あの頃と今のぼくたち

「翔。レンを見ませんでしたか?」 「レン? 見てねーけど……」  いつもポーカーフェイスの一ノ瀬トキヤが珍しく焦った様子で現れると、来栖翔は常にない彼の様子に首を傾げる。 「なんかあったのか?」 「何かも何も……人のロッカーにこんな袋を入れて」  そこで初めてトキヤが手にしていた紙袋に気付く。一抱えほどもある大きな紙袋は、端に赤い薔薇の造花がテープで留められていた。なるほど、気障で伊達男な神宮寺レンらしい。他にこういうことができそうな人間は、たしかに彼以外思い浮かばない。 「いったいどういうつもりなのか……」 「……手紙か何か入ってなかったわけ?」 「手紙?」  トキヤが怪訝な顔で翔を見る。そう、と翔は頷いた。 「何故そんなものを……、……入っているみたいですね」  留められていた袋の口の隙間から中を覗いたトキヤが眉間に皺を寄せる。出会い頭から険しい顔しか見ていない気がする。 「おまえ宛って書いてあるなら、開けていいんじゃねーの」 「…………はぁ……」  丁寧に、袋にダメージを与えないように開けるあたり、神経質なこの男らしい。取り出したのはメッセージカードで、表に「イッチーへ」と書いてある。レンの字だ。 「……校舎の裏に来いとか……」 「開けてから言えよ、そういうことは」  おまけに連想がだいぶ古くないか。苦笑しつつ、トキヤがカードを開けるのを見守る。 「……プレゼント?」  声が怪訝だ。怪訝でしかない。 「……なんの言われもなく……もらうことはできませんが……」 「おまえ……自分のことなんだから忘れんなよ」 「?」 「誕生日。八月六日、今日だろ?」  指摘してやると、トキヤは大きく目を見開く。まさかと思うが、本気で忘れていたのだろうか。 「何故……それを」 「そりゃ知ってるさ。HAYATOとは双子だろ」 「……ああ……」  なるほど、と納得したように頷く。  危ない。  それは後から思い出しただけで、実のところ担任の日向に訊いたのだとは言えなかった。わからないが、何故だかわからないが、バレたら怒られそうな気がする。 「で、何もらったんだ?」  できれば話を遠ざけてしまおうと、トキヤが手にしたままの大きな紙袋のほうへ興味を向けた。  トキヤは「ああ、」と忘れていたことを思い出すように手元を見る。 「私の荷物がいつも多くてバッグが大きそうだからと……書いてありましたが……」 「ってことはバッグかぁ。あいつって意外とそういう気を回す……ってどうした!?」  トキヤの顔から表情が消えた。無言で翔に少し広げた包みの中身を示すように指さす。なんだろう、とおそるおそると紙袋の中を覗き込んでみると。 (レン――――!!!!)  誰もがよく知っている、いわゆるハイブランドのボストンバッグ。  頭を抱えたくなった。完全に二桁万円だし、学生が学生に贈るプレゼントの域を超えている。紙袋だけはショップのものではないのは、彼なりに一応気遣ってみたとかそういうことだろうか。 (違う……そこじゃねえ……そこじゃねえだろ……!!)  壁を殴りたい気持ちに駆られたが、今この場でそれをすればトキヤに色々怪しまれる。主に頭のほうを。それは耐えられないことだ。 「……金持ちの……考えるプレゼントは、ブッ飛んでるな……」  なんとかそれだけを絞り出して感想を述べる。よくやったと自分を褒めたい。逆に言えばこれ以上言える言葉もなかったのだが。  トキヤはものすごい顔で紙袋の中身を見ていたが、不意に顔を上げると、「それはいったいどういう感情なんだ」と問いたくなる顔でその場を後にする。 「あっ、トキヤ、おい……、……行っちまった……」  呼び止めかけたものの、けれどこれ以上自分に出来るフォローはない。  これで良かったのだ、これで。  そう納得しておくことにして、翔は予約を取っていたレッスンルームへと向かうのだった。
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