板挟みと嫉妬

「聖川、おまえのチョイスは二十代成人男性には渋すぎるんだ。会席料理より、カジュアルなイタリアンかスペインがいいに決まってる」  恋人と、 「何を言う。前回と前々回はおまえの言う通りカジュアルフレンチだったが、場の雰囲気にそぐわなかったではないか」  親友が、 「いいじゃないか、貸し切りだったんだし少々ハメを外しても。そんなこと言ったら、和食や会席のほうがよっぽど場の雰囲気にそぐわないね」  対立し合っている場合。  恋人と親友として、どう宥めればいいのだろう。  そもそもの原因は、『ライブの打ち上げをどうするか』だった。  今回は大都市でのツアーだったが、どこの会場でも満席で、客も熱量が高く、最大満足のライブだった。  その打ち上げなのだから、少々大がかりでも構わないだろうと、なんとなく雰囲気でそうなり。そうなれば店を借り切ったほうが都合が良く。となると系列にレストラン等を所持している大財閥のふたりを頼ったほうが確実だろう。ということになったのだ。  問題が持ち上がったのは早かった。 「打ち上げするのはいいけど、トキヤもたまにはいっぱい食べようよ〜〜、いっつも一口でさあ……」  事の起こりは音也の言葉だ。音也だってトキヤがいつも食べ物を節制していることは知っているが、たったあれっぽっちで足りるのかと、たまに本気で心配することもある。  もちろん、トキヤが体調不良になるような節制の仕方をするわけがない、と知っているけれど。  トキヤはわかっていても眉間に皺を寄せる。 「あなたの一口は私の三口です。それに、さすがにもう少し食べています」  ライブは大量のカロリーを消費する。ライブツアー前と後で体型が変わるアーティストもいるくらいだ。  だからライブ前、ツアー前などはそれなりに食べる量を増やすが、終われば、カロリーを消費する場がなくなるのだから、自然と減らす。  トキヤにしてみれば自然で当たり前のことなのだが、普段からよく食べ・よく動く音也にしてみれば、異世界の人間を見るような気持ちだ。 「レンもマサも、せっかく美味しい店を用意してくれてるのにさあ……食べなさすぎるのは失礼じゃない?」 「…………」  音也のくせに思いがけないところで正論を吐く。少し、苦々しい気持ちになった。  そして冒頭に戻る。 「和食のほうがヘルシーで脂っ気が少ない。摂取カロリーを考えるなら、間違いなく和食のほうが一ノ瀬にとって良いものに違いないだろうが」 「和食だろうと洋食だろうと、イッチーは美味しいものなら美味しそうに食べてくれるのは間違いないしカロリーについては反論する気はないよ。だが聖川、打ち上げはイッチーだけを連れて行くものじゃないだろう? みんなが色々食べられるなら、そのほうがいいじゃないか。それにイタリアンにせよフレンチにせよスパニッシュにせよ、全部が全部、脂っこいわけじゃない」  真剣勝負なら、できれば他のことでやってほしいものだ。けれど少なくともトキヤと音也と翔とセシルは口を挟めなかった。 「真斗くんも、レンくんも、仲良しさんですね」  のんびりとした口調で割って入ったのは那月だ。そういえば以前も那月が仲裁してくれたことがある、とトキヤは思い出す。 「ふたりで言い争っていても、決まらないでしょう?」 「四ノ宮。……すまない、少々熱くなってしまった」 「……オレとしたことが、つい。ごめんね」  息を吐いて力を抜いたふたりに、観客となっていた四人はホッとする。 「それにしても、レンくんも真斗くんも、トキヤくんのことがだぁい好き! なんですね」  むせたのはトキヤだが、レンも真斗も平然としている。 「それはまあ……メンバーだし、クラスメイトだったし……」 「一ノ瀬とは趣味も話も合う。気の置けない友と思っているから、四ノ宮の表現もあながち間違いではないな」 「……オレはクラスメイトだったし、イッチーのかわいいところをしょっちゅう、たくさん見てきたけどね」 「ほう。俺も一ノ瀬が目をキラキラさせて話に熱中してくれるところなど、よく見ているが?」 「ああもう、ほらほら。ふたりとも、仲がいいのは良いことですけど……結局お店はどうしましょうか?」  再度割って入った那月が、レンと真斗を交互に見る。溜息を吐いたのはレンだ。 「聖川のほうで構わない。創作和食の店があるなら、そっちを借り切ったほうがいいと思うね」  トキヤ以外のメンバーも楽しめるだろうから、と一言足すと、真斗は少し意外そうな顔をしたが、頷いた。 「どうしたの、イッチー」 「別にどうもしません」  打ち上げが終わり、解散した後。トキヤはレンの家にいた。正確には引っ張られて連れ込まれた次第だ。  レンの問いに、トキヤは手許に視線を落とす。湯をコーヒーの粉に注いでいるところだ。打ち上げの後、トキヤの淹れるコーヒーが飲みたいと駄々をこねる恋人の願いを叶えている。 「……はい、淹れましたよ」 「ありがとう。……うん、いい香り。コーヒーはイッチーが淹れてくれるのが一番だね」 「お世辞を言っても何も出ませんよ」 「お世辞じゃないよ。……で。オレのかわいい恋人は、いったい何に機嫌を損ねているのかな?」 「…………どうして機嫌を損ねていると思うんですか」  この訊き方では機嫌を損ねていることを認めているも同然だが、機嫌を損ねていると思われているなら、それを逆手に取っておきたい。  コーヒーを淹れたマグをレンの前に置くと、ソファの隣に座った。 「打ち上げの時に、そんなような気がしてね。はっきりとはわからなかったけれど……ふたりきりになったら、もっとわかりやすくなったし」 「そんなことはありません」 「気を許してくれてるんだなあって、嬉しかったけど?」 「…………」  レンにはいつもこの調子で負けてしまう。  大きく溜息を吐くと、一口コーヒーを啜った。 「……仲がいいなと」 「ん?」 「……あなたと、聖川さんの。……仲がいいな、と、思って……」 「今さらその話かい? 誰にでも何十回でも言うけど、オレとあいつは別に」 「あなたと聖川さんがどう言おうと、傍目には『仲良しほど喧嘩する』ようにしか見えない、ということです。……傍目と言うのが主語が大きいというのなら、私でも構いません」  どのみちそう感じたのは私なのでと、拗ねた口ぶりで言う。  レンは、他の誰にもあんな言い方はしないし、あんな顔もしない。相手が真斗の時だけだ。  ふたりの確執(というよりはレンからの一方的な負の感情)が過去にあったことは薄らと知ってはいるし、言えばどちらも同様に嫌な顔をするのはわかっているが、わかっているからといってふたりが仲良く喧嘩しているようにも見えてしまうものは、仕方がないではないか。  子どもっぽい理由だとも、トキヤは自分でわかっている。レンも、真斗もどちらも好きで、疎外感を感じるせいもある。恋人としての嫉妬、友人としての嫉妬もある。  どちらも好きで、だけどどちらに対しても複雑な気持ちを抱いてしまうので、そんな自分を殴りたい。 「……いつも思うけど、真面目だよね、イッチーは」 「こんな時にからかっていますか?」 「ないよ。……オレのことが大好きで……アイツのこともって思うと、ちょっと複雑な気持ちになるんだけど……」  マグをローテーブルに置いたレンに、じっと見つめられる。 「……なんですか」 「オレも嫉妬しちゃおうと思って」 「はあ?」  トキヤの細い眉が跳ね上がる。  突然何を言い出すのだ、この人は。  だがレンにはレンなりの理由があるらしい。 「だって。せっかくふたりでいるのに、イッチーの頭の中にはオレだけじゃなくて、聖川もいるんだろう? 聖川がオレたちふたりでいるのを邪魔してるし、イッチーはそれを邪魔とも思ってないんだから、オレがヤキモチ妬いてもおかしくないって思わない?」 「…………」  そう来たか。  レンらしいといえばレンらしい理由だ。  けれど、自分のことに置き換えてみれば、理解も納得もできる。  気分を変えるように、マグに口を付けて琥珀色の飲み物を一口ごくりと飲む。 「……すみません。……ですが、最初に嫉妬したのは私ですからね。あなたも少し反省してください」 「わかったよ。とりあえず……そうだな。かわいい恋人を甘やかしてあげよう」  どうすればいい? なんてかわいらしく訊いてくるが、神宮寺レンともあろう者がそんなことのひとつやふたつ、トキヤに訊かねばわからないはずがない。 「あなたが思うように甘やかしてください」 「いいのかい? 今夜はイッチーが手出ししないようにシてもいいけど?」 「構いませんよ。本当に手出ししないで済むのか、楽しみにしますから」 「……意地が悪いね……」 「言い出したのはあなたですよ?」  くくく、と笑い、手を伸ばしてレンの頬を撫でる。 「今日は疲れているでしょうから。明日で構いませんよ?」 「何言ってるの。ライブ終わった後の夜にヤるのがイイって言ってたこと、覚えてるからね」 「……言いましたが、よく覚えてましたね」 「イッチーのことだからね。じゃあ……ひとまず、シャワーでもお風呂でも入ろうか」 「そうですね、そうしましょう」  頷くと、カラになったマグカップをふたつ持って立ち上がった。
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