Corteggiamento appassionato

 レンのソロライブ公演への準備が着々と進んでいく中、その日の打ち合わせは曲目のピックアップとリスト作成だった。  内容が内容なので、外で打ち合わせするのも、と考えた結果、今日はトキヤの部屋に呼ばれている。目の前のコーヒーカップに注がれたマンデリンも、彼が豆から挽いて淹れてくれたものだ。 「構成としては、ソロ曲で始まり、合間にグループ曲を挟みつつ、中盤から後半にさしかかるあたりで私のミニライブが入り、あなたのソロ曲で締めていく、という形になるかと思いますが」  このあたりは先にソロライブをしているメンバーや先輩たちも同じような構成なので、大きく外れることはなくていいし、グループ曲をソロで歌うのもそれはそれで新たな発見があるものだと思っている。  レンは頷いて、クラッチバッグから紙を取り出した。 「一応、曲のピックアップはしてきたんだ。ライブ自体は2時間くらいだろう? 合間にトークやイッチーのパートが入ることも考えて、これくらいかなって思える感じで。でも曲順は決まってないんだ、イッチーの意見も聞きたくてね」 「どれどれ……、…………なるほど」  コンセプトは『自分の、ありのままをさらけ出す』だったか。彼のソロ曲の中でも、それらしい曲がセレクトされているし、統一性が見えていいと思う。 「リリースが古い順番にリストを組むのも良いと思いますよ。途中でアクセントになるようにグループ曲を挟んで……ただ、オレンジラプソディは真ん中あたりがいいのではないでしょうか」 「真ん中あたり?」 「ええ。ソロステージですから、ずっと出ずっぱりになりますし。緩急をつける意味でも、ここで少しゆるめの曲をいれるのもいいと思います。あなたの曲に、あまり緩いのはないですが……体験談です」 「なるほど、先輩の言うことは聞いておこうかな」  くすりとレンは笑う。ただ一方的な提案だったら反対されたかもしれないが、体験談は強かったようだ。  けれど順調だったのはそこまでで、そこからが曲順の決め手に欠けていた。コーヒーを飲んだり、珍しくトキヤが用意していたクッキーなどをつまんだりしたが、上手くハマらない。「これだ」というものにならないのだ。 「……そういえば、イッチーのミニライブのほうの曲って、決まったのかい?」  ふと思い出したように問いかけてくる。これも気分転換のひとつか、と思いトキヤは頷いた。 「ええ。もともとミニライブは多くて3曲ほどですからね。あなた目当てのレディたちの視線や心を奪いすぎてもいけませんし」 「おや、言ってくれるね。でもそのくらい強気でやってくれるほうが、オレとしてもやりがいがあるかな。何度でもレディたちの心を奪うつもりだからね」  で、何を歌うの?  再度問われ、今度はこちらからメモを見せる。そちらへ視線をくれたレンが、「え」と小さく呟いた。 「イッチー、オレのライブでコレを歌うのかい?」 「いけませんか?」  レンが指さしたのは三曲目にしようと考えていた「Secret Lover」だ。レンの戸惑いは想定の範囲内。 「いや、いけなくはないけど……どういうつもりでこの曲を選んだのかは気になるところだね」  空色の瞳がトキヤをじっと見つめる。夜色の瞳で見つめ返し、にこりと笑んだ。 「女性たちに対する宣戦布告でしょうか」 「おいおい……」 「まぁ、そこまで過激なものではありませんが」  心情的には近いものがあるとしても。これは黙っておく。自分のソロライブで歌った時には、なんとでも言い訳ができたけれど。  とはいえ『秘密の恋人がいる』曲を自分のライブとレンのライブで歌う意味。  レンは苦笑して肩を竦めた。どうやら通じている。 「熱烈な気持ちは嬉しいよ」 「本当は全世界に言って回りたいくらいですけれどね。あなたは私の恋人だと」 「意外と独占欲が強いよね……」 「あなただって人のことは言えないでしょう?」 「まあ、そうなるかな……」  視線を逸らしたレンが、ハッと手許に視線を落とす。 「え……じゃあまさか、オレがこの曲を最後にしたらそれは」 「アンサーソングと受け取りますね、私は」 「う……」  レンは言葉を探すようにうろうろと視線をさまよわせていたが、結局見つからなかったようで深い溜息を吐いた。 「……でも流れとしてはこれで締めて、アンコールがあればこっちの三曲で締めるほうが綺麗にまとまるから……」  どうやら自分と折り合いを付けていく方向でまとまったようだ。トキヤの想いや独占欲を否定しないところが優しいし、レンも同じ気持ちなのだと再確認する。  本当に、好きで良かった。 「……まとまりがいいから、流れが綺麗だからだよ? わかってる?」 「ええ、そうですね」  何事も建前は大切だ。特にレンの場合はそうだろう。  機嫌の良いトキヤの顔をまともに見ず、レンはまた溜息を吐く。その頬がほんのり色付いていることを、トキヤは見逃さなかった。
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