メインのメンバーが「やりたいこと」を主軸にしたライブ。
それを具体的に、ディレクターとしてサポートするメンバーと協力して作り上げる。もちろん、事務所もそのバックアップを惜しまない。
アイドルとして、これほどまでにやりがいのあるステージ、自己表現ができるステージがあるだろうか。対象となった十一人のアイドルの誰もが、社長からの発表に目を輝かせた。
今回、ステージに立つのは神宮寺レン。
ディレクションは一ノ瀬トキヤ。
社長であるシャイニング早乙女がどのような方法でもって各アイドルのディレクターを決めたのかはわからないが(あみだくじではないかという噂がまことしやかに囁かれたが)、発表があった時、トキヤは頭が真っ白になったことを思い出す。
レンとふたりで、レンの、レンのためのステージを作り上げる。
彼を輝かせる手伝いが、できる。
レンはアイドルになるべくしてなった男だ。
天性の輝きは学園でもトップだったと思う。うつくしい容貌、理想的な体型、華やかなオーラ。誰もが無意識に彼を目で追ってしまう。おまけに艶やかで甘い声。一度彼を知れば、視覚だけでなく聴覚も彼に満たされる喜びも知り、それ以前に戻れなくなってしまうのではないか。大げさではなく心からそう思う。ーー自分が、そうだったから。
学園時代の前半はともかく、後半のレンはアイドルになることへ前向きで。自分の魅力もわかっている男だから、輝きはいっそう増した。まぶしかった。目を焼かれてもそのひかりを見たいと思った。
無論、クラスメイトとしてもライバルとしても、トキヤに負けるつもりはなかったし、いまも負けるつもりはない。
だからーー彼のディレクターに選ばれて誇らしささえあるし、当然だとも思う。誰より彼の魅力に夢中になっているし、彼の魅力を全世界にわからせたいとも思っている。その機会を得られたのだから、トキヤが張り切らないわけがなかった。
「いや……その、気持ちは嬉しいんだけどね? イッチー」
ちょっと待って、とレンがトキヤの勢いを押しとどめる。レンとはタイプの違う綺麗な顔、紫紺の瞳が、不思議そうにレンを見つめた。
「どうかしましたか?」
「どうかも何も……どうしたんだい、これ」
指さされたのはテーブルの上、に、ところ狭しと並べられた皿、料理の数々。見た目も色とりどりできれいだし、盛りつけもまるでお店で出される料理のようで美しい。香ばしい、食欲をそそる匂いはガーリックだろうか。
が、これはなんだ。
「今日はライブの打ち合わせだった、と思うんだけど……?」
「ソロでのライブは初めてではないにしても、七人で行う時と比べて体力の消費量は大きくなります」
大真面目にトキヤが口を開いたことに、レンは驚きつつも頷く。以前那月がプロデューサーになってくれた時のライブ。楽しかったしやりがいはあったが、たしかに体力的にはキツい部分もあった。
「あなたは他人に弱音を吐くことを潔しとしないですし、努力しているような姿を見せることも好きではないでしょう。美しい水鳥のように、水面下で足掻いている姿を表面上は見せたくない」
「ん……まあ、そうかな」
「体力は気力を支えます。基本的な身体能力が高くても、体力がもたなくては集中力はもたない。そこで……」
スタミナのつく料理を色々と作ってみました。
トキヤは平然とした顔で言う。
レンはもう一度テーブルを見た。少なくとも十品以上はある。米もなんだか変わった色をしている。
これを、全部、トキヤが?
「夕飯時ですし、どうぞ食べてください。体力作りのメニューも組み立ててきました」
「……至れり尽くせりってやつかな……?」
「あなたのための、あなただけのステージです。それに私がディレクターである以上、成功しか見ていません。ですが、成功を大成功にするのは、あなたですから」
にこりとトキヤが笑む。一応、実力に関しては信頼されている、のだろう。
基礎はたしかに応用を支えるのに必要な部分だ。トキヤの言うことも一理ある。
「でも、こんな食事が今日だけだと意味がないんじゃないかい?」
「ああ……心配は要りませんよ。毎食考えてありますから」
「えっ」
「当然でしょう? ただ、他に仕事もありますし……多少の変動も計算のうちです。その代わり、その日に何を食べたのかは教えてくださいね」
「栄養管理士か何かかい……?」
「うつくしいものをよりうつくしく魅せるために必要なことです」
あ、マジなやつだ。レンはトキヤの眼を見て悟る。となれば、何を言っても無駄ということだ。
とはいえ、トキヤが間違ったことを勧めてくるとも思えない。それに彼の料理が美味しいことはよくわかっている。レン自身のために作られたとなれば、なおさらだ。
「……じゃあ、冷める前にいただこうかな」
「はい。たくさん食べても大丈夫ですよ」
「おや、イッチーがそんなことを言うなんて……ローカロリーってわけかい?」
「抜かりはありませんよ」
「頼もしいね。じゃあ……いただきます」
「めしあがれ」
にこりとトキヤが笑む。
これから二人三脚、ライブが終わるまで。
最高のものを届けるために、張り切って行こう。
幸せの味がする食事を食べながら、改めてレンは心に誓う。
「そうそう。言い忘れましたが、ライブが終わるまであなたに触れませんから」
「……は?」
口に運んだきんぴらを、危うく噴き出すところだった。セーフ。
「何か不都合があってはいけませんし…身体を痛めることになっては言語道断ですし。どのみちいつもライブ前はしてないでしょう」
「え……いや、そうだけど」
「構成上私のミニライブも含まれますが、あなたと同時にパフォーマンスをするわけではありません。何かあってもカバーできる人間がいないということです」
「……イッチーはオレがそれをできないとでも?」
「可能性を潰しておきたいんです」
あなたの負担になりますし、100%のパフォーマンスの1%でも削るような要因は取り除きたい、とトキヤは真面目な顔で言う。
「イッチーが完璧主義なのはわかるけどね……」
「私だけのことならここまでしません」
あなたのことだから、と言われて嬉しくないわけはない。
ないのだが。
「……納得はしてない……」
「でしょうね」
「アッサリじゃないか」
「なので。今日はあなたが納得するまでします」
「……は?」
「それから明日以降もがんばりましょうね」
「え?」
どうしてそうなった?
トキヤの思考はときどきぶっ飛んでいてレンの理解を超えるが、今日は今までの中でも一、二を争う。食べかけのポトフがスプーンから落ちるところだった。
きっと、トキヤはトキヤの理論、道筋でもってそんな風に結論づけたのだろう。人それぞれ考え方も感じ方も違う。
そんなことはわかっている。わかってはいても、だ。
どうしてそうなった?
そう問えば、きっと理由を返してくれるのだろうとは思う。ただ、レンにはそれらのどれも理解できないというだけの話で。
思わず無言で食事を続けたのは、先輩である蘭丸の教えによるものだということにしておく。
食事はどれも文句なく美味しいのに、どこか味気なくも感じた。
「ご褒美も用意しますよ」
「……ご褒美?」
「ええ。私が課題を与えているのですから、課題がクリアできれば私からあなたへご褒美を用意する。当然のことです。……何がいいか、考えておいてくださいね」
ご褒美。
トキヤがくれるもの。
「……なんでもいいのかい?」
「私があなたに差し上げられるものでしたら、なんでも」
微笑むトキヤは優しげで、ついつい騙されてしまいそうになる。
とはいえ、途中でイタズラや悪事をしかけるつもりがまったくないかと言えば嘘になるのだけれど。
「わかった。……考えておくよ」
「よろしくお願いします」
涼しい顔をするトキヤの顔を盗み見つつ、いったいどんな無理難題をしかけてやろうかと考える。
だいたいその無理難題が自分に返ってくることに、レンは気付かないでいた。