの場合、目は口ほどに……っていう場合もあるからね」
「雄弁でいるつもりはないのですが」
納得しかねる顔でぼやけば、レンはペンを持ったまま身を乗り出してくる。
「自分でわからないからいいんじゃないか。キリッとしている時は目力もあるし、大きめだけど切れ長で、鋭いけれどやさしいし……色も好きだよ。夕暮れが徐々に夜になる時の一瞬を切り取ったような、深くて澄んだ夕闇色。ずっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうだね」
「……口説かれている気分になりますね。それに、あなたの瞳だって、よく晴れた空の色をしていて、こちらこそ空に吸い込まれそうな錯覚を抱きます」
真面目に返せば「口説き返されちゃったな」とレンは楽しげに笑う。
「まあ、そんな感じで無難なパーツでいいんじゃない? 理由を訊かれても、イッチーならどんな風にでも返せるだろう?」
「それはまあ、そうですが……」
「顔でも身体でもいいんだよ?」
「そんな雑な回答はできません」
「……イッチーは難しいねえ……」
感心したような、呆れたような言葉を返されてしまった。
手許のコーヒーは冷めてしまったが、気分を変えるために一口飲む。
もしかしたら、パーツにこだわりすぎてしまっているのだろうか。初心に戻って、彼に惹かれたところから考えればいいのではないか。
「…………」
これはなかなかいい思いつきだった。
30分同じ質問で悩まされていたが、その後5分で書き上げることができ、残りの質問もスムーズに回答できた。
「結局、どういう回答になったんだい?」
「……声」
「え?」
「声にしました」
ちょうどコーヒーに口を付けたレンは、トキヤの回答に驚きとも呆れともつかない顔をしたが、すぐにくすりと笑む。
「……さすが、得意楽器がボーカル、なんていう男は違うね」
「褒めてますか?」
「褒めてるよ。他の誰にも真似できない回答だと思うね」
ふふふ、と笑うレンは機嫌が良さそうで、見ているトキヤの気持ちも上向きになる。
レンの声は好きだ。
歌っている時は顕著だが、低めの艶のある、伸びやかな声。あの声で耳許に囁かれたらたまらない、とドラマ共演者の女性たちが口を揃えて言うのもわかる。
けれど彼女たちは絶対に知ることができないような時の声を、トキヤは一番に気に入っている。自分しか聞けない声だとわかっているから、なおさらだ。
だから、「どんな時の」声が好きなのか、レンには黙っていよう、と心に決めた。