「あれ、おまえ知らなかったの?」
意外そうな声をあげたのは、レンがいつもおチビちゃんと呼んでいる来栖翔だ。
翔の言葉にレンは眉を顰めた。
「そんな意外そうに言わないで欲しいな。オレだって何でも知ってるわけじゃあないんだよ」
「そうだけどさ。でもおまえ、最近けっこうトキヤと一緒にいるじゃん? 知ってるかと思ってた」
翔の言葉に虚を突かれた。
(意外と見られているものだね……)
そんなに仲良く一緒にいた記憶は、レンにはないのだが。小さく溜息を吐くと苦笑した。
「……イッチーは訊かないと教えてくれないからねえ……」
「あー……たしかに。そういえば俺が訊いたんだった」
知らなくても仕方がないか、と翔は頷く。もちろんレンの複雑な内心には気付いていないはずだ。
「みんな、俺の誕生日も盛大に祝ってくれただろ? 正確には俺と那月だけど。だからお返ししてやっから誕生日教えろ、って言ったんだよ。前に聞いたかもしれないけど、俺覚えてなかったからさ。そしたら──」
八月六日。
素っ気なく教えてくれたのだという。
(どうせならオレにだって教えてくれても良かったんじゃないかな)
水くさい。そんな思いがよぎる。トキヤが誰彼ともなく自分の誕生日をおおっぴらにするタイプではないとわかってはいるけれど。
それから、その言葉だけでは割り切れなさそうな何かが思考の端に引っかかった。
「でもさー、夏休みで良かったよな」
「? なにが?」
「誕生日。だってトキヤだぜ? おまえはわかりやすく目立つから、ああ誕生日大変だろうなって思うけど、トキヤだぜ?」
「うん、だから?」
「……鈍いなおまえ……」
がくりとうなだれてしまうほどのことだろうか。レンは真顔で首を傾げる。
「そんなに溜息ついてると早く老け込むよ、おチビちゃん」
「誰のせいだよ! ともかく……トキヤって、あのHAYATOと双子だろ? だったらトキヤ経由でHAYATOにも……ってプレゼント渡しそうな女子も多いんじゃないかって思ったんだよ」
「ああ……多いかもしれないねえ。でもイッチーの普段の態度じゃ……」
「受け取らねーだろうなあ」
翔と目線を交わし合う。ようやく彼の危惧しているものが何なのか、理解出来た。
「……なるほど。夏休みで良かったね」
「だろ?」
HAYATOへと渡して欲しいと頼まれたプレゼントをトキヤが受け取るにせよ受け取らないにせよ、混乱は起きるだろう。ひとりを受け取れば、後の者たちの分も断れない。便乗でどれほどの者がHAYATOへの誕生日プレゼントと、トキヤ自身の誕生日プレゼントを混ぜ込んでくるかもわからない。それならいっそ全部受け取らないほうが良い、とはトキヤが考えそうなことで、彼の立場にしてみればよくわかるけれど、それで悲しむ女生徒たちも多く出るに違いない。
そんなレディたちを慰めるのもやぶさかではないが、出ないなら出ないに越したことはないのだ。
「ま、どっちみちトキヤのことだから、当日はバイト入ってるかもしれねーけど」
「イッチーのことだ、ありえるね」
「……けれど俺たちは……」
「それをかいくぐる」
にやり、と秘密を共有し合う者同士の笑みを交わした。
そうして件の日が経過してしばらく。
レンは浮かない話題を聞いて、そうと悟られない程度に気を塞いでいた。
(本当、なのかな)
トキヤが、女生徒からのプレゼントを受け取った、と。
噂好きのレディたちがまことしやかに教えてくれたことで、目撃者はいないらしい、が。
(……ちょっと意外、かな)
例外は、徹底的に作らないタイプだと思っていた。
それはレンが彼の潔癖に近い完璧主義から推測していたことで、トキヤから聞いたわけではないから事実ではないと言えばそうなのだけれど。普段間近で接しているトキヤという人間を見ていると、噂が事実なのだとしたら何があったのかと、そちらが気になる。
(……もしかして)
そのレディのことをトキヤも気になっていただとか。
当然告白はされただろうから受け入れたとか。
(いや、それはないな……)
早乙女学園はアイドルを目指す者たちが集う学校であるからこその恋愛禁止令があり、トキヤは規律や校則といったものを好んで破る人間ではない。むしろ型にはまってしまうタイプだ。だからこの仮定はありえない、はず。
(けれどもし──それを越えて、好きになった人ができたんだと、したら)
ああいう真面目ですぐに視野狭搾に陥りそうなタイプの人間のほうが、これと思いこんで行動した時のエネルギーは爆発的なものになるのかもしれない。
その場合、友人としてどうすべきなのだろう。
「……レン」
「ん?」
「何なんですかさっきから人の顔を凝視して。何かあるなら言葉で言わないとわかりませんよ」
ふと我に返った。
どうやら図書室に仲良し三人組で集まって課題のレポートをやっつける作業をしている合間に、思考の海に溺れてしまっていたらしい。
じろりと睨まれて、さてどう返したものか。
「……手も動いていないみたいですが?」
「そうだね。……こっちの文献はこれでいいのかな?」
「いえ、こちらです。……しっかりしてください」
足を引っ張るなと言外の言葉が聞こえた気がして、軽く肩を竦める。
「何かあったのですか」
「うん? いや……そういうわけじゃないんだが」
「……あなたがこんなにわかりやすく気を抜くなんて、初めて見ましたよ」
ちらりと視線を寄越されて、口許で笑われる。してやったりと言わんばかりの表情に、レンは溜息を吐いた。
「そりゃあオレだって、目の前の勤勉な友人が可憐なレディからのプレゼントをどんな顔で受け取ったのかって考えてたら油断もするさ」
ほんのわずかな意趣返し、のつもりだった。
「っなんであなたが、それを、……!」
がたん、と大きく椅子を鳴らして立ち上がったトキヤは、彼にしては珍しく大きな声を出して──周囲の視線が集まったことに気付くと、すぐに我に返って改まった様子で椅子に腰掛け直す。
何事もなかったような体裁を繕うが、険の篭もった目がレンを睨む。
「レン……」
「……イッチー、その反応って、認めてるって言ってるようなものだけど……」
気付いてる?
苦笑すると、あからさまにトキヤは自分の失態に気付いた表情で下を向き、シャーペンを握っている手が震えている。指先が白くなっているから、力を込めすぎている。
そうしてよりいっそう恨みがましい視線を寄越してくるのだ。
「……案外隠し事がヘタだね、イッチー」
少しだけおかしくなって笑うと、後ろから小声が飛んできた。
「おいおまえら、何騒いでたんだよ」
「なんでもないよ。ちょっとオレが驚かしちゃっただけさ」
「またおまえか。トキヤいじるの好きだよなあ」
たった今の苦笑は翔が帰ってきたことで誤魔化されて溶けた。正直助かったとも思っている。
(さすがおチビちゃん、ナイスタイミング)
助かった、とは声に出さずにおく。