──あの噂が本当だとしたら。
窓の外を眺めながらぼんやりとレンは考える。
トキヤは、その女の子と付き合うのだろうか。
(イッチーは……例外は作らないタイプだと思ってたけどな)
プレゼントを受け取らないなら受け取らないで、徹底的に誰からも受け取る意思を見せない。そういう意味では平等なタイプだと思っていた。
けれど誰かのプレゼントを受け取った、というなら、その子は例外で──つまり付き合う意志があったのではないか。
(……イッチーが好きそうなのは、真面目で控えめで清楚な感じの子かな。あとは……努力する子とか)
トキヤ自身がストイックに自己を高める努力を惜しまないから、それはありそうだ、と自分の考えに頷く。
けれどそれは、学園の校則には反することで。
真面目で頭が固いトキヤがそのルールから外れるなんて思いも寄らなかった。あくまで噂が本当なら、の話だけれど──その場合、やはり退学もありえるか。いや、人一倍デビューへの目標へ貪欲なトキヤに限って退学になる事態は避けるに違いない。どちらかと言えば、学園長に交際を認めさせる方向へ走りそうだ──。
(……どの道、付き合うことに変わりはなさそうな結果だな)
深い溜息を吐く。
こういう悪い予感は当たるから嫌だ、と思ったところで、補講授業終了のチャイムが鳴った。
近頃トキヤは忙しいらしい。
バイトが立て込んでいると言っていたが、ここ数日ろくすっぽ姿を見せない。
レンは学期中の自主的な休講のせいで補講を受けていたが(ちなみに課題は全部済ませてある)、トキヤもバイトで足りない分の出席日数を補講で補うと聞いていたから、少しアテが外れた気持ちになった。もっとも、姿を見せたら見せたで噂の真相を確かめることができるかどうかはわからないが。
「なーレン、トキヤの噂って聞いたか?」
ひょっこり姿を見せた翔が、昼食時に聞いてくる。
(おチビちゃんに知れてるなら、そのうちリューヤさんたちにも知られるんじゃないか?)
思いつつ、「知ってるよ」とやはり小声で答えた。
「やっぱりか……噂だけどさ、マジだと思う?」
「どうだろうね。イッチーはプレゼントの類は受け取らないと決めたら絶対受け取らないタイプだと思うけど」
「だよなあ……じゃあやっぱ、受け取ってもらえなかったヤツが嘘の噂流してる可能性があるか」
「……嘘の噂」
驚きのあまり鸚鵡返ししてしまった。
その発想はなかった。
「嘘って、またどうして」
「そりゃ理由は色々あるだろうけど、愛しさ余って憎さ百倍、とか言うだろ? 受け取ってもらえなかったってことはフラれたようなもんだろうし、腹いせとかそういうのもあるんじゃねーの」
女じゃないからわかんないけど、と翔は付け足すと腕を組む。難しい表情は、どうやらその線を事実だと思っているようだ。
(腹いせ、か)
そういえばそういう噂を流されたこともあったな、とレンは自身を省みる。おおっぴらに、ではないがじわじわとした噂は、本人がそういうことをしそうなタイプであればあるほど信憑性を増す。
たとえばレンなら、クラスの女の子が妊娠して捨てられたらしい、とか。すぐに嘘とバレて、逆にその女の子が他の女の子たちの攻撃の的になったらしいが、そういうことがトキヤにも当てはまるかもしれないという指摘は盲点だった。
(……いっそ、そうなら良いんだけどね)
こればかりはトキヤ本人に訊くしかないが、どうやって訊いたら良いのだろう。
「本人に訊くにもなあ……トキヤ最近姿見せねーし」
「どう訊くんだい?」
「そりゃあ……いつものノリで訊くしかねーだろ。でも噂が噂だし、正直に答えてくれるかどうか……もし答えてくれなかったらそれはそれでショックっつーか……」
「……たしかに」
友人でもそこまで考えて良い、と言われたようでほっとする。
「イッチーは時々薄情だからね」
「だよなー。薄情つか、水くさいって感じだけど。もっと俺たちを頼ってもいいのになあ」
同じ目標を目指すライバルではあるが、四六時中張り合う必要はない。レンも翔も、そこでの意見は一致していた。
「……四月よりはマシになったけどね」
「あ、それは言える。最初の頃なんて俺たちなんて眼中にないって感じだったし、飯誘っても嫌そうにしてたもんなー」
それを思うと現状はたしかに丸くなったのだろう。
ただ問題は。
「…………答えてくれっかな?」
「…………どうだろうね……」
こればかりは、砕けるかどうか当たってみるしかない。
翔と目線で会話する。
──おまえが訊けよ。
──おチビちゃんこそ訊けばいい。
自分で訊く勇気は持てそうにない、とは言いづらい。友人にからかい混じりに訊くことなんて、たやすくできるはずで、そうできない理由を聞かせろと言われた場合、自分でもよくわからないのに答えられるはずがなかった。
普通の友人ならどうするのだろう。
今まで普通の男友達なんていなかったから、わからない。こういう時に友人が多い翔が羨ましくもなる。彼ならわかるのかもしれないが、訊く勇気は持てなかった。