「あなたもなかなか懲りませんね?」
仮にも恋人を前にしてその言い草はどうかと思う。けれどレンは気を悪くした様子もなく、尻尾をふるりと揺らした。本人曰くジャガーの尻尾だ。言われてみれば模様はそんなふうに見える。以前撮影したアニマルシリーズでもレンはジャガーだったから、その印象も多少残っているのかもしれない。
それはそれとして、この態度はどうなのだ。
「面白いことは何度挑戦したっていいだろう? って言っても、どうして二回もこんなことになったのかはわからないけどね」
前回は猫だったけれど、今回は違うけどね、と言うレンはどこか自慢げでもある。そういうところがかわいいと思われていることに気付いていない。
トキヤはわざと大きな溜息を吐き、それからレンとの距離を詰めた。なんと思おうと、この状況が前回と同じパターンなら、今すぐ耳や尻尾が取れてしまうことはない。
「触っても?」
「いいよ」
許可を得てから頭の上に生えた耳、尾?骨のあたりから伸びた長い尾に触れる。どちらも毛並みは最高で、絹かベルベットのよう。そして温かい。つまり付け耳などの類ではない。触った時にぴくりと震えた気がしたのは、気のせいだろうか。長い尾はなんだか落ち着きがない。
「……触りすぎじゃないか?」
「そうですか? 気のせいでは?」
「……いや、気のせいじゃないよ絶対! 触りすぎ!」
「そんな邪険にしなくても……」
払われてしまった自分の手を見つめて少ししょんぼりと項垂れる。ダメージがあったわけではないが、少し考えてしまう。
「イッチーがそんなに猫好きだとは思わなかったな」
「私はどちらかといえば猫派ですよ? ねえレン、前回のことであまり覚えていないことがあるのでたしかめてみたいのですが」
「……イッチーがそう言う時ってあんまりいい予感がしないけど。なに?」
「ひどい言われようですね」
自分の言動は棚上げして、溜息を吐く。はいはいごめんねと誠意のない謝罪をもらいつつ先を促されると、小さく頷いた。
「キスをしても?」
「……そんなの、許可を取らなくたってしてるじゃないかいっつも」
いまさらなんだい、と猫のように目を細めて笑いつつも、キス待ちしてくれるレンは間違いなく可愛らしい。
ソファで座っている距離を詰め、滑らかな手触りの頬へ手のひらを添える。
瞳を覗き込むように見つめながら顔を近付け、くちびるを触れ合わせる。やわさをたしかめるように食み、くちびるのあわいへ舌先を滑らせた。
薄く開いてくれたくちびるとくちびるの間に差し入れれば、彼の舌も控えめに迎え入れてくれる。触れ合わせ、絡ませると身体の距離はゼロになり、何も言わなくてもぎゅう、と抱きしめてくれるのがかわいらしいと思う。
「ん……ぅ……」
くちびるの隙間から漏れる声を心地よく聞きながら、手をひとつはレンの頭のほうへ、ひとつは腰から下へとさりげなさを装って滑らせる。抵抗がないのはトキヤの目的に気付いていないせいだろう。
口付けの角度を変えて深めている隙に、艶やかな毛並みの耳に触れる。ぴぴっとこちらの指を払うように動かれたが、それ以上は何もない。腰のほうへ移った手は、さらにその下、尻尾の付け根のあたりを撫でる。
「っ! ン……!」
びくりと震えたレンが、手を拒むように身動いだ。これはイヤなのか、他の理由か。
触れにくいという理由だけでレンのボトムを緩め、さらに尾の付け根あたりを撫でる。トキヤを抱きしめていた手が、シャツの背中を引っ張り、爪を立てる。どうやら爪も鋭くなっているようだ。
「……痛いですよ、レン」
「そうだろうね引っ掻いたからね。イッチーが変なところ触るからだろう?」
「変なところなんてありませんよ。それとも、恋人同士のふたりが触れ合うのに、何か問題でもありますか?」
「問題だらけじゃないか……?」
「そもそも、あなただってそんな姿の自分を私に見てもらいたくてここに来たわけでしょう? あなたを大好きな男が、あなたに対してどうするか、わかっているわけでしょう? 前科があるわけですし」
「……イッチーがこういう時にそういう開き直り方、理論で来るとは知らなかったかな……」
「普段とまったく同じ対応でいろ、というのなら、そうなるように努めますが。あなただって多少は私の反応を楽しみにしていたからそんな格好で来たのでしょう? 違うのでしたら私が読み違えただけですので、今日は一切手出ししません」
少しでも触れればいつもと違うところに触れてしまうのは目に見えているので、と言い切ると、レンは困ったような表情をする。
「……極端だね……」
「あなたがイヤだと思うことはしたくありませんし、強引にして嫌われたくありませんから」
これは本心だ。今さらレンに嫌われて、別れ話にまで話が拗れてしまうのは避けたい。それに、単純にレンには笑っていて欲しい。きれいな顔は曇らせたくはないのだ。
トキヤがすることでレンが嫌がるようなことはほぼないとわかっていても、可能性がコンマ以下でもあるなら潰しておきたい。
「変なところで完璧主義を発揮するよね……」
「大切なところですから。……それで、どうなんですか」
「訊くかなぁ……いいけど。ここじゃヤダ」
「……場所の問題ですか?」
「場所の問題にしたいんだよ。ほら」
連れてって、と伸ばされた手を素直に取る。先に立ち上がると、レンが立ち上がるのを支えてエスコートするように寝室へと案内した。
「触るのはいいけど、そこばっかり触るのはナシだからね」
「……はい」
「なに、いまの間」
「なんでもありません」
「なんでもあるような気がするけど……」
仕方ない子だね、とレンは苦笑して、結局は許してくれるのだった。