愛しき灯り

「そういうことがあるらしい、という話は、一応聞き及んではいますが」  8月6日。  レンの目の前にいる男の誕生日、その夜に、彼のファンが彼の出身地である福岡のタワーを、彼の色にライトアップするのだという。  SNSで拡散されていた情報を、情報入手に長けたレンが入手したのは数日前の話で、その日は一緒に過ごす予定だから一緒に見よう、と話は自然に進んだ。  現地に行けるのが1番だが、さすがにそれはどうかとトキヤが難色を示したので、ライブカメラでの観賞となった。  タブレットをテレビに接続して、操作する。あらかじめ見るライブカメラのアドレスは教えてもらっているから、ブラウザからアクセスするとすぐに景色が映った。 「……ずいぶん、タワーから近いところにカメラがあるんですね?」  アクセスが多くなって接続が切れなければいいですが。  言われて、内心で冷や汗をかく。千里眼かと思った。 「そうだね、穴場を教えてもらったから……それにしても豪気なプリンセスもいたものだね。故郷に錦を飾る、というより……飾らせる、かな?」 「あのタワーでこんなことができるなんて知りませんでした。あなたのファンなら、横浜でするのかもしれませんが」 「どうだろうね? もしされたら、ありがとうって……今日みたいに観るかもしれないね」  未来の話より、大事なのは今だ。  そろそろ時刻が変わるだろうか。スマホで日本標準時刻を表示させて今か今かと待つ。二十秒前から互いに口数が減った。 「……あっ」  それまでのライトアップから、明らかに変化する。  紫の光、きらきらと輝いて、回って。光の中を泳ぐようなひかり。まるで、彼のステージのよう。そう思うと、ステージで活き活きとした動き、瞳の輝きを見せる彼を思い出す。ソロライブも。  色々な思い出を重ねていると、点灯の時間はあっという間に過ぎる。カメラの位置が良いお陰で、タワーが全体的にすべてが見えた。ほんの数分だったのに、数秒の出来事のようにも思える。これはちゃんと礼を言ったほうがいいかもしれない。 「……きれいだったね……」  ほう、と息を吐いて、いつものライトに戻ったタワーを眺める。すぐに画面を消しても良かったが、もったいなくて、まだつけたままにした。 「ライトアップはあんなふうになるんですね……」  トキヤの呟きも、どこか夢見心地だ。レンにしても同じような、ふわふわした気持ちだった。たかがライトで、と思われるかもしれないが、されどライトだ。 「いいものが見られたね。来年はオレが申し込もうかなぁ」 「あなたが言うとシャレになりませんよ」 「やだなあ、本気に決まってるじゃないか」 「……なるほど? 本気だから、ライブカメラもどうにかしたと?」 「えっ」  何の話か。  誤魔化すには少し狼狽しすぎた。 「ライトアップがあるのは一応知っていたと言ったでしょう。念のため、タワーから一番近いライブカメラも探しておいたんです。もしあなたが探し当てたカメラより近ければ、そちらをお知らせしようと思って。ですが、今のカメラは私が知るどこよりも、タワーに近かったし、角度も良かった」  なので、一般の人が使えないカメラか、新たに設置したか、どちらしかありませんよね? と訊いてくる。  なんだかずいぶん人が悪い話ではないか。 「……特等席で見たっていいだろう、恋人の誕生日を祝ってくれるライトなんだから。現地に行くのは我慢したんだし」 「変なところで御曹司らしいことをしないでください。まったく……」  トキヤは苦笑するが、レンをちらりと見るとすぐに優しい微笑に変えてくれる。 「それだけ、私の誕生日を祝いたいというあなたの気持ちは伝わりましたよ」 「イッチー……」  恋人の優しげな言葉、笑みに感動したのも束の間。 「あなたの誕生日に大したことができるとは思いませんが、覚えておきなさい」 「えっ」  恋人の誕生日に対してずいぶん不穏な台詞ではないだろうか。何を覚悟しろというのか。 「そこは秘密のお楽しみ、というやつです」 「ええ……」 「綺麗な顔が台無しの顔をしないでください。コーヒーを淹れますよ」  機嫌が悪いなら直してくださいね、とトキヤが笑う。機嫌の良さそうな恋人を見るのが好きなのはレンも一緒で。  結局、「仕方ないな」とトキヤに甘いところを見せて機嫌を直したのだった。
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