詰め合わせ

「オレは、おまえのそういう、」  にやりと笑んだレンが、頬をするりと撫でてくる。 「理性ぶったところが剥げて、剥き出しの欲をオレにぶつけてくれるところが、見たかったんだ」 「そのためにわざわざ私を妬かせたと?」 「そうなるかな。ちょっと、予想外のところもあったけど」  悪戯のネタばらしをするレンは、どこか楽しげだ。トキヤは溜息を吐く。 「そんなにぐちゃぐちゃになるほど犯されたかったのですか」 「ふだん理性で抑えつけているんだろう? 嫉妬に狂って、なんておあつらえ向きの言い訳じゃないか。それに、」  オレは頑丈だから壊れないよ。  微笑む顔は天使のようにうつくしいのに、言葉はまるで悪魔の囁きだった。 ----------  何気ない仕草。  ついつい惹かれて見てしまう。  それは歩く時の姿勢だったり、悪戯っぽく笑っているところだったり、真剣にダンスレッスンやボイストレーニングをしているところだったりもする。  艶のある歌声、低音も、楽器を扱う長い指も、ふわりと風に揺れる明るい色の髪も、時折覗くとんだお坊ちゃん発言も、仲間のことが大好きなところも、時々ひどく繊細なところも、大胆不敵なところも、……年下だからと揶揄ってくるところも。  何もかもが愛おしい。 ----------  手を繋いだら、どんな顔をするだろう?  はじめはそんな好奇心だった。  仲間内で彼がいない時には、トキヤは真斗に次いでムッツリだから、という結論を見たが、「だからめちゃくちゃ照れる派」と「とはいえムッツリだから平静を装う派」に分かれた。 ---------- 「……今、なんと?」  トキヤはこの時、多分人生でもトップ3に入る間の抜けた顔をしていた。というのも、 「別れよう、って言ったよ」  などと、先頃恋人になったばかりの神宮寺レンがのたまったからである。 「……何故、とうかがっても?」 「そんなの、自分の胸に聞けばいいじゃないか」  自分の胸。  試しに自問してみる。  告白して、思いがけず受け入れてもらえて、浮かれた気持ちでしばらく過ごし、デートは何度かしたしつい数日前にはふたりで温泉にまで行った。旅館はレンが調べてきてくれたが、料理も景色も絶品、絶景だった。  レンもきっと楽しみにしてくれていたのだろうし、とても楽しかったが――何か違っていたのだろうか。 「…………わかりません。教えてください」  なるべく口調が荒れないように問いかけると、レンは俯き、こぶしを握った。 「だって……ぜんぜん……、……」 「えっ?」  肝心なところが聞こえず、思わず聞き返してしまった。  レンはキッとトキヤを睨みつけてくる。その目は潤んでいるように見えた。 「だって、イッチー全然オレに手を出さないじゃないか!」 「……えっ」  思いもよらぬ答えと勢いに、トキヤは目を丸くする。 「イッチーは欲が薄いほうなのかもって思ったけど、せっかく用意した旅行だって、全然手を出してこないし……イッチーが手を出してこないくらい、オレに魅力がないんだって思ったら……悲しくなって……」  目の端に滲んでいた涙が、ほろりと落ちる。 「あなたに魅力がないなんて、ありえません」 「ウソだ」 「ウソなものですか。ウソだったら、そもそも告白していませんよ」 「…………」 「あからさまに疑っている眼で見ないでください」 「じゃあ、なんで」  どうして手を出してこなかったのか。責めてくるレンの眼は険しい。  ごまかさず、正直に言うしかない。トキヤはひとつ呼吸を深くした。 「……私は、ちゃんとした恋はあなたが初めてで」 「オレもだよ」 「とにかく大事にしたくて……そうしたら、手を繋ぐことくらいしかできず……」 「……奥手なの?」 「自分ではそう思っていなかったのですが、そうかもしれません」  もちろん、自分よく手出ししなかったなと思う瞬間がなかったわけではない。 「直近だと、先日あなたと行った温泉ですね」 「なんでそこで手を出さないわけ?! せっかく全部お膳立てしたのに!」 「え」 「あ」  しまった、という顔をレンがする。  トキヤはあの日、夜のことを思い返してみた。  あの日、レンの距離はやけに近かった。人があまりいないからと手を繋いだし、部屋風呂にふたりで入りもした。布団だって寒いだろうからともぐりこんでくれた。翌日少しだけレンの機嫌が悪いような気がしたのは、気のせいではなかったのか。 「……イッチーが上と下どっちがいいのかわからなかったけど、たぶん上のほうがいいんだろうなって思ったから、覚悟を決めて……、……それなのに……」 「レン……」  自分の葛藤は、レンの覚悟の前ではささやかなものだった。  そしてそのことに気付かなかったから、必要以上にレンを傷つけてしまった。  まだ届くだろうか。腕を伸ばすとレンを捕え、抱きしめようとする。レンは、逃げなかった。 「すみません。……私は恐れていました。けれど、自分であれこれ考えるより……先にあなたに聞くべきでしたね」  もう恋人同士なのだから、互いに関わることは相談していい。そんな簡単なことも見えなくなっていた。 ----------  神宮寺レンという男には、常に女性の影が付きまとう。  いや「常に」とは言い過ぎかもしれない。けれども女性との噂は途切れず、かといって悪印象を増やすわけでもない。それはおそらく女性に対してだけ物腰柔らかというわけではないからだ。 「ずいぶん買いかぶってくれるんだ?」 「買いかぶりとは思っていませんよ。それに」 「それに?」 「この推測は、現実と照らし合わせてみたものなのですが」 「なんだい、もったいぶるね」 「結論から言うと、あなた、女性のことはそこまで好きではないでしょう?」  ファンの方は別にして、恋愛対象としてですよ、と付け足しておく。レンは盛大に顔をしかめた。 「オレの根幹から否定してない?」 「否定はしませんよ。ただ、あなたはマザーコンプレックスを持っていると同時、ファザーコンプレックスとブラザーコンプレックスを持っていると思っています」 「……へえ?」  形の良い眉が、くっと跳ね上がる。彼の何かを刺激したのかもしれない。たとえば、逆鱗とか。 「そのふたつが関係あるなら、オレはバイセクシャルになるんじゃないか?」 「そうですね、そこも悩ましいところです。実際童貞ではないのでしょうし。ですが、言葉以上に女性にとってあなたは『みんなの神宮寺レン』でいさせたいのではないかと」 「……どういう意味か、訊いても?」 「皆の神宮寺レンでいれば、女性と本気で付き合わなくていいというメリットが生じるということです」 「だからといってゲイだというのは、短絡的思考に思えるね」 「そうですね。たとえば心許した間柄なら、私たちには気安いですし、先輩方にはずいぶん懐いている」 「言葉がよくないな」 「わかりやすい言葉で話しているので……すみません」  事務所以外の人間でも、レンはどちらかといえば年上に懐きやすいし、年下のことはかわいがっている。仲が良いだけ、といえば、それはそうだが。 「……なんだかイッチーの話は回りくどいね」 「では近道で訊きますね。あなた、初恋は聖川さんでしょう」 「ッ!」  ガタンと大きな音を立てて椅子が倒れる。シャツの首元を掴まれた。殴られなかっただけマシか。 「アイツの名前を出すな」 「怖い顔をしないでください。単なる仮定ですから。ですがその仮定をベースに、あなたに訊きたいことがあります」 「オレも、イッチーに聞きたいことがあるね。せっかくだし、同時に言ってみないか?」  どうにもレンの表情は剣呑だが、これはトキヤの自業自得だし予想の範囲内なので良しとしておく。 「いいでしょう」  レンの考えていることは気になったが、ひとまず申し出を受ける。そのほうが話が早そうだと思ったからだ。ある意味でその考えは正しかった。 「あなた、私のことが好きでしょう?」 「イッチーはオレのこと好きだよね?」  挑発的な目線、言い方、仕草。  さすがだなとしみじみ見惚れる。この男の、上品な中に垣間見えるそういう荒さも好きだと思う。  トキヤは微笑んだ。自分の理想をすべて詰め込んだような男に、せめて、わずかでも、綺麗に見えるようにと。 「……先に私から回答しましょう。答えはイエス。あなたの読み通りです」 「……あっさり認めるんだね?」 「あなたに訊かれたら、正直に返そうと決めていましたから。……私への回答は、しなくてもかまいません」  答えない権利もありますから。  言いづらいだろうとレンの気持ちを考えているようで、実際は否定や拒絶を聞きたくないだけの臆病者だ。小心すぎて嫌になる。  レンはやはり答えあぐねているようで、視線をうろうろとさまよわせていた。けれどすぐに深い呼吸をすると、 「イッチー」  まっすぐトキヤを見つめる。  ああ、この夏空のような青がずっと、いつまでも自分だけを見つめてくれればいいのに。 ----------  豆を挽くと、ふわりと香りが広がる。思い切り吸い込めば、どこかが、何かが、満たされる気持ちになる。  おまけにレコードがかかっている。ジャズだ。 「ここは喫茶店かカフェのようだね……」  それもチェーン系ではなく、こだわりのある店主がいる個人経営の店。そんな風に彼の自宅のキッチンをたとえると、トキヤはくすりと笑んだ。  わざわざキッチンのそばに足の長い椅子を置いたのは、レンのためだとトキヤは言った。トキヤが豆を挽くところをあまりにも熱心に見ていたものだから、そのせいだ。 「香りだけなら立っているより座っていたほうが落ち着いて味わえますよ」  なんて言って甘やかしてくれる。そうしてキッチンを眺められる場所で見ているうち、豆の香り以外にも好きなものが増えた。  ひとつはミルを回す手つき。もうひとつは、挽いている時のやさしい顔だ。初めて見た時は、なんて顔をしているのだと恥ずかしくなった。できれば誰にも見せたくない。 「そんなに楽しいですか?」 「うん?」 「豆を挽いているところを見るのは」 「楽しいっていうより……嬉しい、かな」 「嬉しい?」 「うん」  トキヤは不可解だという顔をするが、それはそうだろう。  今トキヤがそんな表情をしていて、見ているのは自分ひとり。つまり独占だ。  いうと、トキヤはわかりにくくはにかみ、ミルの引き出しを引き出す。粉となったかつて豆だったものを、フィルタに山盛りにして、少しずつお湯をかけていく。この時にも香りは膨らんで、レンの心を満たしてくれる。 「あなたくらいでしょうね、そんなことを言うのは」 「オレだけなら嬉しいし、オレだけじゃないとイヤだね」 「……かわいいことを言ってくれますね」 「前から思ってたけど、イッチーのその判定、甘すぎじゃない?」 「いたって公正です。さあ、カップを持ったらリビングへ行ってください」 「はいはい」  互いのカップを持ち、落ち着いて座れる場所へと移動する。香りが良いものは心も満たしてくれるのだと、彼が淹れてくれるコーヒーで初めて知った。 「今日もおいしいコーヒーをありがとう」  トキヤの頬に口付け、微笑んだ。 ----------  ふにゃりとしか表現できない笑み方をするのは、できれば自分の前だけにしてほしい。  彼のイメージだとかそういったもの以前に、可愛すぎてライバルを増やしたくはない。彼に言わせれば、無用の心配らしいのだが。 「おいしかった……」 「口に合ったのなら何よりです」 「こういうのを幸せっていうのかな」 「……ずいぶん安いのでは?」 「そんなことないよ。イッチーの家で、あたたかいコタツに入って、イッチーの作ってくれたお鍋を食べて、イッチーがいる。贅沢だと思うね」 「……高く見られていると思っておきます」 「高くっていうか……好きな人と一緒にいて、幸せじゃないことってあるかい?」 「…………」  そんなかわいい顔をして。  深く溜息を吐くと、小さく頷く。 「幸せです。……私も」  良かった、と微笑むレンは、年上には見えないほどとてもかわいくて、たまらなかった。 ----------  トキヤの愛撫はよく言えば丁寧、悪く言うとしつこいところがある。  もちろんそれが何に由来しているのかはわかっている。良くも悪くも、この体を好きすぎるのだ、彼は。 「考え事ですか?」  息を吐くと、上になっているトキヤを見上げた。彼を見上げる機会は普段あまりないからいつも不思議な気持ちになるが、不快だと思ったことは一度もない。  白い肌が、いつもより血色よく見えるのは好きだ。ふだん冷静ぶっている彼を興奮させているのだと思えるから。 「……イッチーのこと考えてた」 「私のことを?」  どんなことを考えていたのか、とは、言葉より紫紺の瞳が雄弁だ。レンは笑むと手を伸ばし、ほんのり上気したトキヤの頬を撫でる。 「イッチーはオレの体、ほんとうに好きだなぁって」 「……体だけだと思わないでくださいよ?」 「うん」  体だけが好みでトキヤは人と付き合わないとは思う。けれど彼がレンの見てくれを何より好いてくれているのは知っているから、少し複雑な気持ちにはなる。  ふいに、トキヤが口付けてきた。 「目の前の私に集中してください」 「食事じゃないんだから。……拗ねた?」 「拗ねてません」  否定しつつも、彼が保とうとしているポーカーフェイスが崩れかけている。レンが一番好きな表情だ。 「ね。……そんなに丁寧にしなくていいよ」 「大事にしたいんです」  愛されているなあと思うと同時、足りなくなるのはこんな時だ。  もっと、がっついていいのに。  トキヤのように、常から自分を理性で律しようとしている人間の、剥き出しの欲が見たい。向けられた自分がどうなるのか、どう感じるのか、味わいたかった。  それにトキヤは年下だ。多少がっつくくらいがかわいいのではないだろうか。 「ッ、ん……」  太腿から脚の付け根へ這っていく手が、さらに色を帯びていく。開かされているそこを指先、爪の先で触れられると、意志によらずひくりと震えた。彼の熱を銜え込んでいるところも、熱の形を知りたがるように締め付ける。一瞬だけ息を詰めたトキヤの表情も、好むものだ。 「……っふ、……きもち、いい……」  独り言のように陶然と呟くと、トキヤの表情が一瞬柔らかくなり、レンの胸を撫でる。 「……ねえ」  もっと。  くちびるでだけ紡いだ声で求めれば、トキヤは返事の代わりに口付けと強くなった愛撫をくれた。 ----------  タクシー以外の、誰かが運転する車に乗るのは緊張する。  レンの車、助手席に乗り込んだトキヤは、小さく息を吐いた。 「寒かったかい?」 「ああ……いえ」 「いいよ。イッチーが寒さに弱いのは、みんな知ってるから」 「…………」  笑われてしまったのは不名誉だが、他人の運転に緊張しているとも言えず、そういうことにしておいた。  シートベルトをすると、ちらりとレンを見る。 「……どこへ行くんですか?」 「そうだな……山と海なら、どっちがいい?」 「え」  どちらもおよそ冬に行くところではないのではないか。思ったが、選択肢がそのふたつなら。 「……山、でしょうか」 「理由は?」 「もう夕方でしょう? それなら、夜景がきれいに見えるところがいいかと」 「……カップルのデートみたいな理由だね」 「レン!」 「冗談だよ。そんな、顔を赤くして怒らなくてもいいだろう?」  せっかくきれいな顔なのに、台無しだよ。  くすくすと笑うレンはなんだか機嫌がよさそうだ。強く反論できなかったのは、そのせいだと思っておく。  本当は。  夜の海が少しだけ怖い。どこまでも昏く、黒く、闇が空も地も満たして呑まれてしまいそうになるから。spmっまじいもそんなふうに幼少期に脅されたことがあるからだ。  子供の頃の話をいつまでも引きずっているなんて、と思われたり言われたりしそうなので、黙っているけれど。  レンの運転は、想像よりずっと丁寧で、なめらかだった。そこらのタクシーよりずっと丁寧だったかもしれない。 「……そんな意外そうに見ないでくれる?」 「……すみません」 「ま、だいたい何を言いたいのかはわかるけど」 「…………」 「自分ひとりの時はともかく、人を乗せているからね」  体重以上に重いものだよ、とレンは笑む。そうして、 「その中でも一番大切なものだからね……」 「えっ?」 「独り言だよ。なんでもない」 「そう、ですか」  かすかに聞こえただけだから、本当に独り言なのかもしれない。気になるが、ほどよく暖かい車内の気温に、だんだん喋るのが億劫になってきた。 「眠い? 着くまで寝てていいよ」 「ですが……」  あなたは運転しているのに。  言うと、レンは優し気に微笑んでくれる。 「いいんだよ。イッチーの寝顔を気分転換で見るから」 「どういう気分転換ですか……」  反論する声にも、眠気が混ざる。 「いいよ。ゆうべは遅くて、今朝は早かったんだろう? 少しでも休んでくれたほうが、オレも嬉しい」  赤信号で止まると、左手で撫でられた。これは、たぶん、甘やかされている。わかるが、子ども扱いはしないでほしい。言いたかったのに、走り出した車の振動が、暖房の温かさがいけない。  最後に見た標識が、高速道路への行き先を示していたような気がしたが、覚えてはいなかった。  目を覚ました時、トキヤは自分がどこにいるのかわからなかった。 「……ここ、は……」  目を覚ます前のことを何とかして思い出す。  そうだ、レンの車に乗ってドライブを、山に行くことになって――途中、疲労と暖かさで眠ってしまったのだ。 「目が覚めたかい?」 「レン」  車は停まっているようだ。暖房がついているから、エンジンは止めていないらしい。 「……すっかり眠ってしまって……」 「寝ていいよって言ったのはオレだよ。だからイッチーは気にしなくていい。それより、お腹すいてないかい?」  唐突な話題の転換に、目を瞬かせる。 「ええ、まあ……そうですね。でも夕飯にはまだ早いのでは……?」 「店は開いているから、大丈夫だよ」 「えっ」  慌てて自分の腕時計を確認する。たしかに夕食にほどよい時間だ。 「……私は……二時間以上寝て……?」  地味にショックを受けると、レンが宥めてくれる。 「まあ、気にしない気にしない。それより、店はオレが決めちゃったけどいいかい?」  前から気になってたところだったんだよね、とレンが言う。彼が勧める店なら間違いはないからこくりと頷いた。 「じゃ、車を降りようか。外は寒いから、気を付けてね」  お店はすぐそこだけど、と言われ、窓の外を見ると、なるほど看板がすぐそこだ。お店の駐車場かもしれない。  そうして、コートやマフラーの類を身に着けながら、まだ訊いてないことがあったことに気付く。 「レン。山とは聞いていますが、ここはどこの山なんですか?」 「山は夕食を食べてからかな。展望台があるそうだから、そこに行こう。あとでコンビニで暖かい飲み物でも買わなきゃね」 「はぁ……」  そうして連れられて入ったお店は、こじんまりとした蕎麦屋だった。  トキヤはきつね蕎麦にトッピングでわかめとねぎを多く入れて、レンが頼んだ天ぷらも押し付けられつつ食べていた。レンはきつね蕎麦とたぬきそばを掛け合わせて具材を足した「おばけ蕎麦」という蕎麦を食べていた。ずいぶんとボリュームがあるので、これはたしかにレン向けだ。  そうして、メニューを見た時から気になっていたことがある。正確には店の中に入った時から感じる違和感だ。 「……レン。教えてください」 「オレに答えられることなら」 「…………ここは何県ですか」  少なくとも都内ではなさそうな緑の多い風景。  店の中に貼られたポスターの、高原ビールや地酒の類は都内や神奈川、千葉、埼玉のものではなさそうだ。それに、そう、寝落ちる最後に見た標識。あれは中央道への案内板だったのではなかったか。  じーっとレンを見ると、彼は店員を呼び、デザートに蕎麦団子と蕎麦アイスを頼んだ。蕎麦湯で出汁を割り、一口飲むのもすごく美味しそうではある。  が、誤魔化されない。 「なかなか勘がいいね。長野だよ」 「……………………は?」 「やっぱりお蕎麦は長野が美味しいね……何度でも来たくなっちゃうな」  道が空いててよかったよ。  笑うレンに何を言っても無駄だなとわかってはいるが、理解と納得は別物だ。
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