01小さく開いた距離が始まり

 オリエンテーリングのグループから始まった仲とはいえ、トキヤは初めからつれなかった。  誰ともつるむ気はないと言い、孤高を貫こうとする。そのたびにちょっかいをかけたりしていたが、寮での謎解きの時には少しは距離が縮まるかと思っていた。  トキヤとだけ同じグループだったら距離感に迷ったかもしれないが、幸い同じグループには翔もいた。年下だけれど彼は兄弟の長男ということもあり、どこか兄貴肌で面倒見が良い。彼と一緒になってトキヤを構いに行く、というのが当たり前のような日常になって一ヶ月。 「まったく……少しは落ち着きというものを持ってください」  仮にもあなた年上でしょう、と切れ長の目に睨まれても痛痒を感じない。 「仕方ないだろう、あれはボスの出題のせいさ」  早乙女学園名物の、学園長・シャイニング早乙女による授業妨害の無茶ぶり。この学園では早乙女が絶対で、どんなに授業が途中でも彼の出した問題を解くことが優先される。  この日の授業も、例によってどこからともなく物理を越えた登場の仕方をした早乙女によって滅茶苦茶になった。とはいえ無茶ぶりはまったくの無意味というわけではなく、学園を卒業した後、芸能界での生き方を見据えた、ハプニングにも充分対応できる対応力を鍛えるためのもの──というのはご大層な看板で、実のところ早乙女の単なる気紛れではないかという意見がもっぱらだ。  そうして潰された授業は次回にツケが回るわけだが、それについていくのも課題のひとつ。学園の最上位クラスであるSクラスに所属するともなれば、そんなことには対応できて当たり前だ。 「学園内に隠されたヒントを元に、制限時間以内にコインをたくさん集めたグループが勝ち、だなんて、ちょっとオリエンテーションを思い出したね」  そういえばあの時にトキヤにはひどいことを言われたなと思い出すと、笑いがこみ上がる。出会って何時間も経ってなかったのに、トキヤの洞察力に驚かされたのも記憶のひとつ。同じ穴の狢、と言われたようで、少し嬉しくもあったのだけれど。  トキヤは不機嫌そうに腕を組む。 「……アレの応用か、復習だとは思いますが。あの時よりは対応力が上がっていたようですね、あなたも翔も」 「みんな全体的にそうじゃないかな。オレたちだけってことはないと思うよ」  まあ座りなよ、とベンチの隣を手で示すと、トキヤは(失礼なことに)溜息を吐き、それから少しの間逡巡してから隣へ腰掛けてくれた。 (……おや?)  違和感を感じたのはおそらく自分だけ、なのだろう。トキヤは平然とした顔をしている。 「単独行動だったら、どうなっていたかわからないけどね。また違った結果になっていたかもしれない」 「だとしたら、もっと違う問題を出されていたでしょうね。個人の技量、判断が試されるような。今回はグループでの行動を目的としていたから、ああなっていたのだと思いますよ」  溜息を吐いて肩を竦める。  ほんの一ヶ月しか経っていないけれど、そんな仕草にもどこか柔らかさを感じるのは気のせいか。  そもそもトキヤは他人を寄せ付けないようにしている。それは彼の双子の兄がHAYATOという国民的なアイドルだから、自分を通してHAYATOを見る人間を遠ざけておきたいという気持ちもあったのだろうし、他人の助けを借りるのは潔しとしない性格もあるのだろうし、クラスメイトや他クラスの生徒も同じ目的に向かうライバルだとしか認識していないせいもあるのかもしれない。そのせいか、どこか神経質な、ぴりぴりした空気を纏っている。レンと翔が絡んでいる時には最初は苛立っていたようにも思うが、今は諦めもあるのか以前ほどではない。  どんな人見知りの犬や猫も構っているうちに懐いてくれるのと同じかな、と思うと少しおかしい。トキヤを犬猫と同列に扱う気はないが、少しだけ親しくなれた気がする。  今まで、特に親しい男友達という存在はレンにはいなかった。自分を取り巻く女生徒は入れ替わり立ち替わりで常にいたし、たまに近寄ってくる男子生徒もいたが、彼や彼女らがレンを透かして見ているものはレン自身ではない。背後にある実家の財閥や金銭、それに単に神宮寺レンという容姿、器であって中身は関係ない。  それはトキヤも感じていることなのだろう。だから良しとせずに他人を遠ざける。レンは逆にわかっていてその中に身を置く。他人に対する対処は違っていても、根っこは同じではないか。容姿にしたって、自分で選んで実の兄や母と同じになりたかったわけではない。少なくともレンはそうだ。  だから初めからトキヤのことは気になった。  一方的にシンパシーを感じた、と言われればその通りなのだけれど。 「個人の技量が合わさってのグループ行動、だと思うね。その意味でもオリエンテーリングの時より、みんな実力が上がっていたんじゃないかな」 「それを確認するためのテスト、という側面もあったのかもしれませんね」  疲れたように言うと溜息を吐く。レンはそんなトキヤを見て苦笑した。  真面目な考察だ。単なる早乙女の気紛れということも充分考えられるのに。けれどこれが無駄にはならないということはわかる。  トキヤが腕時計に目を走らせた。そろそろ休憩時間が終わるらしい。  それを惜しい、と思う自分はどうしたのだろう。  今座っている距離感に違和感を感じたのと同じように、自分自身に違和感を覚える。 「……さ、行きましょうか。たまに真面目に授業を受けているのですから、今日は最後までちゃんと出席しなさい」 「はいはい。イッチーはまるで家庭教師だね」  何かを言いかけてトキヤは口を噤む。次いでの言葉はまったくかわいげのないものだった。 「そう思うなら、年下にそんなことを言われないようにしてください」 「……言うねえ」  笑うとトキヤに続いてレンも腰を上げる。  さて、今日感じた違和感を誰に訴えたものか。翔やAクラスの顔馴染みの顔を思い描いたが、誰も当てはまらない気がしたからこの問題は放置しよう、とひとまず心の棚にしまっておくことにした。
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