ぼくらから見たきみたち

「イッチーの誕生日だから、一緒にお祝いして欲しい」  そう言われた時、蘭丸もカミュも即座に断るつもりではいたのだ。 「オレの誕生日、祝おうってランちゃんとバロンを誘ってくれたのはイッチーなんだろう? お礼もしたいし、ランちゃんとバロンの誕生日もお祝いするから」 「コイツはいなくていいからな」 「珍しく意見が合ったな黒崎。まったく同感だ。こやつに祝われるなど虫酸が走る」  不穏な空気になりかけたが、レンは動じなかった。 「良かった! じゃあ六日の十一時に迎えに来るよ。オレの時もランチだったし……お肉もデザートもスペシャルなオーダーしてあるし、味は保証するから楽しみにしてて」  あとできればプレゼント渡したいから、何か案をくれたら嬉しいな。  そう言って去って行った後輩に悪態もつけずに見送ってしまった。 「……浮かれた顔しやがって」 「貴様にしては断り方が足らぬのではないか」 「テメーもだろ。……スペシャルなデザートに釣られたろ、絶対」 「それならば貴様はスペシャルな肉に釣られたのであろう、卑しい男だ」 「ぁあ?!」 「ふん、弱い犬はよく吠える」 「誰が犬だワカメ、おまえトキヤへのプレゼント考えとけよ」  これ以上この男といる理由はないと、蘭丸は珍しく持ってきていたバッグを手に立ち上がる。 「何故俺に言う。貴様も考えろ。神宮寺は俺だけに言ったわけではないぞ」 「……おまえ、レンには甘いんじゃないか?」 「誰がだ。恩を売っておけば後で何倍にも返してもらいようがあるだろう」  コイツはそういう男だった。そんな顔で溜息を吐き、楽屋を出る。なんにせよ、レンが誰かのために趣向を凝らした料理を用意するのであれば、それが不味いわけがない。肉ならなおさらだ。  飯代の代わりだと思っておいてやるか。  トキヤが何を気に入るかさっぱりわからないが、何かは用意しておこう。どうせ贈るなら、自信があるものでなければ。  同じ舞台、板の上に立った、少し神経質な生真面目男を脳裏に描きつつ、次の現場まで急いだ。  休みを合わせることは出来なかったが、ランチの時間を合わせることには成功した。  レンからは三時間くらいは時間を取っておいて欲しいと言われたので、どんな王侯貴族のフルコースを用意されるのかと思ったが、さすがにそこまでではなかった。  ただ、学園時代同様、彼とふたりのランチなのかと思っていた予想は外れた。 「……カミュさん……黒崎さんまで」  これは一体?  戸惑いの目を向けると、レンはにこりと微笑みを向けてくれる。相変わらず綺麗に笑む男だ。 「お返しだよ」 「お返し?」 「オレの誕生日のね」 「……それにしても」  どちらか一方ならともかく、このふたりが揃うなんて。  あの時はレンの誕生日だから特別だと思っていたし、ふたりもレンだからと言っていた。なおも戸惑っていると、レンが苦笑して肩を叩く。 「そう難しく考えないで。バロンは美味しいドルチェが食べたくて、ランちゃんは美味しいお肉が食べたい。オレはどっちも叶えられるお店を知っていた。……簡単だろう?」 「……そう、ですね」  それならわかる気はする。わざわざこの日にしたのはレンの采配だと思っておく。  ちらりと見たふたりは、やけに複雑な顔をしていた。その理由をトキヤは知らない。 「レンのやつ、自分が主役でもねえってのにはしゃぎやがって」  腕を頭の後ろに組み、蘭丸が溜息を吐いたのはレンとトキヤと別れた後だ。レンの車で事務所に送ってもらったところ。この後カルテットナイトが集まっての打ち合わせがある。 「……もともとあやつは自分がしたことで人が喜ぶのが好きだろう」 「そうだが……」 「…………」 「…………」  つい先程のランチのことを思い出す。蘭丸とカミュを見た時のトキヤの顔はなかなか傑作だった。トキヤがSNSで自分たちのことを言わなければ、レンの誕生日でもレンで同じ顔が見られたのだろう。  あの時もサプライズだった。レンが泣いたと言うと必死で否定してくるので、泣くのを堪えていたということにしている。それと違いトキヤが泣きそうになることはなかったが、かわりに上機嫌だったのはふたりの目には明らかだった。それ以上に上機嫌だったのがレンだったというだけで。 「ほらイッチー、こっちのお肉も柔らかくて美味しいから食べてみて」 「あなたは、また人の皿に勝手に……」 「いいじゃないか。ラムは脂身も少ないしヘルシーだよ? それに美味しいものは皆で分かち合いたいだろう? ね、ランちゃん、バロン」 「こっちに話振んな」 「デザートならいくらでもひとりで食えるが」 「今そんな話してねぇ」 「まぁまぁ……お肉もデザートも、たくさん食べていいから」  寄ると触ると口喧嘩へ発展するふたりを宥めながら、レンは楽しそうにしていた。その隣でトキヤはレンを見つめながら、言い表しようがない優しい表情でレンを見ていた。  最後のデザートの時もなかなかになかなかだった。 「はい、イッチー」  レンが差し出したスプーンを、トキヤはレンと交互に見た。 「……なんですか」 「イッチーはソルベだろう? オレのはベイクドチーズケーキだから、一口あげる」  はい。  差し出されたスプーンを、さすがにトキヤは戸惑いの目で見たし蘭丸とカミュへ救いを求めるような目で見てきた。 「……この紅茶のシフォンケーキ、ふかふかしてて美味えな」 「俺に食べさせたいなら食べてやろう」 「言ってねぇよ」  助け舟は出ないとわかったらしいトキヤの顔は相当見ものだったが、笑顔のままスプーンを差し出しているレンに根負けしたらしい。おずおずとスプーンへ口をつけた。 「……食べさせたいならいつものように皿に置けばいいでしょう」 「ん、食べてもらいたかったからね」  にこにこと機嫌の良いレンは、そのまま居心地悪そうにデザートに手をつけるトキヤを見つめていた。  その目が他の仲間たちを見ている感じとは少し違う気がしたのはずっと引っかかってはいたのだが。 「……あいつらまさかーー」 「言うな」  カミュの鋭い制止に、胡乱な目を向ける。 「んだよ。まだ何も言ってねぇだろ」 「皆まで言わずとも、貴様ごときが何を言おうとしているかこの俺がわからんと思うか」 「……あのふたりがどうあれ、俺には関係ねぇからいいか……」 「何を言う。事によっては重大な秘密だぞ」 「は? まあそりゃ」  アイドルに恋愛はご法度、とは事務所の方針ではある。社長である早乙女にバレたら、よくてめちゃくちゃ怒られた上に別れさせられるだろうし、悪ければ謹慎その他の処分が待っているに違いない。それがわからないふたりではないと思うが。  そこで蘭丸はハッと気付く。 「まさかテメェ、あいつらを脅すつもりか」 「ふん、野蛮な。俺はそんなことをするつもりはない」  鼻を鳴らしたカミュは、普段以上に尊大な顔をする。 「ただ、あのふたりがどうしても俺に食べて欲しいものがあるというのなら、応じてやらんこともないだけだ」 「もっとタチ悪ィじゃねえか」  タカリにも程があるしあくまで自分からたかったわけではないと言い張るだろうし、あのふたりもそれを容認するだろう。それがわかるだけにやり口が汚い。 「普段から俺に感謝したがっているのだろう、いいことではないか」  ほんとにこいつは甘いもんとなると見境なくなるな、と蘭丸は呆れる。いやしかし、そういえばこの男は自分が日向からもらった苺を強奪した男だった。自分で買えとは今でも思う。甘いものに関する執着と意地汚さはそのへんの子どもを上回るのではなかろうか。  はぁ、と大袈裟に溜息を吐いてやったのを咎める顔をしたが、黙ったのはミーティングルームに嶺二と藍が入ってきたからだ。 「おっ、ミューちゃんもランランも、今日は静かにしてる?! 槍でも降るかな?」 「珍しいね。悪いものでも食べた?」 「ふたりしていっぺんに失礼なこと言ってんじゃねぇぞ」 「そうだ。俺はこやつと違って悪いものは食べぬ」 「そうじゃねぇ」  どいつもこいつも喧嘩売ってんのか。  けれど怒りを爆発させる前に、藍が「ほら、始めるよ」とさっさとミーティングを仕切り始めたのでやり場をなくしてしまった。  盛大に溜息を吐き出す。  せめてうまいことやれよ、と思うが、祈りが天や彼らふたりに通じるかはわからない。 「…………あいつらまさか、アレでバレねぇとか思ってんのか?」 「ランマルうるさい」  悪い悪いとちっとも悪く思ってない顔で謝罪するが、とりあえず今日食ったあの肉は美味かった、と別のことを覚えておくことにした。
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