お正月

「明けましておめでとう、イッチー」 「明けましておめでとうございます、レン」  小さくぺこりと頭を下げ合ったふたりの間にあるこたつの上には、新年らしく重箱に詰められたおせちや大きな器いっぱいの(主にはレンの器にだが)雑煮が盛られていた。なお、レンの餅は4つ、トキヤは2つだ。 「雑煮の餅は、連続ドラマで共演した方にたまたま年末にお会いして……その方の実家で作られたという餅です。粒が少し残っているのが特徴ですね。普通の市販品より密度が濃くて、重いそうで……」 「うんうん、美味しそうだよねえ」 「……なので、その餅を4つというのは、実質市販の餅を7つくらい食べるようなもので……」 「イッチー、早く食べないと冷めちゃうよ?」 「…………そうですね、いただきましょうか」 「いただきます!」 「……いただきます」  気を取り直してまずは野菜を、と雑煮に入れた小松菜や春菊から食べていく。レンはお屠蘇からだ。すぐに飲みきって二杯目を注いでいる。すっきりして飲みやすいが、あまり飲み過ぎないように見ていなくては。  おせちはさすがに手作りではないが、真斗の手作りなので、ある意味手作りだ。わざわざ年越しライブの後に全員分用意してきてくれているとは思わなかった。 「一ノ瀬には野菜を多めにしておいたぞ」  なんて気遣いが嬉しい。言葉通り、煮しめが多く入っていたのは喜ばされた。レンのほうは塩焼きのエビや煮しめでは鶏肉が多く入っているように思える。  レンの分ももちろん真斗が作ったものだ。受け取った時から難しい顔をしていたが、雑煮はトキヤが手作りすると知った途端に上機嫌になるのだから、かわいいものだと思う。 「ん……く、」  市販の餅より、搗いた餅はよく伸びる。噛み切れずに伸ばしてしまった餅に苦闘しているレンがかわいらしく、ついくすりと微笑んでしまう。動画で収めておきたかったくらいだ。 「よく噛んでくださいね、詰まらせないように」 「ん」  頷いて、黙々と食べる。このあたりは彼の先輩の教えが活きているのだろうか。 「はぁ……お出汁も美味しいね……」  食べる合間に、幸せそうな顔をする。こんなことで、と思わないでもない。 「イッチーと食べるごはんが美味しいのはいつものことだけど、イッチーが作ってくれた季節限定のごはんが美味しいと、すごく幸せだな……」 「……餌付けに成功した気分ですよ」 「大成功だね」  真面目ぶって頷くものだから、噴き出してしまいかけた。危ない。 「……私の料理をそんなに嬉しそうに、ありがたがって食べてくれるのは、あなたくらいです」 「イッチーの料理は美味しいからね。……時々、どうしてこんなに美味しいんだろうって不思議に思うよ」 「最上級のスパイスを効かせてありますから。効いているなら嬉しいです」 「……そんなにスパイスを効かせて、どうしようっていうんだい?」 「おや、スパイスはあなたが大好きなものでしょう? 刺激があったほうがいいって、いつも言っているでしょうに」 「そうだけど……」  納得がいっていない様子のレンに手を伸ばし、頬を撫でる。ちらりとこちらを見るのは、何か小動物めいてとても愛らしい。欲目だとわかっているのでこの場に誰もいなくてよかった。 「あまりかわいい顔をしていると、食べてしまいますよ?」 「……どこかの料理店かい?」 「注文を多くつけるつもりはありません。あなたはそのままで美味しいですから」 「素材の味を活かそうって?」 「いえ、素材がそのまま美味しいので、小細工すると雑味になってしまうんです」 「……真面目な顔でいうことじゃないね」  くくく、と笑うレンがお猪口の酒を空ける。先ほどから何杯目だろうと思いつつ、少し少なめに注いでやる。 「ありがとう。……イッチーは? ちゃんと食べて、飲んでるかい?」 「食べてはいますが、飲んではいませんね」 「じゃあ、イッチーも。飲もう?」 「いえ、私は……」  自分まで飲むとこの後の片付けもできなくなるし、と思ったが、お猪口を差し出してくるレンの、底抜けに明るい子どものような笑顔に負けた。 「……いただきます」 「うん」  受け取ると、レンはすぐに注いでくれる。かなりなみなみと。  多いですね、と思うが、これはゆっくり飲むことにする。酒にあまり強くないのは自覚済みだ。 「イッチー」 「はい?」 「なんで飲まないの」 「飲んでますよ?」 「減ってないじゃないか」  言われて、自分の猪口に視線を落とす。  もちろん飲んでいない訳がないので減っている。ただ、まだカラにはなっていない。 「…………ペースを保って飲みたいだけなので……」 「オレが注いだ酒が飲めないって?!」 「言ってません。誰もそんなことは言っていませんし飲みます、自分のペースで」  まさかこんな辛み酒のような酔い方をするとは思わなかった。断ったことに対する過剰反応だとしても、外で見たことがない反応だ。今後も出なければいいが。単なるワガママならいいのだけれど。  ともあれ、今は気を逸らすことが重要だ。 「ああ、ほら、レン、お餅。お餅焼きましょう。あなた、膨れるところを見るの好きでしょう」 「……見る」  こくりと頷いたレンは、酒瓶を置くと立ち上がる。トキヤも猪口をテーブルに置くと立ち上がった。どうにか気を逸らすことに成功したようだ。酒瓶をそっと隠すような位置に置き直してからキッチンのトースターのほうへと行った。  膨れる餅は、市販のほうが膨れやすい気がする。なので市販の餅をひとつ、トースターにセットして焼き始めた。すぐにレンが腰を折り、トースターの窓からじっと中を見つめる。こういうところは子どものようでかわいらしい。 「…………ごめんね」 「え?」 「……なんでもない」  ふるりと頭を振ったレンの謝罪が、何にかかっているのか理解するのに少しかかった。先ほどの過剰反応のことだろうか。 「…………」  子どもより素直だ。  思ったが、口にはせず、レンの形の良い頭をそっと撫でた。
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