02仲の良い友人のはず、だった

 昼食の時間は取り巻きの女生徒たちとではなくトキヤと翔と、時にはAクラスの友人たちと食事をとることにしている。  彼女たちに囲まれているのは苦ではないが、産まれて初めてかもしれないまともな男友達というものを大事にしたいという気持ちもあるのだ。  大きな食堂はいつも、和食、洋食、中華ごとにセットランチが日替わりである。他にも単品の料理が用意されており、たとえば音也などはセットランチに加えて三品ほど、唐揚げやポテト、ハンバーグやデザートのケーキなどを付け足すこともあり、よくトキヤの眉間に皺を増やしている。  そのトキヤといえば、まるで小鳥のように、野菜や魚中心のメニューが常だ。真斗も似ているが、彼は和食のメニューを好み、セットでそれなりの量を食べている。翔は音也と似たり寄ったり、那月はそれよりは控えめ。  レンはといえば、やはり音也や翔と同じくらいだ。 「……いつもいつも疑問なのですが、あなた一体それだけの量がその体のどこに入り、カロリーが消費されているのですか」  この日はレンの好きなナポリタンがセットメニューで、サラダとスープ、コーヒーが付いている。それに加えて唐揚げとソルベまで頼んだが、育ち盛りの男子としては平均的ではないだろうか。 「イッチーが食べなさすぎなんじゃないかな。オレはこれくらいで腹八分目だよ」 「……どんな胃をしているのですか……」 「内臓のことまではわからないよ」 「何か特別な運動やストレッチでもしているんでしょう」 「前も言ったけど、特に特別なことをしているつもりはないよ」  ものすごい目で見てくるのだなと、ある意味感心させられる。それだけトキヤの体調や体型の管理は微に入り細に入っているのかもしれないが、苦笑を禁じ得ない。 「イッキだって特別何かをしているわけじゃないんだし」 「あれは無駄に動き回っているから理解はできます」  休み時間ごとに級友たちと騒いだり、昼休みは食べ終わると早速、翔とサッカーをしに校庭に向かう。なんだかんだと止まって、じっとしている時間が少ない。だからカロリーの消費率も良いのだろう。  対してレンはと言えば、休み時間は主に女生徒に囲まれて談笑しているし、時には授業をサボって何をしているのかわからないし、寮の部屋ではソファで雑誌をめくっていたりたまにダーツをしていたりと、運動らしい運動をしている様子はない。  それなのに、それだけのカロリーを摂取して他人が(特にトキヤが)羨む体型を維持している、というのがトキヤには不可思議に映るらしい。 「でも昔からだから……単に体質じゃないか?」 「……納得できません」  こんな風にトキヤに絡まれるのは一度や二度ではないから特に気にしないのだけれど、トキヤには気になる問題らしかった。見た目はずいぶん細身に見えるトキヤだが、それは彼の努力の成果だろうとは見ていてわかる。  トキヤにちらちらと見られる食事を終えると、溜まった課題を片付けようという殊勝な気持ちで図書室へ向かう。ちょうど返却する本があるからという理由でトキヤもついてきて、なんだか不思議な取り合わせになった。  これが真斗なら普通なのだろうけれど。 (つまりオレが異質なんだろうな)  少なくとも図書室という空間の中では。  それもそうだ、図書室では静寂を保たねばならず、必然喋ることがあっても声は抑えられる。そんなところで女生徒たちに囲まれて普段通りにお喋りなどできるはずがない。それに避けていたわけではないが、特に必要を感じて行く場所でもなかった。  そうは言っても、図書室で課題をやっつける、というのは言い訳としては可愛かったかと内心で苦笑する。 「ね、イッチー。わからないところがあるから、時間があるなら教えてよ」  にこやかに、人懐こい笑みを浮かべて頼んでみる。断られるかもしれない可能性も充分考えられたから、もし断られたとしてもダメージは少ない、はずだ。  トキヤはほんの少しの間で何か考えるような表情をし、それから溜息を吐いた。 「授業くらいちゃんと出たらどうですか。……少しだけですよ」  釘は刺されるが、やはりトキヤは優しい。 (その優しさにつけこんでいる気はするけれど……)  仲の良い友人ならこの程度は許されるのではないか。音也を見習えばそういう気がする。──トキヤと音也を、仲の良い友人と括って良いのかはわからないけれど。  図書室の、奥まった窓際のカウンターのような席へ陣取ると、早速とばかりに教科書と席に辿り着くまでに見繕った何冊かの本とレポート用紙を広げた。  課題はクラシックで有名な作曲家のある曲についての解釈を、彼が生きた時代背景を踏まえて考察し、その上で自分ならではのアレンジをする、というものだった。  どちらかといえば作曲志望の生徒向けの課題だと思ったが、単位に関わる必須のレポートとあり、他の生徒たちも必死に取り組んでいる、というのは休み時間に聞こえる同級生の会話で把握していた。トキヤがとっくに提出済みであることも、承知の上。  ちらりと図書室にかかった時計に視線を走らせる。大丈夫、まだ時間は三十分ほども残っている。それまではトキヤを独占できそうだ。 (……独占、って、友情でも使うものなのかな?)  たとえば女生徒のうちの何人かががレンを何とかして独占しようとしている時がある。その感情と、感情に結びつく行動は理解できる。けれどこの場合はどうなのだろう。  比較できる事例が少なすぎて、答えは出ない。 「……レン? ちゃんと話を聞いていますか?」 「うんごめん聞いているよ。だからもう一回言ってくれるかな?」 「……まったく……」  大袈裟なほど大きな溜息は、内心ほどの呆れではない。そういうアピールだ。次は気を付けろ、ということだろう。そのあたりはトキヤも優しいし、レンも聡かった。  互いに察するのが上手だから、居心地が良いだけ。  ほんの少し友情と違う気がしているけれど、そのことには見ないフリをして、また呆れられないようにトキヤの神経質っぽい指に見惚れた。
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