浮かれて浮かれたレン

 その時、神宮寺レンは緊張と感動とときめきと動揺と脳内お祭り状態でぐるぐるしていて頭の中は回転木馬状態だった。なおその回転木馬は時速150キロであるとする。  というのも、彼の秘密の恋人である一ノ瀬トキヤがすべての元凶だ。 (どうして……こんなことに)  頭を抱えたくなるが、レンが抱えているものが重大な問題ではないことは、ニヤけて崩れそうな顔をなんとか崩さないようにしている結果おかしなことになっていることからも明らかだ。 「……レン」  非難がましい声が名を呼ぶ。慌てて彼、トキヤを見下ろした。 「ど、どうしたんだい?」 「撫でてください」 「な……?!」  トキヤの要求としては激レアな要求だ。ソーシャルゲームのピックアップガチャでピックアップされていないスペシャルなカードを引いた時のように思わず固まってしまったレンの反応をどう思ったのか、トキヤが表情を曇らせる。 「……イヤですか?」 「とんでもない! 嬉しくてちょっと噛み締めてただけだよ」  慌てすぎて言わなくていいことを言った気はするが、トキヤは気にしていないようだった。ホッとする。  要求通りにトキヤの頭を撫でる。指で髪を梳くようにしたり、ただ手のひらで撫でてみたり。さまざまな撫で方をしてみたが、トキヤはどれも気に入ってくれたようでおとなしくしている。  ところでここで問題です。レンの部屋、リビングでふたりがどこにいるか。  答えはソファなのだが、レンが座っている太腿にトキヤは頭を乗せてーー平たく言って膝枕の状態だ。 (どうしてこんなことに……)  やってきた時のトキヤは、いつもと変わらなかったと思う。レンが用意したランチを食べて、トキヤがコーヒーを淹れてくれて。  そのあたりから雲行きが怪しくなった、だろうか。 (甘えてくれてる……のは、とても嬉しいんだけれど……)  調子が狂う、と思いつつ視線を落とせば、こちらを見上げていたらしいトキヤと目が合う。にこ、と笑むのは幼さも感じさせて、とてもたいへんめちゃくちゃ可愛らしい。  だいたいトキヤのようなタイプが甘えてくれるなんて、いや、トキヤが甘えてくれるなんて。  付き合って年の単位の月日が流れたが、トキヤがこんなにあからさまに態度でも言葉でも甘えてくれたのは、今日が初めてではないだろうか。  だから感動もするし嬉しくなる。 (もともとイッチーは自分のことしっかりしてるって思ってるし、どっちかっていうとオレに甘えてほしいって思ってるタイプだし甘やかしてくれるし……)  思っているどころか行動に移してもくる。最初は拒否したりもしたけれど、そういう時ばかりやけに強引で、そのうち慣れた、というより慣らされてしまったところがあるのは否めない。 (……この機会にいっぱい甘やかしちゃおうかな……)  そうしてトキヤも自然に甘えてくれるようになってくれればいい。せめて恋人の前でくらい気を抜いてほしいというのは、贅沢な要望ではないはずだ。 「……レン」 「ん? なんだい、イッチー」 「手が疎かになっています」 「おっと……ごめんね、気を付けるよ」  トキヤといてトキヤのことを考えているのに、目の前のトキヤを疎かにするのは本末転倒だ。慌てて撫でる手に気合いを込める。  それにしても。 「……イッチー、髪、手触りいいね」  なかなか頭を撫でさせてもらう機会がないので(彼はよくレンの頭を撫でるというのに!)新鮮な気持ちもあるが、それにしても指通りは柔らかで滑らかだ。しばらく撫でていたくなる。  言うと、トキヤは嬉しげにする。 「ちゃんと、手入れしていますから」 「イッチーの、その意識の高さは素直に尊敬するよ」 「私は持ち物が少ないので……」 「持ち物?」 「あなたのように生まれつき持っている才能が少ないということです」  拗ねた声で言う。トキヤは拗ねるとやや厄介なのだが、機嫌をちゃんと取らねばもっと厄介だとわかっている。  が、レンが思ったよりは拗ねていなかったようだ。 「素直にあなたを羨ましいとも思いますが、恋人として負けていられませんから。自分でできる範囲で磨けるものは磨くんです」 「さすがだね」  いい子、と頭や頬を撫でる。天賦のものが多少あっても、うかうかしていられないなと思わせられるのはこんな時だ。 「……恋人が努力の天才で良かったと思っておくよ。……おや、イッチー、おねむかい?」 「う……そんなことは」  目許を少し擦り、目は眠たげにとろりとしている。目蓋も瞬きが遅い。 「少しの間なら寝ててもいいよ。こうしてるから……って、もう寝てる」  こんなに寝付き良かったっけ、とおかしくなる。  なんだか可愛いトキヤに惑わされてしまったが、三十分か一時間もしたら起こしてやろうと思いつつ、トキヤの幼さも感じられる寝顔を堪能しながら頭を撫でた。  起きたトキヤはすっかりいつも通り、どころかしばらく顔も見せてくれなかったので、次に拗ねたのはレンのほうだった。
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